昨日の続きです。
“天台宗 興隆山 東漸寺”に来ております。
“東漸”とは、インド発祥の仏教が、東の方へ次第に伝わり広まり、ここ、日本の、茨城の、取手の、この地にまで、“ようやく”辿り着いた事を、表した名前なのでしょう。
参道の石畳に立ち、山門の方角をじっくり眺めていると、どうも、何か、収まりが悪いのです。何故か?石畳の中心線と山門の中心線が“ズレ”れているのです。
偶々そうなった!? 何て、ことはありませんから、これには、何か、深~い訳がある筈です。
何とも、趣のある“わびさび”の茅葺き。
山門とお堂の間には、何故か?大銀杏が行く手を遮っています。そして、何故か?山門とお堂の中心腺もズレているのでした。石畳と、山門と、お堂と、すべての中心腺がズレているのです。
良く、良く見ると、お堂は中心腺がズレているだけではなく、山門に対して角度を“振って”あるのです。この配置には、これは、かなり、とても、深い、深い、理由がありそうです。
それは、それで、兎に角、山門には、
仁王様。
なかなか立派な仁王門です。
仁王門の手前で石畳は左に折れ、立派な新築の本堂に続いています。
本堂の隣には、これも立派な客殿。
見上げると、青い空、白い雲、木々の緑、とても参拝日和。
それにしても、何故か?参道と山門のズレ、何故か?視界を遮る大銀杏、何故か?山門とお堂のズレ、何故か?角度を振ったお堂、何故か?山門前で直角に曲がる石畳。
何とも、何故か、何故かの東漸寺です。
何故か、何故かの答えは見つかるのか? 本日は、ここまでとします。
それでは、また明日。
“天台宗 興隆山 東漸寺”に来ております。
“東漸”とは、インド発祥の仏教が、東の方へ次第に伝わり広まり、ここ、日本の、茨城の、取手の、この地にまで、“ようやく”辿り着いた事を、表した名前なのでしょう。
参道の石畳に立ち、山門の方角をじっくり眺めていると、どうも、何か、収まりが悪いのです。何故か?石畳の中心線と山門の中心線が“ズレ”れているのです。
偶々そうなった!? 何て、ことはありませんから、これには、何か、深~い訳がある筈です。
何とも、趣のある“わびさび”の茅葺き。
山門とお堂の間には、何故か?大銀杏が行く手を遮っています。そして、何故か?山門とお堂の中心腺もズレているのでした。石畳と、山門と、お堂と、すべての中心腺がズレているのです。
良く、良く見ると、お堂は中心腺がズレているだけではなく、山門に対して角度を“振って”あるのです。この配置には、これは、かなり、とても、深い、深い、理由がありそうです。
それは、それで、兎に角、山門には、
仁王様。
なかなか立派な仁王門です。
仁王門の手前で石畳は左に折れ、立派な新築の本堂に続いています。
本堂の隣には、これも立派な客殿。
見上げると、青い空、白い雲、木々の緑、とても参拝日和。
それにしても、何故か?参道と山門のズレ、何故か?視界を遮る大銀杏、何故か?山門とお堂のズレ、何故か?角度を振ったお堂、何故か?山門前で直角に曲がる石畳。
何とも、何故か、何故かの東漸寺です。
何故か、何故かの答えは見つかるのか? 本日は、ここまでとします。
それでは、また明日。