フォンテーヌの家  わたしのつぶやき

横浜市南区で趣味の会[フォンテーヌの家」 

わたしとピアノ

2011-12-22 18:28:20 | 日記
12月22日 木曜日 曇り

とても寒い一日でした。
予定では次女と富士宮の母の家に行き、そこからお墓参りに向かうことになっていました。
ところがこのところのわたしの体調を心配した娘たちから「来年にしたら?」と言われ中止。

確かにこんなに寒い日に母が居ない家に行くのは、寂しいし辛いかもしれません。
暮れですから娘も忙しいでしょうから、双方にとって中止にするのが良かったのだと思いました。
足の痛みは今朝はほとんど感じませんでした。ほっとしました。

新しく入ったピアノを弾いてみました。
新しいと言っても、元々わたしの家に以前、ちょっとの間置いてあったピアノなのです。
でも年ぐらい触っていませんから、すっかりタッチも音色も忘れていました。

ピアノの調律は来年になってしまうようです。この暮れに来てからは無理でした。
でも思ったほど音は狂っていませんでした。久しぶりに練習曲を弾きました。
指がもつれますが何度か弾いているうちに、少しずつほぐれてくるような気がします。

子供の頃のわたしの楽譜と娘たちがそれぞれ使っていました楽譜が戸棚に沢山入っていました。
チェルニー30番などは4冊ありました。わたしが2冊使いました。
子どもの頃の先生と結婚してからの先生の奏法が全く違ったのです。当然注意書きも違います。

先生の注意書きの前に、すでに注意書きがあるのは申し訳ないと思い新しい物にしました。
先生のメモの文字が懐かしいです。先日喪中葉書で母のことを知りお電話を頂きました。
86歳になられたとか・・・。それでもまだ生徒さんを持っておられるとか。凄いです。

ご自宅ではクラシックの教本を教えて頂き、ポピュラーピアノはお教室でご指導を受けていました。
その割にはピアノの上達は全く無し、上達出来なかったわたしでした。恥ずかしいです。
でも生意気ですが「音楽に対する心」と言うか、演奏する人の何かに触れられるような気がします。

バイオリンはあるじが好きでしたがわたしにはよく分かりませんでした。
でも今はバイオリンもチェロもベースもコンサートの度に目が離せません。
弦の持ち方、その動き、すべてが音につながって居ると思うと興味津々です。

「僕は娘3人のピアノの月謝のために働いて居るんだよ」とあるじがふざけていって居ましたし、
「僕はあなたの保護者だから・・・」と言って、お教室を決めるときも同伴していました。
わたしの拙いアレンジが出来たときはわたしのピアノに合わせて歌ってくれました。
懐かしい楽しい思い出です。これからはこのサイレント・ピアノで楽しみます。
コメント
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