goo

開発技術に関する活発な議論

友人が出向させられている会社で技術部の 活動成果の報告会が あったそうです。
この会社の技術部は 研究開発・技術開発を中心にしているとのことです。

発表会の 終わりに その場に出席していた部長や経営陣の感想が 述べられたそうです。
ここで ある製造(技術系)部の部長が “発表は まぁ良いとして、テーマに関しての議論が 無かったことが 寂しい。特に 若い人達の活発な議論が 無かったのは残念に 思いました。”というコメントをしたそうです。その後、最後に挨拶した社長も 技術系なので それに同調する意見だったらしいのです。

友人曰く、“これって 無責任だよね。”
会社のエライ人達、多くの仕事が有って多忙な中、丸1日の時間を割いて 出席聴講していたにも関わらず、最後になってこんな意見を述べるのは ある意味 卑怯ではないか、と言うのです。

発表者のほとんどは 会社の将来を担う その若い人達です。彼らだけに“活発な議論”を求めるのは 変だと言うのです。確かに 私もそう思うのです。
“活発な議論”というのは 発表された内容(テーゼ)に対して それとは異なる見解(アンチ・テーゼ)が有って初めて成立するものです。アンチ・テーゼ無しで “活発な議論” は有りうるハズがありません。
発表された内容(テーゼ)に対して それとは異なる見解(アンチ・テーゼ)を 持っているのは、この会社の 生え抜きのエライ人達では ないでしょうか。過去の経験に基づいて 様々な見解を 述べることで、新しい知見との 矛盾を 厳しく議論するべきで、そこに 若い技術者へのOJTが 期待でき、それが 会社の固有技術の発展に資するものだと思われます。また生え抜きのエライ人達に、そのような 対立する見解が たまたま無かったとしても 開発の方向性について 自分の感想や サジェスチョンを個々に述べるべきだと思われます。それが 若い技術者の 開発意欲を かき立てる 素になるものだと思います。
個別の 発表に関して 一切の沈黙を 守っておきながら、最後に 感想を 求められて 言うに事欠き“活発な議論が 無かった”と述べるのは、コメントにはなっていないと 思われます。つまり 無責任です。

さて、この会社の新製品開発、ここ10年近く めぼしい成果無く、次代を期待する新製品の事業化の目処など 皆目無いとのことでした。

コメント ( 0 ) | Trackback ( )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ミツトヨ事件 “理念なき会社... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。