平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

おんな城主直虎 第12回~虚無におちいった政次。高橋一生さんの魅力が炸裂!

2017年03月27日 | 大河ドラマ・時代劇
 政次役の高橋一生さん。
 女性の間では、「萌えるは一時の恥、萌えぬは一生(いっせい)の恥」と大人気らしい。

 ウェブサイト『女子SPA!』に拠れば、その魅力は<無邪気な笑顔>と<底知れぬ無表情>の往復運動。
 <捨てられた子犬のような無垢な瞳><少年の幼気(いたいけ)さ>と
 <サイコパスのような冷たい目つき><感情の読み取れない虚ろなムード>。

 なるほどなぁ。
 今回の政次はまさに後者だ。
 政次は、裏切って、直親(三浦春馬)を死なせてしまったことで、<虚無>に陥ってしまったのだろう。
 心の中は空っぽで、感情を失ってしまった。
 人間らしい感情を抱いたら、心が壊れてしまうから封印している。
 小野家の運命に抗えないことがわかって、反抗する気力をなくしているのかもしれない。
 あるいは、悪に徹し、次郎法師(柴咲コウ)や井伊家の冷たい視線を浴びることで、贖罪としているのかもしれない。
 次郎に、「恨むなら直親を恨め。下手をうったのはあいつだ。何度も同じことを繰り返し、井伊は終わるべくして終わったのだ」と語ったのは、自分を弁護するための言い訳か?
 政次にはこういう弱さもあるんだよなぁ。

 いずれにしても政次の<虚無><空虚>を表現するのに、高橋一生さん以外の役者さんはいないだろう。
 それほど、今回の政次は存在感があった。
 …………………………

 直親と次郎にも見せ場があった。

 斬られながらも立ち上がって、「井伊はどこだ?」と言って倒れる直親。
 直親の中では、〝井伊=おとわ〟であっただろうから、おとわを求めてのせりふだったのかもしれない。
 水垢離で病に倒れた次郎をいっしょに連れていこうとしたのは、その死が無念の死だったからか?

 次郎は覚醒。
 自分のことを、井伊家に不幸をもたらす<疫病神>と考えて悩んだが、最終的には<竜宮小僧>という自分を見出した。
「亀にこの身を捧げる。亀の魂を宿し、亀となって生きていく」
 と、直親の遺志を継いで生きていくことを決めた。
 次郎は直親を心の中に宿すことで、人して強くなったのだ。
 次郎は<直虎>になり、井伊家と虎松を守るために生きていく。
「おなごでこそあれ次郎。次郎の器であると思わぬか?」
 南渓和尚(小林薫)が語ったこのせりふのように、次郎の器が開花する時が来た。


※参照サイト
 高橋一生になぜ女性は萌え死ぬのか。その“魔性”の正体(女子SPA!)

コメント (4)
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