『名も無く豊かに元気で面白く』

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「見えなかったものを見続けなくてはならないストレス」で“熟年離婚”40年で13倍増 

2018-01-03 08:19:52 | 日記

定年後、お金よりも自分が輝いていたことを覚えている配偶者が老後を過ごすためには必要です。しかし、「家事分担」や「育児参加」に取り組んでこなかった世代には40年間で13倍にも増えた「熟年離婚という」厳しい仕打ちが待っている。唯一防ぐ方法は輝きが欠けても、恒星として光を放ち続けること。人生100年時代、謙譲の精神を忘れず、働けるだけ働き続けることでしょう。

以下抜粋コピー

居場所を失ってヒマをもてあまし、イラ立つ夫が家に居座り、管理職のように家庭内を仕切るのは、妻にとっては疲れるし、息苦しい。自分のための時間を犠牲にして夫や子どもたちの都合を最優先してきた女性なら、なおのことだ。

 会社やパートなどの職業生活から離れ、やっと手に入れた自由な時間で趣味、旅行、交友や地域活動などを楽しんでいたのに、後から遅れて来た夫に、あれこれ指示されたり、邪魔されたりするのは許せないだろう。

 このようなセカンドライフを巡る夫婦間の時間や経験のズレ、つまりギャップが、深刻な結果を招く一因になっているようだ。

 厚生労働省の2016年の人口動態調査によると、“熟年離婚”と呼ばれるような、同居30年以上の夫婦の離婚は1万1000件。1975年の866件から、約40年間で約13倍も増えた。

 私がこれまで、離婚問題の相談にのってきた経験では、夫の定年後、一緒に過ごす時間が増え、「見えなかったものを見続けなくてはならないストレス」が生じたと訴える女性が多かった。同様の悩みを持つ女性が、解消できず、離婚に踏み切るケースもあると思う。

本質的な問題の解決も図らなければならない。退職して輝く場所を失った中高年男性たちが、新たな生きがいや居場所を見つけることだ。

 そうした男性たちには、会社で働いていたときの自分のイメージを捨て、地元の地域社会に根を張っている妻や子ども、さらには孫たちに歩み寄り、「引率してもらって」地域デビューを果たすことを提案したい。

 「団塊ジュニア」と呼ばれる今の40歳代は、団塊世代に比べれば意識的に「家事分担」や「育児参加」に取り組んできた。保育園、幼稚園、小学校などのイベントに参加する人も多く、「パパ会」や「おやじの会」を結成してSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で連絡をとり、年齢や職種を超えた交流を楽しむ人もいる。こうした積極性を見習うべきである。

 定年後で、子どもが成人して、独立した後であっても、自治会のイベントや地域のボランティア、趣味の同好会など、居場所はたくさんあるはずだし、どこでも力仕事ができる男性は基本的に歓迎される。

 ただし、職業生活を離れ、肩書を外したら「人となり」だけで勝負するのだから、謙譲の精神を忘れてはならない。自治会で仕事モードを再燃させて、仲間内でシビアな「見積書や工程表」を要求したり、「予算の削減や作業の効率化」を提案したりするのはあまり好ましくない。競わず、争わず、陰口を言わず、「人づきあいを楽しむ」心がないと、地域デビューは成功しないだろう。

熟年の夫婦は、お互いが最も華やいだ壮年期や子育て期の伴走者である。お互いの若い頃の輝きを覚えていてくれる、唯一の生き証人であることも多い。だから“熟年離婚”経験者にとって、離婚は死別と同じく「思い出の共有者」を失うことであり、結婚生活が長かった人ほど、城山三郎氏の遺稿集のタイトルと同様に「そうか、もう君はいないのか」という喪失感が大きいと聞く。

 定年後に大切にしなければいけないのは、お金よりも「自分が輝いていたことを覚えている配偶者」なのである。

コメント (1)
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