メロスは激怒した。
で始まる太宰治の『走れメロス』。
その文体構成は、短文の積み重ねだ。
たとえば、『メロス』の冒頭──
メロスは激怒した。必ず、かの邪知暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれたシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばるシラクスの市(いち)にやって来たのだ。
僕はこういう短文を重ねる文章が好きなんですよね。
・小気味いい。
・リズムがある。
・ムダな修飾がない。
・情報がスッと入ってくる。
・硬質。
『メロス』は走る小説なので、短文の積み重ねが合っている。
短文の方が疾走感が出るのだ。
たとえば、ラストの刑場にたどり着くシーン。
まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
おおっ、何と心地いい文章だろう。
これ、朗読したら楽しいよね。
もっとも長文でも疾走感を出せる。
メロスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪(なみ)を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻き分け掻き分け、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐憫を垂れてくれた。押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。
路行く人を押しのけ、跳ねとばし、メロスは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴飛ばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。
何という躍動!
「犬を蹴飛ばし、小川を飛び越え、」とかすごくないですか?
これを朗読する時は、息継ぎをせず、一息で読み切るとカッコいい。
比喩や修飾も文章に躍動感を与えている。
・ざんぶと
・百匹の大蛇のように
・のた打ち荒れ狂う
・押し寄せ渦巻き引きずる
・なんのこれしきと
・めくらめっぽう獅子奮迅の
・黒い風のように
ううっ、たまらんなあ。
『走れメロス』はストーリーではなく、文体を味わう作品ですね。
神は細部に宿る。
この作品は朗読がおススメです!
朗読しているうちに、自分もメロスと疾走している感じを味わえるはず!
で始まる太宰治の『走れメロス』。
その文体構成は、短文の積み重ねだ。
たとえば、『メロス』の冒頭──
メロスは激怒した。必ず、かの邪知暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれたシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばるシラクスの市(いち)にやって来たのだ。
僕はこういう短文を重ねる文章が好きなんですよね。
・小気味いい。
・リズムがある。
・ムダな修飾がない。
・情報がスッと入ってくる。
・硬質。
『メロス』は走る小説なので、短文の積み重ねが合っている。
短文の方が疾走感が出るのだ。
たとえば、ラストの刑場にたどり着くシーン。
まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
おおっ、何と心地いい文章だろう。
これ、朗読したら楽しいよね。
もっとも長文でも疾走感を出せる。
メロスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪(なみ)を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻き分け掻き分け、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐憫を垂れてくれた。押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。
路行く人を押しのけ、跳ねとばし、メロスは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴飛ばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。
何という躍動!
「犬を蹴飛ばし、小川を飛び越え、」とかすごくないですか?
これを朗読する時は、息継ぎをせず、一息で読み切るとカッコいい。
比喩や修飾も文章に躍動感を与えている。
・ざんぶと
・百匹の大蛇のように
・のた打ち荒れ狂う
・押し寄せ渦巻き引きずる
・なんのこれしきと
・めくらめっぽう獅子奮迅の
・黒い風のように
ううっ、たまらんなあ。
『走れメロス』はストーリーではなく、文体を味わう作品ですね。
神は細部に宿る。
この作品は朗読がおススメです!
朗読しているうちに、自分もメロスと疾走している感じを味わえるはず!
Pオースターの翻訳者である柴田氏が彼のことを”華麗なる前衛”と称しました。
太宰治「走れメロス」にも、同じ様な称賛を与えたいです。
教えていただき、ありがとうございます。
〝華麗なる前衛〟
どういうことか調べてみますね。