★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

ヘッドハンティング 10

2012年04月12日 00時08分49秒 | 小説「ヘッドハンティング」
 小料理屋での会合を終えたあと、五人は柳瀬の二次会への誘いを断り、近くのカフェバーに入った。
 倉庫を改造したその広いカフェバーは、二年前にオープンした頃は、列ができるほど流行っていたが、その後次々とオープンした他の店に客を取られて、その日は半分以上のテーブルが、ささやかな喧騒の中でオブジェのように佇んでいた。
 五人は奥のテーブルに席を取った。

「久しぶりだな…」
 川本が水割りを飲みながら真田に言った。
「何が?」
「俺たち五人がこうして集まるのがさ。こんなかたちでまた一緒になるなんて思ってもみなかった」
「そうだな、個別には飲みに行ったりしてたけど、五人全員というのは何年ぶりかな」
 真田は全員の顔を見渡した。  
 37歳と五人の中では最年長の川本は、頭髪の後退が急速に進んでいた。上司と仕入先を訪問した際には、応接室では必ず先にお茶が出され、相手からは上司より先に名刺が差し出されるくらい老けて見られる。
 学生時代はラグビーをやっていたこともあり、フォー・ザ・チームの精神で人の面倒見がよく、子沢山で恐妻家というキャラクターと相まって、特に後輩やパートの女性には慕われていた。

 ギャンブル大帝を自認する大原は、ワイルドターキーをロックで飲みながら、梶尾と上島を相手に、間近に迫った天皇賞の必勝法を吹聴していた。大原は、従業員貸付金を借りまくっては、せっせとJRA銀行に預金していた。その額は半端ではなかったが、大原に言わせると、自分の予想が正しくてレースの結果が間違っているらしい。

 独身の梶尾は大のカーマニアで、ミニから始まって、ビートル、シトロエン、MG、そして今はアルファ・ロメオと、そのエンスー遍歴をグレードアップしてきた。クルマ通勤自粛もどこ吹く風、二日に一度は会社の来客用駐車場に、真紅のアルファ・ロメオは鎮座していた。

 最近マッキントッシュの最新機種を買ったばかりの、パソコン・オタクの上島は、趣味とサイドビジネスを兼ねて、独自のゲームソフトを開発しては、マイナーなソフト会社に売り込んでいるという。去年から開発中のソフトは、皮肉にも『ヘッドハンター』というビジネスゲームだと言って苦笑した。

 入社当時、五人は同じ部署ということもあって、仕事が終わると毎晩のように飲み歩いたものだ。それも一軒で終わることは滅多になく、金もないのに二軒、三軒と、はしごをするのが常だった。仕事の話、女の話、学生時代の話……と、話題は尽きなかった。

 しかし、カタログ事業の売上げの加速度的な伸びとともに、事業部の陣容も拡大し、チームは課になり、課は部となって、五人はそれぞれ別々の部署で多忙をきわめるようになった。
 そうなると、業務の内容や退社する時間が異なることもあり、以前のように徒党を組んで飲み歩くことも稀になっていた。
「いずれにせよ、俺たち、今後は運命共同体だ。目標に向かって突っ走るしかないぜ」
 大原がバーボンのグラスを、乾杯のかたちに掲げた。
 四人もそれにならった。
コメント
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