The Rest Room of ISO Management
ISO休戦
スピルバーグ映画“リンカーン”を見て思うこと
官公庁での杜撰な文書・記録の扱いが次々と明らかになっている。しかしながら蒙昧な首相の指導下にある政府はこれを重大事視せず、文書・記録の管理の体制を見直す、或いは構築するという挙に一向に出ようとしていない。文書・記録の管理は国家運営の根本であり、日々の活動は為されているため、緊急かつ速やかに適切な措置がなされるべきであるが、何ら動きが見られないのは異常だ。文書・記録がいい加減な管理体制にあるというのは、江戸時代より前の時代の感覚ではないだろうか。日本の近代史が適切に語られるはずはなく、これでは日本は決して世界の先進国とは言えない。政府にとって不都合な真実は日々抹消されている嘆かわしい国なのだ。
こういう事態に至ったのは、一つには文書・記録の電子化の進展に伴って、その管理体制をどのようにするのかを明確にせず、放置してきたことがあるとされる。文書作成の途中の草案の管理、作成された文書の審査・承認・格付け、配付、保管・廃棄の管理、そういったコンピュータ・システムをどのように構築するのか全政府の規模での早急な検討が必要ではないか。各地の自治体や第三セクター、NGOとのやり取りも含めて問題ないようにするべきだ。それには首相のリーダー・シップが必要だが、蒙昧な安倍氏には一向にその自覚はない。自覚がないというのは恐ろしいことだ。
さて、このところこのブログをエンタメで糊塗している印象だが、今回もこのカテゴリーでの投稿とした。但し、今回は物見遊山ではない。半月ほど前から気分的に映画を見たくなり、常とは違い結構見ている。借りたDVDは次の通りだ。
①“マイ・インターン”
公開日 2015年10月10日、監督:ナンシー・マイヤーズ、キャスト:ロバート・デ・ニーロ、アン・ハサウェイ
現役を引退したサラリーマンが、若い女性の経営する誕生して間もないベンチャー企業に再就職する話。そこで、少しずつ女性経営者に影響を与えていく。それにしてもこの老人世間には中々居そうにない万能の好々爺。
②“陸軍中野学校・開戦前夜”
公開日 1968年3月9日、監督:洋上昭、キャスト:市川雷蔵、小山明子、細川俊之
昔、市川雷蔵の陸軍中野学校シリーズ第1作を見た切りだったが面白かったので、先ずはシリーズ最終作を見た。第1作の冷静で乾いた雷蔵のナレーションが印象的だった。制作時は邦画で海外ロケが珍しく、この映画も香港を舞台にする場面もあるが台本が巧みに工夫されていて一切海外ロケはしていない。登場する女性は大抵敵国スパイ。そして軍のエリート将校の脇の甘さで情報が漏れている、というのが大筋だ。⑤も同様だ。だけど何故か残りのシリーズも全て見てみたい。60年代の日本の風景が見れる。
③“クレージー・黄金作戦”
公開日 1967年4月29日、監督:坪島孝 、キャスト:植木等、ハナ肇、谷啓、浜美枝、園まり
昨年NHKで放映された小松政夫の“植木等とのぼせもん”を見て、懐かしくなり見たくなったもの。この映画では米国でのロケが中心にやっていて、当時では珍しいが、ドタバタの本質は外していないのは面白い。
④“エイリアン・コヴェナント”
公開日 2017年9月15日、監督:リドリー・スコット、キャスト:マイケル・ファスベンダー、キャサリン・ウォーターストン
御存知リドリー・スコット監督のエイリアンもの最新作。しかし、あのエイリアンの存在に若干の疑問がある。つまりエイリアンにとっては人間がエイリアンのはずだが、それが人間が結構想定内の餌食になっていることだ。生態学的に見てあり得ることなのだろうか。だが、独特のおぞましいムードは相変わらずでどんどん見たくなる。
⑤“陸軍中野学校・雲一号指令”
公開日 1966年9月17日、監督:森一生 、キャスト:市川雷蔵、村松英子、加東大介
上記②参照。
⑥“マダム・フローレンス!夢見る二人”
公開日 2016年12月1日、監督:スティーブン・フリアーズ、キャスト:メリル・ストリープ、ヒュー・グラント、サイモン・ヘルバーク
