あやうく悲鳴をあげるところだった。
私の歯茎に小さく残っているこれは…歯?
こんな感じ→ △ △ ←手鏡にうつった私の下の前歯2本は子鹿の角と化していた。
声こそあげなかったが、代わりに身体中の毛穴から一斉に熱い汗が噴き出した。
突如、私は一部人造人間となった。歯、2本だけだが。
予期せぬ永久歯との別れにしばらく落ち込んだが、
下の前歯、真ん中2本がない生活を笑って送ることは到底無理。
歯型がない。必然的に人工の歯を入れることになった。
私仕様の歯ができるまで、プラスチックの歯(2本で2千円)で対応。
この際、新しくするなら白い歯にしたいところではあるが、歯は真っ白ではないらしい。
白すぎるとその歯だけ前にでっぱった印象になるらしく、周りの歯との調和で色が決まった。
できあがったセラミック歯は元の歯より、微妙に小さい。しっかり固定する為、かなり分厚い。
違和感がある。
その違和感を探るように、舌の先で、歯の裏をつついてしまう。治療が始まってからの癖だ。
気のせいかもしれないが、飲んだ液体が人工歯に埋もれた元の歯にふれるような感覚がある。
どんなに力強く、精密に埋め込んでも、天然のものとの隙間を埋めることはできないのかもしれない。
体のなんと自然に精巧なことか…絶妙なのだ。
体を金銭的価値に置き換える考え方はよくないかもしれないが、歯、2本で20万円である。
20万払ったといっても永久歯ではない。欠けたら、またお取り替えである。
体はなんと高価なものなのか…値がつけられないほどに。粗末にしてはいけない。
あなたは天然鯛の一本釣りよ。 養殖じゃないのよ。
忘れられない友人の言葉である。
失った私の歯も、指紋も声紋もオリジナル。一人一人、違う。同じ人間などいないらしい。
たった一人のあなたを、私を大切にしたい。あなたは天然鯛の一本釣りなのだから。
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