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(親鸞)(浄土真宗)(教行信証(きょうぎょうしんしょう))
[ポイント]
1.浄土真宗の祖、親鸞の主著は『教行信証』である。
[解説]
1.親鸞(1173~1262)は、浄土真宗の祖。師法然に連座し越後に流され、その地で妻帯を断行、その結果、今日までその血縁が続くことになる(8代目が中興の祖蓮如)。
2.親鸞は、師法然の教えをさらに深めた。従来の仏門に入り精進するような自力作善(自力で善行を積む)の行動は無意味である。ひたすら阿弥陀仏を信じて念仏(南無阿弥陀仏)を唱える(他力本願(たりきほんがん))の方が極楽浄土に往生できると説いた。
3.また、阿弥陀仏の本願(庶民を救う誓い)はもともと悪人(煩悩の深い人、つまり殺生をしなければ生きて行けない庶民)を救うこと(悪人正機)であるから、阿弥陀仏の力にすがること(他力)こそ極楽往生の近道である、と説いた。(他力本願にもとずく悪人正機説)。
4.親鸞の主著は『教行信証』。『歎異抄(たんにしょう)』は弟子の唯円(ゆいえん)が書いた親鸞の言行録。親鸞の死後、親鸞の教えが正しく理解されず乱れていく状況を歎いて、親鸞の言行を書きしるしたもの。
〈2005上智大・法外総合人間
「ここをもて ア興福寺の学徒、太上天皇(イ後鳥羽の院と号す、諱(いみな)尊成)、今上(土御門の院と号す、諱為仁)、聖暦、承元丁卯の歳、仲春上旬の候に奏達す。
ウ主上臣下、法に背き義に違し、忿りを成し怨みを結ぶ。これによりて、エ真宗興隆の大祖源空法師ならびに門徒数輩、罪科を考へず、損りがはしく死罪に坐す。あるひは オ僧儀を改めて姓名を賜ふて カ遠流に処す。キ予はその一つなり。しかればすでに僧にあらず俗にあらず。このゆゑに禿の字をもて姓とす。空師ならびに弟子等、諸方の辺州に坐して五年の居諸を経たりき。
(『教行信証』後序)
問1 下線部アについて、興福寺奏状を起草した人は誰か。1つ選びなさい。
1覚円 2貞慶 3円盛
4尊円 5高弁 6慈円
問2 下線部イについて、「後鳥羽の院」の説明として正しくないものを1つ選びなさい。
1 承久の乱の結果、隠岐に配流となり、そこで生涯を終えた
2 若くして長男の土御門天皇に譲位して上皇となった
3 北条義時追討の宣旨を発して挙兵したが、幕府軍の前に完敗した
4 藤原定家・家隆らに命じて『新古今和歌集』の編纂にあたった
5 政治的手腕にすぐれ、「日本国第一の大天狗」と評された
6 あらたに西面の武士をおき、軍事力の増強をはかり、院政を強化した
問3 下線部ウには、ある出米事に対する著者の厳しい批判と抗議が見られる。その出来事とは何か、1つ選びなさい。
1 和田合戦以降、執権が北条氏一族のあいだで世襲されるようになったこと
2 悪人正機説が、朝幕間で正反対に解釈され、政治的に利用されたこと
3 源実朝が鶴岡八幡宮で公暁に暗殺された事件
4 本願寺が東西に二分されるに至った政治的紛争
5 畿内・西国を中心とした養和の大飢饉の際の朝廷の無策ぶり
6 法然を師とする専修念仏教団への弾圧
問4 下線部(エ)と(キ)について、「真宗興隆の大祖源空法師」および「予」はそれぞれ誰を指しているか。正しい組み合わせを1つ選びなさい。
1源信-法然 2法然-親鸞 3法然-唯円
4親鸞-蓮如 5親鸞-善鸞 6親鸞-唯円
問5 下線部(エ)に関して、「源空法師」の思想に深く影響を受けた人物で、政治的な後援者でもあったのは誰か。1つ選びなさい。
1源頼家 2北条義時 3九条兼実
4源通親 5平清盛 6藤原通憲
問6 下線部(オ)について、「僧儀を改めて」とあるが、ここでの意味は何か、1つ選びなさい。
1改宗する
2僧籍を剥奪される
3独身生活をやめ、妻帯する
4顕密仏教(南都北嶺)のしきたりに従う
5別の師のもとで学ぶ
6都での伝道活動を自粛する
問7 下線部(カ)と(キ)について、「遠流に処す」とあるが「予」はどこに流罪となったか、1つ選びなさい。
1安房 2土佐 3讃岐
4佐渡 5伊豆 6越後
(答:問1→2※ジョウ、問2→5×後白河上皇の誤り、問3→6、問4→2、問5→3、問6→2、問7→6)〉