久しぶりのメリル・ストリープの作品。今度はどういう役回りか。大金持ちのオバサンが余技でショウ・ビジネスのプロデュースから御本人の歌手活動進出を狙うが、酷い音痴・・・それをプロデュースする夫の奮闘・・・可笑しい外面の裏に悲しい人生が見える。
⑦“リンカーン”
公開日 2013年4月19日、監督:スティーブン・スピルバーグ 、キャスト:ダニエル・デイ=ルイス、トミー・リー・ジョーンズ、サリー・フィールド
これが、今回のブログの主題。民主主義の英雄エイブラハム・リンカーン。実は、私はリンカーンについて良く知ることは無かった。それをあのスティーブン・スピルバーグがどう描いたのか、見たかったのだ。
さて、映画“リンカーン”について。舞台は南北戦争のアメリカ。リンカーンが大統領に再選されて2カ月経った1月から始まる。引き続く悲惨な戦争で、一般人には厭戦気分が浸透しつつあり、反乱軍の南軍もいよいよ敗北間近に至っている。リンカーンの悩みは奴隷解放宣言だけでは、反乱した南部州が連邦議会に参加すれば、宣言だけでは奴隷解放は不十分なものとなるので、憲法の条項を修正してから内戦を終えたい。しかし上院では条項修正案は可決したが、下院では野党の民主党が強く20票不足しており、可決の見通しが立たない。リンカーン側近はその民主党員を官職を与える等の買収してでも可決へ持込もうとし、リンカーンはそれを黙認し、実際に動き始め少しづつ成果を挙げていく。
しかし、早く戦争を終わらせようという動きは様々な方面からの圧力となって、リンカーンを襲う。リンカーンの奥さんも早く終わらせるよう要求する。彼は戦争で息子を亡くしたが、その下の息子も国のため従軍したいと言い始める。一方、下院有力議員が勝手に南軍に敗北を認める使節団の派遣を要請し、それを受けた南軍も実際に派遣して来た。リンカーンは彼らを、ワシントンに入れず、在る都市に係留された船に足止めする。その一方議会にはその事実を“知る限りにおいてない”と断言し、何とか憲法修正を可決させる。
私はこの映画を見るまで、共和党は奴隷制廃止のために結集した人々による政党であり、野党民主党は徹底した奴隷制廃止には極めて消極的であったという、歴史的事実を知らなかった。今日の両党の政治的ポジションから見ると、仰天の事実だ。なので、この映画は2度見たが1度目は混乱するばかりだった。
奴隷制廃止を徹底するためには、少々の継戦とそれに伴う犠牲は仕方ないとするリンカーンの政治的決断は凄い。その矛盾に対する葛藤が映画の冒頭で語られるリーンカーンの悪夢となっていたと思わせる。映画の中、彼の台詞に“磁石は正確に北を示している。しかしその北には沼があるとき、君はそこに入っておぼれてしまうのか。”というような意味を言っているのが印象に残った。理想に向かうのだが、一時的な方向転換はあり得るということ。昔、有名だったレーニンの言葉、“一歩前進、二歩後退”を思い出す。大事なのは、方向転換しても後退しても、行き着く先の理想を忘れないことなのだ。レーニンは一時的後退を放置してしまったのではないか。
映画の中でリンカーンは人々と話すとき、様々な事実としてのエピソードを持ち出して、納得させ、和ませる天才的話術を持っていたのには感嘆する。苦学した時のユークリッドの論理学すらも思い出して、夜勤の工学系の電信士を和ませている。リンカーンの奥さんの議会で夫の政敵となる議員たちとの挨拶が秀逸だ。少しも臆せず面と向かって皮肉を応酬する。この映画での会話は全て素晴らしい。
議会での議員の論戦も自らの価値観に従って論理的に演説し、相手の論理矛盾を皮肉を込めて野次ってもいる。これらは日本では見られない光景ばかりだ。
民主主義では様々な意見が自由に語られるべきだ。それがあまりにもまとも過ぎて時を選ばないこともある。映画ではトミー・リー・ジョーンズ演じる共和党の重鎮で奴隷解放急進派のダグラス・スティーブンスであろうか。彼すらも議会で急進的発言を避けて、演説し奴隷解放の支持を広げることに貢献している。
