現在問題となっている感染症の診断において、PCR法が標準的な検査法として用いられています。高感度、かつ高い特異性をもったPCR法は、病原体ウイルス遺伝子を検出する方法として、一見すると問題がないように思えます。しかし、気づきにくいところで大きな問題を抱えているのです。それは、今回のPCR法は、あくまで緊急に中国発表の論文に類似するウイルスの有無を調べる手段として、クルーズ船内の患者を調べる目的で開発されたものであるということです。 感染症における検査の目的は、患者の病原体を特異的に検出することです。一つ目の問題点として、今回のPCRで検出しようとしているウイルスは、本当に病原体なのかという検証が出来ていないことがあります。2つ目の問題点として、健常者におけるウイルスの有無を確認できていないことです。 培養できる病原体については、交差反応性の有無を調べることは比較的容易です。遺伝子配列からチェックしたうえで、交差反応性が出ないようにプライマー遺伝子の配列を選びます。そのうえで、一般的な病原体との交差反応性を確認するわけです。これについては、PCR検査マニュアルにも記載されています。 しかし、ウイルスが本当に病原体であるのかについては、コッホの4原則を満たすことを確認する必要があります。これには、いろいろな問題点があります。ウイルスの純化が出来るかということがあります。人間と同様の感受性のある動物モデルを探すことも必要です。しかし、それ以前の問題として、ウイルス数の顕著な増加と症状の発現が一致して見られるのかという点です。 健常者において、類似するウイルスが存在しないかを調べることは、そう簡単なことではありません。これまでは、健常者の咽頭スワッブを採集する機会はあまりありませんでした。いくつかの地域で、いろいろな年齢層の人について調べる必要があります。また、他の類似した疾患についても、サンプルを集める必要があります。これまで、インフル抗原検査の開発をやっていた会社であれば、類似する疾患の咽頭スワッブの標本を持っている可能性があります。米国のPCRキットで非特異反応の記載があるのは、このような事情がある可能性があります。しかし、健常者については、地域差がある可能性があるので、日本においても、調べる必要があったわけです。しかし、クルーズ船の事件の時は、そのような時間的余裕はありませんでした。 政治的な動きもあり、PCRキットの開発に必要な標準化をすることなく、症状のない人にまでPCR検査を拡大することになりました。その結果、多くの健常者にPCR陽性が見られるようになったわけです。本来、このようなレベルのPCR陽性は、本当は陰性と判定するように、陽性限界値を引くべきだったのです。 抗体検査においても、すべての人に抗体は存在します。病原体の増殖と共に抗体価が上昇するので、既往歴のある人は抗体価が高いのです。微量な抗体まで含めると、すべての人に最初から抗体は存在します。抗体価はあくまで相対的な値なので、陽性限界値をどこに引くかの検討を必要とするわけです。 このような理由で、現在のPCR検査は、一体何を見ているのか、何を目指しているのかわからない状態になっていると考えられるのです。PCR検査の意義を問い直すべきだと思います。
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