当然のことをタイトルにしてしまった感もあるが・・・。
何を教えるかはまずはさておき、少なくとも子供には全て教え込むのを原則と思った方が良いだろう。
なぜならば、子供にはまだ考える力が育っていないからだ。
どこかの本かサイトかに書いてあった。「子供は犬か猿に毛の生えた程度のものと思った方がよい。」
つまり「考える」なんてことを期待するだけムダという論法である。
斎藤先生と能楽で言う「まず型に入れよ」、である。
一から十まで、とにかく叩きこむと、それはそれはとても早く上達するお子さんもいるに違いない。
まずはそれで良い、というのが伝統的な考え方である。
ただ、その際「なぜそうなるのか」という理由を時々一言添えると、十年後に役立つ。これが、考える人に成長させる大事な要素ではないだろうか。
斎藤先生曰く「高校生には7割教えて、3割考えさせる。大学生はその逆で、3割教えて、あとは自分でやってこい」(斎藤秀雄講義録から)
それを読んでから、かれこれ10年くらい実践を試みているが、私のところに縁のある高校生は、3割考える力があるとは言い難く、大学生も7割考えさせたらトンデモナイものを考えてくるから、なかなかこうはいかないのが実情だ。
多分、子供の時、上述した「理由」を聞かされていないからではないかと推測するのである。
自立した音楽人を養成するには、やはり最終的には考える力を持ってもらわなければならない。そのためには、その「理由の一言」がとても重要ではないか、と思う次第である。
ちゃんと教える、とは一つ、そこにあると思っている。
もう一つ、ちゃんと「基礎」を教える、というのがある。これまた当然のようでいて、誰も「これが基礎です」と明言した訳ではないから、人によって示す範囲は若干異なって当たり前だ。
筆者の考える「基礎」は「梅鶯林書」に書いてあることなのだが、「林の巻」がまだ出版されていないので、全て公開した訳ではないし、シェフチーク等で公開されていることを重ねて主張することもあまりしないつもりなので、これで全てOKではないのだが、おおまかにはこのあたりだろうと思っている。
技術的な基礎については、また別の機会に述べることとしよう。