黒人の職を保障するためには、徹底した奴隷解放には消極的だった民主党の意見を、これは逆に時宜を得ていないと、リーンカーンは“解放は今だ”と押しのけたのだ。中には、“人種の格差は神の意志だ”と主張する議員も居る。自由が保障するのは衆愚のるつぼなのだ。
そうした自由な発言や意見の中で理想はここだと指し示し、どの程度どこまで何を実行するべきかを示すのが、理想的指導者なのだということが良くわかる。民主主義に基づく政治制度を作って、それで安心していてはいけないのだ。そこに理想を適切に指し示す指導者が居なければ、民主主義も次第に腐触し、倒壊してしまうのではないか。それが、今の日本の現実ような気がする。民主主義が崩壊する寸前のような気がする。立派な指導者が見当たらないのだ。
スピルバーグ監督自身が冒頭で、日本人に見て欲しいと言っているのは、そういうことなのだろう。またこの映画の劇場公開は2013年で、2016年の大統領選挙の3年前だ。スピルバーグ監督は米国内ではトランプ政権の登場を予見していたのだろうか。
翻って日本の政治的現実は情けない。先日4月6日の朝日新聞“異論のススメ”で、佐伯啓思教授は次のように言っている。“野党や多くのメディアもまた大方の「識者」も、官僚行政が政治によって(特に首相の私的事情によって)歪(ゆが)められた(であろう)ことは民主主義の破壊だ、と言っている。だが、私には、現時点でいえば、この構造そのものが大衆化した民主政治そのものの姿にみえる。”そして、“私がもっとも残念に思うのは、今日、国会で論じるべき重要テーマはいくらでもあるのに、そのことからわれわれの目がそらされてしまうことなのである。トランプ氏の保護主義への対応、アベノミクスの成果(黒田東彦日銀総裁による超金融緩和の継続、財政拡張路線など)、朝鮮半島をめぐる問題、米朝首脳会談と日本の立場、TPP等々。”とも言っている。
そして奇しくも同日の朝日新聞“憲法を考える”では、阿川尚之教授が次のようにも言っている。“参院の合区解消のため、各都道府県から最低1人は代表を出そうという案には批判も強いが、日本の統治機構の根幹に関わる争点を含んでいる。ちなみに、米国の上院はどんな小さな州でも2議席を持てる仕組みで、憲法が改正を唯一禁止する重要なポイントだ。一票の格差解消を重視するのか、地方自治を強化するのか、存外、重要な改憲のテーマなのではないか。”
私は卓見だと思う。映画“リンカーン”でも各州に割り当てられた議員が肉声で賛否を表明する場面がある。州の自治を重視した結果なのだ。日本ではこういった議論に合わせて議員定数の削減を声高に言う人も結構いるが、これは危険だと思っている。議員を減らせば当然のこと見解の多様性は減る。それが民主主義の長所を削減することにつながる危険性は高いと思うからだ。政治的決定に能率は適度に無視されるべきではないかと思うのだ。ましてや一院制の議論は論外である。
最近テレビの経済番組で東短リサーチ㈱の加藤出社長は、日本の人口減少の中、財政赤字は一向に解消しない状況を憂いて、“忖度しない独立した財政機関”の設立を提案していた。
こうした機関の設置は欧米先進国では既定の事実だと言う。1936年のベルギーでの設立に始まって、74年にアメリカ、2003年韓国、07年スウェーデン、08年カナダ、ハンガリー、10年イギリス、ギリシア、11年オーストラリア、ポルトガル、13年ドイツ、フランス、スペイン、14年イタリア、ルクセンブルグとなっていると言う。
財政は国家の根幹に関わる問題だが、日本では余りにも時の政権の意向により左右されすぎているのではないか。特に、安倍氏のポピュリズムに従わされていないか。その意味で“忖度しない独立した財政機関”の設立は重要だ。そして財政に大問題を抱えた日本は 制度的にすら韓国に既に遅れているという事実をしっかりと見据えるべきではないか。それ以外の政治制度の面でも韓国に遅れている部分がかなりあるような気がするが、いかがであろうか。日本はどんどん世界から取り残され感があるが、島国でもあり 軟弱で忖度する報道界の下、全体に危機感が乏しいように思うが、どうであろうか。10年、20年、30年後に地獄を見ることは無いのだろうか。
