THE BEATLES COMPLETE SCORES
こんなものが輸入楽譜店のカタログに載るご時世。違うページにはベーレンライターやヘンレの原典版,批判校訂版などの広告が並んでいるものだから,ついつい期待してしまう。ビートルズの楽譜も,ついにオリジナル楽譜に基づく何とか版が出たか,などと自然に思ってしまった。
まあ,そうでなくても資料にはなるだろう,と思って注文していたのが随分前(忘れたくらい前)。
そして忘れた頃,届いた。
白い箱入りの豪華装丁である。Hal Leonard社の出版で1136ページ,厚さ5.5センチ。いやぁ,期待しちゃうな・・・。
早速,「ヘイ・ジュード」を見る。この曲は小学校の謝恩会で演奏した思い出の曲。
私が楽譜を作る係だったのだけれど,相談した音楽専科の沢崎タケミ先生,しっかりその楽譜をお持ちで,サビからテーマに戻るところの6連符に驚いた記憶,それは鮮明に残っている。
で,その箇所を探すと・・・6連符が「無い」。他にもフラットが抜けるというミスプリあり。
次に「レディ・マドンナ」。中学校の時,これだけ得意げに弾く男がいた。一緒にヴァイオリンで演奏したこともあるけれど,そいつのお陰で,この曲のピアノパートはやけに詳しくなった。当時出ていた楽譜でも数種類あったし,スタジオ録音とライブではこう違う,なんてことも聞きかじっていた。
さて,そこは・・・
スタジオでもライブでもない,あり得ない和音が書いてあった。信じられない!
少なくともこの楽譜,原典資料による,などということは全くないことだけは判明した。
一体だれが採譜したのかなぁ。
扉を見ると,書いてあった。
Transcription by Tetsuya Fujita, Yuji Hagino, Hajime Kubo and Goro Sato
は?日本人?パリのアメリカ人じゃなくて,ニューヨークの日本人?
さらによく見ると,
This book Copyright 1989 Shinko Music Publishing Co.,Ltd.
なんて書いてある。
なんだシンコー・ミュージックのお下がりか!(お上がり,かもしれないけれど)
ここで考えたこと。
1. 日本人の芸の細やかさはアメリカ人には真似できない。ビートルズを全曲コピーなんて,誰もしようとは思わないから何て日本人は素晴らしいのだ,という可能性。
2. 一から作るならアメリカでは高くついて採算とれないけれど,日本のあれを買っちゃえば,リーズナブルな価格(85ドル)で販売できるじゃないか,と考えた人がいた。
3. シンコー・ミュージックから売り込んだ,かもしれない。
どれでも良いけれど,耳コピーの質が落ちているのが許せない。楽譜出版社も質を上げていくならまだしも,質を下げた楽譜を新譜で売り出すとは何事か!
我々が学生時代は,この「採譜」のアルバイトを楽理科の先輩達がやっていたと聞いたことがある。聴音の試験の点数がそう悪い訳でもないけれど,格別良い訳でもない,ということを示唆している。
それで時々ミスがある訳ね,とその頃思っていた。
上記の1989年はバブル期,粗製濫造の疑いもある。少なくとも,その前の「時々ミス」状態が,「常にどこかがミス」状態に成り下がっていたことになる。
そんなの気にしないバンド少年少女達に売るのだから,別に大したことないよ,と言うなかれ。
現在ジャズは芸術音楽になっている。と言えば聞こえは良いが,アメリカでも鑑賞響室を開かなければ聞かないくらい地位が低下したということだ。でも芸術として生き残っているのである。
次にはロックの時代が来て,まともにやっていたロックは芸術として生き延びるだろう。でも楽譜の状態をこの質のままにしておいては,衰退しかしない,と私は見ている。
楽譜が正統を伝えて,それをもとに即興した時,初めてミューズの神は微笑むのだと思う。ロックもジャズもクラシックもそうでなければ人類の発展はない。それは確信している。
よって,この楽譜で出版社はこの程度に満足せず,ぜひとも原典版「ビートルズ」を発行してほしいものだ。
ヘイ・ジュード、またやりたくなってきました・・・。
そんなことしながらクラッシックの方ではまじめにコンクールを受けたりして(2次予選でしっかり落ちた。)、よく大学受験にちゃんと受かったものだと、今では不思議に思う。