平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

天地人 第34回「さらば、越後」

2009年08月24日 | 大河ドラマ・時代劇
★<故郷を離れる哀しさ>というのは誰もが共感できる感情。
 そしてこれをどう描くかが作家の力量。

 この作品の作家は<雪>を持ってきた。
 兼続(妻夫木聡)の手に降り落ちる越後の雪。
 なかなか上手い。
 お船(常盤貴子)が子供たちとかまくらに入るのもなかなか。
 紅葉もそうでしたが、この作家さん、自然の風物を使った心情描写が得意なのかもしれない。

 山の頂から越後を見下ろす兼続も絵になってますね。
 これは雄壮で男性的。
 オープングの絵はこういうことであったか。

★さてここからが批判。
 これはこの作品の特質なのだが、それまでの人間関係がじっくり描かれていないので今ひとつ盛り上がらない。
 兼続と泉沢(東幹久)の関係、景勝(北村一輝)と仙桃院(高島礼子)の関係。
 もっと描き込んでいれば別れのシーンが感動的になったのに。

 毎度おなじみの<義>に関してもそう。
 「大きく躍進をするのが義」みたいなことを兼続は言っていたが、<義>というのは実に便利な言葉である。
 「○○するのが義」
 ○○の中に入る言葉はその時々の情況でどんな言葉でも入れられる。
 この作家さん、言葉に対するこだわりがない。

 <葛藤>も描けていない。
 兼続はわりとあっさり国替えを了承してしまう。葛藤がない。
 では「大きく躍進をするのが義」という考えで兼続が納得しているのかと思えば、そうではないらしい。
 お涼(木村佳乃)に「この越後でわしがしてきたことは一体何だったのだろう」と愚痴を言っている。
 何だ兼続は国替えに納得していなかったんだ。
 だったらもっと兼続に葛藤させなくては。
 また、このせりふをお涼に言うのはどうか?
 普通はお船でしょう?
 本音を言えるのは妻ではなく、お涼なのか?
 別に道徳論で言っているのではない。
 兼続とお涼の結ばれない愛人(?)物語をメインで描きたいのならこれでいい。
 でも描きたいのは兼続とお船の夫婦の物語のはず。
 だったら本音をもらすのはお船でなくてはならない。
 まったく配慮に欠けている。
 こういう所から兼続の魅力がなくなっていくのだ。

 小松江里子さんの脚本は深さもないし、配慮もない。
 そう思いませんか、NHKさん。


コメント (4)
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