改めて映画“リンカーン”は、スピルバーグ監督の言うように、様々に考えさせられることの多い映画であった。
こういう事態に至ったのは、一つには文書・記録の電子化の進展に伴って、その管理体制をどのようにするのかを明確にせず、放置してきたことがあるとされる。文書作成の途中の草案の管理、作成された文書の審査・承認・格付け、配付、保管・廃棄の管理、そういったコンピュータ・システムをどのように構築するのか全政府の規模での早急な検討が必要ではないか。各地の自治体や第三セクター、NGOとのやり取りも含めて問題ないようにするべきだ。それには首相のリーダー・シップが必要だが、蒙昧な安倍氏には一向にその自覚はない。自覚がないというのは恐ろしいことだ。
さて、このところこのブログをエンタメで糊塗している印象だが、今回もこのカテゴリーでの投稿とした。但し、今回は物見遊山ではない。半月ほど前から気分的に映画を見たくなり、常とは違い結構見ている。借りたDVDは次の通りだ。
①“マイ・インターン”
公開日 2015年10月10日、監督:ナンシー・マイヤーズ、キャスト:ロバート・デ・ニーロ、アン・ハサウェイ
現役を引退したサラリーマンが、若い女性の経営する誕生して間もないベンチャー企業に再就職する話。そこで、少しずつ女性経営者に影響を与えていく。それにしてもこの老人世間には中々居そうにない万能の好々爺。
②“陸軍中野学校・開戦前夜”
公開日 1968年3月9日、監督:洋上昭、キャスト:市川雷蔵、小山明子、細川俊之
昔、市川雷蔵の陸軍中野学校シリーズ第1作を見た切りだったが面白かったので、先ずはシリーズ最終作を見た。第1作の冷静で乾いた雷蔵のナレーションが印象的だった。制作時は邦画で海外ロケが珍しく、この映画も香港を舞台にする場面もあるが台本が巧みに工夫されていて一切海外ロケはしていない。登場する女性は大抵敵国スパイ。そして軍のエリート将校の脇の甘さで情報が漏れている、というのが大筋だ。⑤も同様だ。だけど何故か残りのシリーズも全て見てみたい。60年代の日本の風景が見れる。
③“クレージー・黄金作戦”
公開日 1967年4月29日、監督:坪島孝 、キャスト:植木等、ハナ肇、谷啓、浜美枝、園まり
昨年NHKで放映された小松政夫の“植木等とのぼせもん”を見て、懐かしくなり見たくなったもの。この映画では米国でのロケが中心にやっていて、当時では珍しいが、ドタバタの本質は外していないのは面白い。
④“エイリアン・コヴェナント”
公開日 2017年9月15日、監督:リドリー・スコット、キャスト:マイケル・ファスベンダー、キャサリン・ウォーターストン
御存知リドリー・スコット監督のエイリアンもの最新作。しかし、あのエイリアンの存在に若干の疑問がある。つまりエイリアンにとっては人間がエイリアンのはずだが、それが人間が結構想定内の餌食になっていることだ。生態学的に見てあり得ることなのだろうか。だが、独特のおぞましいムードは相変わらずでどんどん見たくなる。
⑤“陸軍中野学校・雲一号指令”
公開日 1966年9月17日、監督:森一生 、キャスト:市川雷蔵、村松英子、加東大介
上記②参照。
⑥“マダム・フローレンス!夢見る二人”
公開日 2016年12月1日、監督:スティーブン・フリアーズ、キャスト:メリル・ストリープ、ヒュー・グラント、サイモン・ヘルバーク
久しぶりのメリル・ストリープの作品。今度はどういう役回りか。大金持ちのオバサンが余技でショウ・ビジネスのプロデュースから御本人の歌手活動進出を狙うが、酷い音痴・・・それをプロデュースする夫の奮闘・・・可笑しい外面の裏に悲しい人生が見える。
⑦“リンカーン”
公開日 2013年4月19日、監督:スティーブン・スピルバーグ 、キャスト:ダニエル・デイ=ルイス、トミー・リー・ジョーンズ、サリー・フィールド
