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「太海家」で夕ご飯

夕ご飯はツレと近所の居酒屋「太海家」へ…
麒麟のラガーに白出汁仕上げの枝豆で口開けして

トウモロコシの天ぷらなど軽く底を入れた仕上げはラムチョップ



ハニーマスタードソースも美味しくいただきました
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もうすぐ巣立ち?

ちょうど1週間前、お隣りのマンション軒下のツバメの巣が落下して、管理員さんが脚立を立てて保護してくれましたが、巣の中のヒナがどうなることかと気をもんでいましたが、立派に成長しました


手前(右)のひも状のものはカラスやハトに襲われないよう、軒下から吊るしてくれたようです。

1週間前の写真(下)と比べると、大きくなって巣が壊れてしまったのかな?

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前の戦争遺構? 鐡道聯隊 E18

小竹向原の「まちのパーラー」でランチのあと、大江戸線に乗ろうと思って「新江古田」に出る途中、鉄道関係の出版社「プレス・アイゼンバーン」の建物の1階に『元日本陸軍 鐡道聯隊 E18型蒸気機関車』が静態保存されているのを思い出してチョッと寄り道



















道路端に置かれているので埃を被っているのと、建物ギリギリに置かれているので左側が見られないのが残念です。

以下、手前の銘板から…

元日本陸軍 鐡道聯隊 E18
1921年(大正10)年 ドイツ オーレンシュタイン・ウント・コッペル社製造
全長 5.8m 全幅 1.8m 重量 約12t
 千葉市と習志野市にあった鐡道聯隊は戦地での迅速な物資補給を行うために設けられた。日本では1896年に鐡道大隊として発足し、日露戦争後に鐡道聯隊となった。素早く戦地で輸送力の大きな鉄道を輸送、敷設、撤去するために、600mmゲージの機関車とレールと枕木をくみ上げたハシゴ状のものを使用する軍用軽便鉄道が導入された。
 この機関車はドイツのコッペル社から1921年に輸入された25両のうちの1両である。急カーブを通過させるために動力はすべての車輪に伝達されているが、最前部と最後部の2輪はカーブに沿って首を振る構造になっている。
 太平洋戦争が終結した1945年をこの機関車は千葉市の兵器補給廠で迎え、その後西武鉄道に引き取られて、1947年から入間川の砂利採取線(現在の川越市安比奈)で同型のE16、E103とともに使用された。活躍は1950年代で終了したが、その後も廃車体として河原に放置されていた。
 1960年代末に河原から西武所沢工場に移され、さらに玉川上水の西武運輸の倉庫に移動、1971年から所沢市のユネスコ村でE103とともに保存、展示された。
 1993年、「大恐竜探検館」建設のために展示場所を失って、この場所に移動、2007年に建物建て替え工事が始まるまで保存された。
 その後、静岡県の大井川鐡道に依頼して外観の修復を行い、2012年8月、東京ビッグサイトで開催されたJAMコンベンションでの3日間の展示を経て、ここに戻ってきた。
 なお、僚機E103は北海道丸瀬布での保存の後、2002年ドイツに里帰りして動態復元工事中である。
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フレッシュトマトとペコリーノチーズのサンドイッチ

体育館で「ゆるトレ」のあと、小竹向原の「まちのパーラー」でランチ
まずは「よなよなエール」で喉を潤して

湘南小麦のカンパーニュで「フレッシュトマトとペコリーノチーズのサンドイッチ」


美味しくいただきました
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22日は参議院選挙の告示日

来週22日は参議院選挙の告示日。
都選管によると、14日時点で50人が立候補の必要書類を受け取り、29人が事前審査を終えている。都選管は「事前審査の出足が早い上に件数が多く、今後さらに増える可能性がある」と判断。9日、都内区市町村選管に増設が必要とする事務連絡を出した。これを受けて、多くの自治体が急ピッチで増設を進めているとか…
写真は近所の掲示板ですが、世田谷区では36面貼れる掲示板で作業を進めていたところに都選管の要請で急遽増設しているそうです

いずれにしても貴重な一票。無駄にしないようよ~~~く考えて投票します。



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