かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

3.封印 その2

2008-04-13 19:55:56 | 麗夢小説『麗しき、夢 完結編 智盛封印』
「その通りよ公綱! 骨の髄まで焼けるほどに募った我が恨み晴らすには、源氏が兄弟の首二つでは到底足らぬ。我を京より追い立てた今上帝や都に居る貴族共、頼朝に味方した武士共、不甲斐なくも破れた平氏の者共、更にはこの国に住まう一木一草に至るまで、全てを我と共に地獄の方へ移り参らせん!」
 智盛の指に一段と力がこもった。余りの強さに、公綱が思わず脇差しを取り落とす。智盛は座ったままの姿勢で公綱の腕を強引に引き寄せ、公綱が腰砕けに倒れ込んだ所を、思い切りよく放り投げた。公綱の身体がまりのように跳ね転げ、元来た道へ戻される。ようやく止まった公綱は、うめき声と共に辛うじて立ち上がった。
「と、殿、そんなことをして麗夢様がお許しになると思うてか!公綱はただただ殿を不憫と思うてならなかったが、もう思い切りましたぞ! 殿、この公綱がどこまでもお供いたす故、浄土へなとご一緒いたしましょう!」
 麗夢の名に、智盛は一瞬確かにたじろいだ。公綱はここが先途と言い放った。
「さあ! 公綱が案内仕る。麗夢様の元へ参りましょうぞ!」
「うるさい! 黙れ黙れ黙れっ!」
 智盛の鎧姿がゆっくりと立ち上がった。
「公綱、これ以上邪魔立てするとあらば、まずおことから先にあの世へ行って、我らが参るを待っているがいい!」
 智盛の太刀がすらりと引き抜かれ、抜き身の白刃が松明の火をはじいた。公綱も腰の太刀の鯉口を切った。
「どうしてもお判りいただけぬとあれば、公綱、差し違えてでも殿を止めてみせる」
「わしの怒りを受けられるか! 公綱!」
 智盛の肉体が瞬時に飛んだ。遠い間合いを一足で詰め、右手一本で振り上げた太刀を、岩も砕けよとばかりに公綱目がけて打ち下ろした。公綱は一歩も引かずに全力で迎え撃った。鞘走った必殺の刃が智盛の刀をはじき返す。金属の打ち合う音が洞窟を木霊し、雷の如き閃光が、智盛と公綱を一瞬だけ照らし出した。智盛の刀をはじいた公綱が、返す刀で袈裟懸けに斬り降ろす。が、その切っ先はすんでの所で智盛の刀に受け止められた。今度は両手で智盛が押し込み、つばぜり合いに公綱が押され気味になる。ここだとばかりに智盛が圧力を高めるのと同時に、公綱は智盛の右に身体をかわした。そしてつんのめる智盛の斜め後ろから、再び太刀を振り下ろす。それを智盛は刀を肩に担いでしのぎ、そのまま身を沈めると全身のバネを利かせて公綱の刀を跳ね上げた。そうしてがら空きになった胴に、智盛の斬撃が打ち込まれる。一瞬の判断で受け止めつつ地面に倒れ込んだ公綱は、確かめる間もなく左の方へ身を転がした。その、公綱の残像目がけて二度三度と智盛の太刀が襲いかかった。辛うじて全てをかわしきった公綱が勢いに乗じて立ち上がり、太刀を正眼に構えて智盛に対峙した。智盛も右手の剣を自然な下段に置いて、一見無防備な構えで公綱を見た。
「やはり強いな、公綱は」
 洞窟の暗がりの中、確かに智盛がにやっと笑ったように公綱には感じられた。途端に、遠く遙かな深淵に去ってしまったと思っていたものが、意外に近いと思えてくる。公綱も微笑みを浮かべて言葉を返した。
「殿こそ、いささかも衰えがございませんな」
「おこともな。よくその身体でわしの剣を受けられるものよ」
 じりじりと間合いを詰めつつ、公綱はこれが最期だ、と思い切った。あと一太刀。公綱は残りの力のあるだけを、来るべき次の瞬間にかき集めた。
「参る!」
「来い! 公綱!」
 脱兎のごとく飛び出した公綱に、智盛もまた溜を効かせて地面を蹴った。互いの全力を叩き込みあったその一瞬、公綱の脳裏に、乳兄弟として幼き頃より泣き、笑い、喧嘩し、遊んだ智盛との二〇年余りが、ほとんど同時に流れ去った。公綱の両の手に疑いなき重い手応えが感じられ、同時に左の肩口に焼け火箸を押し当てられたような熱い衝撃が走り抜けた。耐えきれずに手をついてがっくりその場にへたり込むと、松明の暗い明かりでも左腕を伝って血だまりが広がっていくのが見える。肩で大きく息をしながら刀を杖に何とか立ち上がった公綱は、力が入らなくなった左腕をかばいつつ、智盛の方へ歩み寄った。
「殿・・・」
 倒れ伏す白銀の鎧に、雄々しき甲は既に無い。公綱渾身の一撃は、見事甲のしころをかいくぐり、智盛の首をはね飛ばしたのである。その首は、身体からほど遠からぬ場所に、まるでそうすえ付けたかのように公綱を向いて立っていた。
「見事だ、公綱」
 唇から血を流しつつも、智盛は首だけで語りかけた。
「おことと剣を交える内に、わしは昔、おことと共に笑い、泣き、怒り、喜びしたことを思い出した。あのころは本当に楽しかった。なぁ、公綱」
 公綱は両目に溢れた涙をどうすることも出来無かった。

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