これが、今回のブログの主題。民主主義の英雄エイブラハム・リンカーン。実は、私はリンカーンについて良く知ることは無かった。それをあのスティーブン・スピルバーグがどう描いたのか、見たかったのだ。
さて、映画“リンカーン”について。舞台は南北戦争のアメリカ。リンカーンが大統領に再選されて2カ月経った1月から始まる。引き続く悲惨な戦争で、一般人には厭戦気分が浸透しつつあり、反乱軍の南軍もいよいよ敗北間近に至っている。リンカーンの悩みは奴隷解放宣言だけでは、反乱した南部州が連邦議会に参加すれば、宣言だけでは奴隷解放は不十分なものとなるので、憲法の条項を修正してから内戦を終えたい。しかし上院では条項修正案は可決したが、下院では野党の民主党が強く20票不足しており、可決の見通しが立たない。リンカーン側近はその民主党員を官職を与える等の買収してでも可決へ持込もうとし、リンカーンはそれを黙認し、実際に動き始め少しづつ成果を挙げていく。
しかし、早く戦争を終わらせようという動きは様々な方面からの圧力となって、リンカーンを襲う。リンカーンの奥さんも早く終わらせるよう要求する。彼は戦争で息子を亡くしたが、その下の息子も国のため従軍したいと言い始める。一方、下院有力議員が勝手に南軍に敗北を認める使節団の派遣を要請し、それを受けた南軍も実際に派遣して来た。リンカーンは彼らを、ワシントンに入れず、在る都市に係留された船に足止めする。その一方議会にはその事実を“知る限りにおいてない”と断言し、何とか憲法修正を可決させる。
私はこの映画を見るまで、共和党は奴隷制廃止のために結集した人々による政党であり、野党民主党は徹底した奴隷制廃止には極めて消極的であったという、歴史的事実を知らなかった。今日の両党の政治的ポジションから見ると、仰天の事実だ。なので、この映画は2度見たが1度目は混乱するばかりだった。
奴隷制廃止を徹底するためには、少々の継戦とそれに伴う犠牲は仕方ないとするリンカーンの政治的決断は凄い。その矛盾に対する葛藤が映画の冒頭で語られるリーンカーンの悪夢となっていたと思わせる。映画の中、彼の台詞に“磁石は正確に北を示している。しかしその北には沼があるとき、君はそこに入っておぼれてしまうのか。”というような意味を言っているのが印象に残った。理想に向かうのだが、一時的な方向転換はあり得るということ。昔、有名だったレーニンの言葉、“一歩前進、二歩後退”を思い出す。大事なのは、方向転換しても後退しても、行き着く先の理想を忘れないことなのだ。レーニンは一時的後退を放置してしまったのではないか。
映画の中でリンカーンは人々と話すとき、様々な事実としてのエピソードを持ち出して、納得させ、和ませる天才的話術を持っていたのには感嘆する。苦学した時のユークリッドの論理学すらも思い出して、夜勤の工学系の電信士を和ませている。リンカーンの奥さんの議会で夫の政敵となる議員たちとの挨拶が秀逸だ。少しも臆せず面と向かって皮肉を応酬する。この映画での会話は全て素晴らしい。
議会での議員の論戦も自らの価値観に従って論理的に演説し、相手の論理矛盾を皮肉を込めて野次ってもいる。これらは日本では見られない光景ばかりだ。
民主主義では様々な意見が自由に語られるべきだ。それがあまりにもまとも過ぎて時を選ばないこともある。映画ではトミー・リー・ジョーンズ演じる共和党の重鎮で奴隷解放急進派のダグラス・スティーブンスであろうか。彼すらも議会で急進的発言を避けて、演説し奴隷解放の支持を広げることに貢献している。
黒人の職を保障するためには、徹底した奴隷解放には消極的だった民主党の意見を、これは逆に時宜を得ていないと、リーンカーンは“解放は今だ”と押しのけたのだ。中には、“人種の格差は神の意志だ”と主張する議員も居る。自由が保障するのは衆愚のるつぼなのだ。
