歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

秋の夜長はしみじみ演歌・・・・・・

2010年10月14日 | その他
秋の夜長にひとり寂しく、しみじみと“演歌”・・・・・・。

演歌は秋から冬が似合います。

やはり、東北から北海道へ、北に向かいます。

それで、“都はるみ” 復帰(1990年)第一作の「小樽運河」です。本人は“演歌歌手”と呼ばれることを嫌っていたと、いつか何かで読んだことがあります。

叫んだり、力んだり、唸ったり、小節を回したり、あまり好きではないそうです。そして、復帰第一作で、こんな曲を歌ったのです。この曲は彼女のプロデュースだそうです。

小樽運河  都はるみ(作詞:吉岡治/作曲:弦哲也/編曲:櫻庭伸幸)

とても、詩も、曲も、編曲も、歌い方も、とても好きです。この頃はまだ42歳、詩と実生活とのギャップはすくなかったと思います。まだ、色恋を唄える歳でした。でも、もともと、色恋的には、ちょっとムズカシイところが・・・・・・。


新沼謙治の曲で一番好きです。最近の“ケンちゃん”かなり都会的になってきました。でも、この曲は、東京を捨てた歌です。33年前の1977年の曲ですが、歌い込んでとても良くなったと思います。

辛いことばかりの東京を捨て、北に向かいます。こういう設定が演歌です。適度に“辛く、悲しく、寂しく”、適度な“不幸せ”に、それとなく憧れるのです。ホントに悲しいことは歌にはなりませんからね。

ヘッドライト-新沼謙治


でも、この曲では、傷つき、打ちひしがれて、ひとり北に向かうのではなく、同乗者の女性が居ます。故郷に近づくにつれて、“悲しみヘッドライト”が、“幸せのヘッドライト”に変わります。

それで、曲名が単に“ヘッドライト”になっているのです。最後に救いがあるのです。聴いている方も、ヨカッタ、ヨカッタと、安心して聴き終わることができるのです。

作詞の阿久悠さん、幸せを仄めかして終わらすのか、不幸せのままで終わらせるのか、迷ったのでは? でも、ふたりですからね。わたくし、ずっと、曲名を“悲しみのヘッドライト”と記憶していました。


この人は、まだ、まだ、色恋でいけます。

八代亜紀 舟唄



秋の夜長の演歌でした。


それでは、また明日。


コメント
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