かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

.06 円光助太刀 その1

2009-05-03 08:51:11 | 麗夢小説『向日葵の姉妹達』
 友が島を出たときには、円光もここまで流されようとは思っていなかった。水越しにようやく現れてきた海岸に、大勢の人がごったがえしているのを見て、円光は自分の計算がかなり食い違ってしまったことに気づいたのだ。
 友ヶ島は、和歌山県と大阪府の府県境も近い、紀淡海峡に浮かんでいる島である。
 それほど大きな島ではないが、島には、役行者が開いたという葛城修験二十八宿の一番、序品窟を初め、深蛇池、閼伽井(あかい)、観念窟、剣の池の五つの修験道の行場があった。円光はこの葛城二十八宿に久々に挑もうと、はるばる関西まで足を運び、海を越えたのである。その修行の第一歩も無事済ませたので、次に進もうと海に入ったまでは良かったのだが、思ったよりも潮の流れが速く、予定よりはるか南の、加太の海水浴場が見えるところまで流されてしまったのだった。
「是非もない。これも修行」
 円光は力強く水をかくと、目標を変えて加太海水浴場に上陸すべく、再び泳ぎだした。
 加太は遠浅の砂浜で知られている。もう海岸は目鼻の先であり、これ以上流される気遣いは無いと言えた。
 ようやく足がつくようになったところで、円光は今一度海岸に目をやった。なるだけ端の目立たぬところに上がらないと、こう人が多くては面倒である。第一、肌も露わな若い女性が闊歩するような場所を、円光も好んで歩きたくはない。
 加太の海岸は幅250m余。
 円光は随分南へと流されてきたが、海水浴場としてはまだ北よりの辺りにいた。波は穏やかで海岸の様子は手に取るように判る。円光はこのまま更に北寄りに針路を変更し、その北端に上陸する事に決めて、再び泳ぎだそうとした。その動きを止めたのは、チラと見流した海岸に、見知った顔を垣間見たが故である。
 ?
 円光は今にも潜ろうとした身体を改めて水上に立ち上げ、今見えたものを確かめようと目を凝らした。
(あれは?……、そうだ、鬼童殿にせがまれて異国を旅したときに会った少女だ。名は確か……)
「シェリーちゃん急いで!」
(そう、シェリーと申した)
 よく見ると、やや大きな少女に手を引かれて走っているようだ。二人の金色の髪が西に傾きつつある日の光を跳ねて、輝いて見えるのがなかなか興趣ぶかい。と、円光の視界にどす黒い瘴気が流れ込んだように見えた。何事と目をやると、場違いな黒装束が五人、シェリーと名も知らぬ少女の後を追いかけている。
「お待ち下さい!」
「逃げないで!」
「邪魔だ! どけ!」
 二人に呼びかける口調は丁寧なようだが、それ以外にはどうも紳士とは言い難い態度である。今も若い女性が一人突き飛ばされ、砂の上に転がされていた。シェリー達は人々の間を縫うように逃げているが、体格差はいかんともしがたく、もう男達の手が今にもシェリーに届きそうである。円光は状況を読みとると、一気に水しぶきを上げて海中に潜った。
 水辺で遊んでいた人達は、突然自分達の身体の間を猛然とすり抜けていったものに、驚愕の視線を浴びせかけた。一瞬鮫かと錯覚する者が出るほどに、そのスピードは常軌を逸している。それはやがて膝高の水深になったとき、突如水面を割って飛び上がった。周囲の人間が目をみはる中、円光は、遮るもの無き海岸線を、一気呵成にシェリーまで走った。
「は、放してぇ!」
「佐緒里お嬢様! 聞き分けなさい!」
「ええ加減観念して!」
 さすがに円光と言えども、あの距離では相応の時間がかかった。海上ではまだ間があると見えた男どもと少女達の距離は、今や完全に無くなっていたのだ。もっともそれなりに抵抗したと見えて、一人はサングラスをはたき落とされ、一人は左頬に三本筋のひっかき傷を生々しく見せつけていた。それでも所詮多勢に無勢、シェリーの手を引いていた少女の腕は既に一人の黒づくめに押さえられ、シェリーはと言えば、その足元に倒れかかっている。円光は脱兎のごとく駆け寄ると、今にも少女を抱え込もうとしていた黒づくめの首筋に、鋭い手刀を叩き込んだ。
 「な! なんやこの坊さんは!」
 どすっと鈍い衝撃に、残る4人が浮き足立った。一撃で意識を闇に強制送還された黒づくめが、膝から崩れて少女の手を放す。円光は騒ぎ立てる男達を無視して、一緒に倒れ込んだ少女を助け起こすと、まだ足元で倒れたままのシェリーにも手を伸ばした。
「大事ないか、シェリー殿」
「え、円光さん!」
 シェリーの目から大粒の涙があふれ出た。余程怖い目にあったに違いない。円光は優しく手を添えてシェリーも立たせると、後ろでわめく男達に振り向こうとした。

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