そうした自由な発言や意見の中で理想はここだと指し示し、どの程度どこまで何を実行するべきかを示すのが、理想的指導者なのだということが良くわかる。民主主義に基づく政治制度を作って、それで安心していてはいけないのだ。そこに理想を適切に指し示す指導者が居なければ、民主主義も次第に腐触し、倒壊してしまうのではないか。それが、今の日本の現実ような気がする。民主主義が崩壊する寸前のような気がする。立派な指導者が見当たらないのだ。
スピルバーグ監督自身が冒頭で、日本人に見て欲しいと言っているのは、そういうことなのだろう。またこの映画の劇場公開は2013年で、2016年の大統領選挙の3年前だ。スピルバーグ監督は米国内ではトランプ政権の登場を予見していたのだろうか。
翻って日本の政治的現実は情けない。先日4月6日の朝日新聞“異論のススメ”で、佐伯啓思教授は次のように言っている。“野党や多くのメディアもまた大方の「識者」も、官僚行政が政治によって(特に首相の私的事情によって)歪(ゆが)められた(であろう)ことは民主主義の破壊だ、と言っている。だが、私には、現時点でいえば、この構造そのものが大衆化した民主政治そのものの姿にみえる。”そして、“私がもっとも残念に思うのは、今日、国会で論じるべき重要テーマはいくらでもあるのに、そのことからわれわれの目がそらされてしまうことなのである。トランプ氏の保護主義への対応、アベノミクスの成果(黒田東彦日銀総裁による超金融緩和の継続、財政拡張路線など)、朝鮮半島をめぐる問題、米朝首脳会談と日本の立場、TPP等々。”とも言っている。
そして奇しくも同日の朝日新聞“憲法を考える”では、阿川尚之教授が次のようにも言っている。“参院の合区解消のため、各都道府県から最低1人は代表を出そうという案には批判も強いが、日本の統治機構の根幹に関わる争点を含んでいる。ちなみに、米国の上院はどんな小さな州でも2議席を持てる仕組みで、憲法が改正を唯一禁止する重要なポイントだ。一票の格差解消を重視するのか、地方自治を強化するのか、存外、重要な改憲のテーマなのではないか。”
私は卓見だと思う。映画“リンカーン”でも各州に割り当てられた議員が肉声で賛否を表明する場面がある。州の自治を重視した結果なのだ。日本ではこういった議論に合わせて議員定数の削減を声高に言う人も結構いるが、これは危険だと思っている。議員を減らせば当然のこと見解の多様性は減る。それが民主主義の長所を削減することにつながる危険性は高いと思うからだ。政治的決定に能率は適度に無視されるべきではないかと思うのだ。ましてや一院制の議論は論外である。
最近テレビの経済番組で東短リサーチ㈱の加藤出社長は、日本の人口減少の中、財政赤字は一向に解消しない状況を憂いて、“忖度しない独立した財政機関”の設立を提案していた。
こうした機関の設置は欧米先進国では既定の事実だと言う。1936年のベルギーでの設立に始まって、74年にアメリカ、2003年韓国、07年スウェーデン、08年カナダ、ハンガリー、10年イギリス、ギリシア、11年オーストラリア、ポルトガル、13年ドイツ、フランス、スペイン、14年イタリア、ルクセンブルグとなっていると言う。
財政は国家の根幹に関わる問題だが、日本では余りにも時の政権の意向により左右されすぎているのではないか。特に、安倍氏のポピュリズムに従わされていないか。その意味で“忖度しない独立した財政機関”の設立は重要だ。そして財政に大問題を抱えた日本は 制度的にすら韓国に既に遅れているという事実をしっかりと見据えるべきではないか。それ以外の政治制度の面でも韓国に遅れている部分がかなりあるような気がするが、いかがであろうか。日本はどんどん世界から取り残され感があるが、島国でもあり 軟弱で忖度する報道界の下、全体に危機感が乏しいように思うが、どうであろうか。10年、20年、30年後に地獄を見ることは無いのだろうか。
改めて映画“リンカーン”は、スピルバーグ監督の言うように、様々に考えさせられることの多い映画であった。
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