今日寛元二年1244、2月25日は忍性菩薩が興正菩薩叡尊を屏風里に請じ亡母の13回忌を修した日です。金剛仏子叡尊感身学正記に「寛元二年甲辰四四歳、(二月二四日の)翌日忍性亡母十三年の追善の為、結崎屏風(奈良県磯城郡)に移住す。心地観経報恩品読文講義・・」とあります。 . . . 本文を読む
今日は大般若会が年四回とされた日です。現在は大般若会はお正月に修せられるのが恒例となっていますが昔は四回という時期もあったのです。三代実録・貞観元年860二月二十五日の条に「二十五日辛亥六十四僧を請じて東宮に於いて大般若経を転読す。今日を起首として三日を限り訖る。凡そ貞観の代、四季大般若を転読す。他皆之に効ふ。」 . . . 本文を読む
「日本三大實録(貞観元年859二月二十五日の条)「六十四僧を請ひ東宮に於いて大般若経を転読す。今日を起首とし三日を限り訖。凡そ貞観の代、季毎に四季大般若を転読。皆此に効ふ。」
参考1,「公事根源」には「季の御読経 二月八月大般若経を百敷にて講ぜらる。四か日の事にて第二日には引茶とて僧に茶を給ふ事あり。天平元年四月八日に始めらる。貞観の比ほひには毎季 . . . 本文を読む
今日2月25日は天神様の日です。1、道真公は延喜3年(903年)2月25日に59歳で大宰府で薨去されました。その後道真公を讃えるべく多くの神社ができています。日本三大天神は防府天満宮・太宰府天満宮・北野天満宮。また江戸市中で道真公を祭る25社は「江戸二十五天神(亀戸天神 、深川天神 、楓川天神、飯倉天神、茅野天神、花城天神、福吉天神、平河天神 、中坂天神、牛天神、櫻木天神、湯島天神、下谷天神、渡江 . . . 本文を読む
今日は高雄僧正・紀の僧正・柿本僧正・真済が入滅された日です。以下密教辞典等によります。真済は延暦19年(800年) -~貞観2年2月25日(860年3月25日)61歳。平安時代前期の真言宗の僧。大師十大弟子の一人。紀氏一族。大師に高雄山・宮中真言院を委嘱される。 「三代実録」では「真済、入愛当護山高尾峰、不出十二年。嵯峨天皇、聞其苦行、為内供奉十禅師。」とあり当時は真言宗でも12年籠山行が行われて . . . 本文を読む
日本三代実録・卷四・貞觀二年(860)二月廿五日に眞濟遷化の記事があります。「貞觀二年二月廿五日丙午。○廿五日丙午。僧正傳燈大法師位眞濟卒。眞濟者。俗姓紀朝臣。左京人也。祖正五位下田長。父巡察彈正正六位上御園。眞濟少年出家。學大乘道。兼通外傳。夙有識悟。從大僧都空海。受眞言教。大師海公鑑其器量。特加提誘。遂授兩部大法。爲傳法阿闍梨。眞濟時年廿五。時人奇之。眞濟入愛當護山高尾峰。不出十二年。嵯峨天皇 . . . 本文を読む
菩提僊那は婆羅門僧、唐に滞在中に入唐僧理鏡や第十次遣唐副使中臣名代らの招請を受けて開元24年 / 天平8年(736年)に来日。天平勝宝4年(752年)に東大寺大仏殿の開眼供養法会で婆羅門僧正として導師を務めた。弟子の修栄が撰した『南天竺婆羅門僧正碑』および『東大寺要録』中の「大安寺菩提伝来記」に伝記が残されている。
菩提僊那は華厳経の諷誦に優れ、密呪にも通じていた . . . 本文を読む
本日2月25日は、“学問の神様”菅原道真の命日です。学問とは何であるのか?と考えることがあります。以前は単位に「読書や研究が好きだから」と思うことがありましたが、最近ある言葉に触発されて「学問を含むすべての活動は人々の未来をよりよくするため」といえるのではないかと思い始めました。以前テレビで、物理が天才的にできるようになった高校生はその理由を、先生から「物理は未来を予測する . . . 本文を読む
菅原道真公は承和12年6月25日(845年8月1日)生まれ - 延喜3年2月25日(903年3月26日)薨去。平安時代の貴族、学者、漢詩人、政治家。参議・菅原是善の三男。官位は従二位・右大臣。贈正一位・太政大臣。忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて、寛平の治を現出、醍醐朝では右大臣にまで昇った。しかし、左大臣・藤原時平の讒訴で大宰府へ流され現地で没。死後天変地異が多発したことから、天満天神として . . . 本文を読む