今日は徳富蘆花の命日です。蘆花は1927年(昭和2年)9月18日に58歳で死亡しています。徳富蘇峰の弟で小説「不如帰」、随筆「自然と人生」で有名です。トルストイに心酔、晩年はキリスト者として求道的生涯を送ったとされますがお地蔵様の小品を書いています。お地蔵様のお陰でこの賽の河原のような無情の世は耐えられる、と書いています。人生への深い洞察を感じます。
「地蔵尊」「・・雨が降っても、日が照りつけても、昼でも、夜でも、黙ってただ合掌してござる。時々は馬鹿にした小鳥が白い糞をしかける。いたずらな蜘くもめが糸で頸をしめる。時々は家の主あるじが汗臭い帽子を裏返しにかぶせて日に曝らす。地蔵様は忍辱の笑貌を少しも崩さず、堅固に合掌してござる。・・・地蔵様は何時も笑顔で、何時も黙って、何時も合掌してござる。
・・・ 賽の河原は哀しいそうして真実な俚伝りでんである。この世は賽の河原である。大御親おおみおやの膝下からこの世にやられた一切衆生は、皆賽の河原の子供である。子供は皆小石を積んで日を過す。ピラミッドを積み、万里の長城を築くのがエライでも無い。村の卯之吉が小麦蒔くのがツマラヌでも無い。一切の仕事は皆努力である。一切の経営は皆遊びである。そうして我儕われらが折角骨折って小石を積み上げて居ると、無慈悲の鬼めが来ては唯一棒に打崩す。ナポレオンが雄図ゆうとを築くと、ヲートルルーが打崩す。人間がタイタニックを造って誇貌に乗り出すと、氷山が来て微塵にする。勘作が小麦を蒔いて今年は豊年だと悦んで居ると、雹が降って十分間に打散す。蝶よ花よと育てた愛女が、堕落書生の餌になる。身代を注ぎ込んだ出来の好い息子が、大学卒業間際に肺病で死んでしまう。蜀山を兀はがした阿房宮が楚人の一炬に灰になる。人柱を入れた堤防が一夜に崩れる。右を見、左を見ても、賽の河原は小石の山を鬼に崩されて泣いて居る子供ばかりだ。泣いて居るばかりならまだ可い。試験に落第して、鉄道往生をする。財産を無くして、狂になる。世の中が思う様にならぬでヤケを起し、太く短く世を渡ろうとしてさまざまの不心得をする。鬼に窘いじめられて鬼になり他の小児こどもの積む石を崩してあるくも少くない。賽の河原は乱脈である。慈悲柔和にこにこした地蔵様が出て来て慰めて下さらずば、賽の河原は、実に情なさけ無い住み憂い場所ではあるまいか。旅は道づれ世は情、我儕われらは情によって生きることが出来る。地蔵様があって、賽の河原は堪えられる。」
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