「結婚してからずっと主人が私の名前を呼んでくれないので…」
午後からの授業の用意をしながら、耳できくテレビは主婦の悩み相談の。
「…離婚を考えています」
え?我が耳を疑い、目を見張る。
50代の女性が名前を呼んでくれないというだけで離婚?これから先どうやって生きていくの??
その決意に驚きしかなかった私は、当時、大学生。
今なら、わかる。女性のかなしみが離婚を決心するまでに至ることを…。
我が課に、昔懐かしい訪問者がやってくる。
先輩ひとりひとりあだ名で呼びかけ、肩をたたいて励ましていくが、私の番でスキップ。
あれ?テレビだったらこんな時…
「紹介するわ。あの方は○○さん。この娘、今度うちに入社してきた子」と紹介があって、
「私、とーまと申します。宜しくお願いします」となるはずでは…と思う間に、訪問者は去った。
9年経った今も、話を交わしたことはない。あの頃はあの頃のまま、固まったまま。
課ではあだ名で呼ばれたことはない。呼ばれている人もいる。
他部署の私の同期は先輩からあだ名で呼ばれている。やはり、羨ましい。
そんなこと? そう、そんなことが…。
あだ名でなくてもいい。就職して私は「名前が呼ばれない」ということを知る。
「嫌いな人とは口をきかない」と公言する方の話は、私のひとつ上の先輩までを交えて終わる。
また、また、また、また、雑談は私にまで至らない。
法則に従うなら、嫌いということなのだろうか…。
名前でなくてもいい。せめてみなさんと呼びかけてもらえれば、
その対象の中に私も入っていると思えるのに…。
呼ばれなくとも、情報は自分の耳で取り入れていかなければならない。
主語にこだわっている場合ではない。職場では「謹聴」しておかなければないない。 つづく。
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