かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

2.悪夢 その1

2008-04-13 19:56:54 | 麗夢小説『麗しき、夢 完結編 智盛封印』
 久しぶりに揺れない床で結んだ夢は、その安心感からはほど遠いものでしかなかった。公綱は、寝ている間に水に落ちたのではないか、と錯覚するほどの寝汗にまみれ、やがて、強い寒気に襲われて目を覚ました。明るい、ただ明るいだけの虚ろな世界が、公綱の身体にまとわりついた。だが、少なくとも今見たばかりの阿鼻叫喚図はそこにはない。鳥の声、風の音、己の息づかい。耳に入るのはそんな静けさを際だたせる平穏な気配に満ちている。しばらく周りに気を配っていた公綱は、夢で良かった、と半ば本気で安堵のため息を付いた。
 恐ろしい夢であった。
 白骨と化した幽鬼共が甲冑を着込んで列をなし、自分と智盛を押し包んでいる。智盛もまた骨だけの馬に鞍を置いてまたがり、弓を取って奇怪な幽鬼の軍団に下知を飛ばしている。ところが、ふとのぞき込んだ甲の下の智盛の顔もまた・・・。公綱はそこまで思いだして思わず悲鳴を上げそうになった。いつの間に現れたのであろうか。誰もいないはずの目の前に、一人の白拍子が頼りなげに立っていたのである。
「あっ、貴女様は、・・・夢御前様!」
 しかし、夢御前麗夢は、ただ黙って哀しげな顔で公綱を見つめるだけで、一言も話そうとはしなかった。公綱は、自分のしどけない格好も構わず、その場に平伏して震えるばかりであった。剛毅と言う字を人に練り上げたような公綱も、本物の幽霊の類にはそう強い方ではない。
「ま、まさか化けて出て参られたのか? 貴女様は屋島にて儚うおなり遊ばしたはずじゃ」
 うろ覚えの念仏が、震える口をついて出る。それを黙って見つめる麗夢だったが、 やがてその姿がうっすらと透けて行き、辺りは再び明るい光を取り戻した・・・。
 はっと公綱は飛び起きた。辺りをきょろきょろと見回して、妙に人気のない辺りの様子に、安堵のため息を大きくついた。
(あれも夢か?)
 と公綱が思った時、ふと、麗夢が立っていた辺りの床に、きらりと光をはじくものが見えた。何事、と近づいてみると、今水から引き上げたばかりのように輝く数本の黒髪が落ちている。公綱の背筋に、再び冷たいものが流れ落ちた。そうしてしばらく髪の毛を見つめていた公綱は、ふと、一体どうして夢御前様が自分の枕元に迷って出てこられたのかと考えた。まだ瞼の裏に、あの、哀しげな、こと問いたげな容が焼き付いている。夢でただ恐ろしいと言うしかない智盛の姿を見た直後とあって、公綱の不安はいや増しに増した。

 夜。漆黒の闇に包まれた山道を、千は下らない軍勢が足早に進んでいた。時折雲間からのぞく月が、その軍勢のそこここにひらめく、血で染めたような赤い幟を照らし出している。その中程、見た目にも太くたくましい馬にまたがり、さねよき鎧を着た集団がある。その中心で降り注ぐ月光をきらりとはじく白銀の鎧を輝かせているのが、総大将平智盛である。そのすぐ脇、半歩下がって付き従いながら、築山公綱はほれぼれとしておのが主の偉容を眺めていた。
(やはり智盛様はこの姿に限る)
 公家装束をまとい、牛車に収まる生まれながらの貴公子といった姿も捨てがたい魅力があるが、馬上凛々しく大軍の指揮を執る姿に比べれば、照り輝く太陽と消えかけの篝火ほどの差があると公綱は思う。昨日あれほど感じた強い不安も、こうして智盛と共に軍勢の中に立てば、かえって希望と自信が湧いてくるのだから現金なものである。ただ、この行軍の速さには公綱も舌を巻いた。一応周りの徒立ちの者が松明を持って付いているのだが、昼間でさえ視界の効かぬ山の間道を夜中に進むのは、馬術達者な公綱でも容易なことではない。だが、昼間にこれだけの人数が動けば、いかに義仲亡き後の真空地帯だと言っても、その一行が目に付くのは避けられないだろう。故に、移動はもっぱら闇に乗じて進み、昼間は見つかりにくい場所に隠れて人目を避ける、という景高の献策は理解できないこともない。だが、見るところ行軍に難渋しているのは一人公綱だけのようだ。馬も人も皆、足場の悪い山道をまるで真昼の街道を行くかのように進んでいく。しかも、少しでも距離を稼ぎたいから、と、ほとんど休みなしに歩き続けるのだ。公綱はそれに付いていくのがやっとである。永らく舟に浮かんでいる間にすっかり馬の扱いが下手になってしまったか、と、少々情けなさも募る。そんな状態だから、完全に昼夜逆転の異様な生活を始めたというのに、明るい内は息も絶えたかと言うほどに熟睡してしまう。そんな日を一日、二日と続ける内に、公綱は自分の身体にかつてないほどの違和感を意識し始めた。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 2.悪夢 その2 | トップ | 1.漂着 その2 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

麗夢小説『麗しき、夢 完結編 智盛封印』」カテゴリの最新記事