新イタリアの誘惑

ヨーロッパ・イタリアを中心とした芸術、風景。時々日本。

ドゥカーレ宮殿① ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼ。巨匠たちが腕を振るった贅沢な空間

2019-08-30 | ヴェネツィア美術館・博物館

 ドゥカーレ宮殿はヴェネツィア共和国という国家を統治するための中枢機関だった。政府と議会、裁判所をすべて統合した場所であり、さらに監獄までこの建物の中に含まれていた。

 9世紀の建設以来改修拡張を繰り返して現在に至っているが、内部はヴェネツィアを代表する巨匠たちの絵画作品であふれる。そんな宮殿の内部が数年前から写真撮影OKとなっていて、カメラを持っての見学を試みた。

 正面入口は、サンマルコ大聖堂と宮殿に挟まれた場所にある布告門だ。獅子像が中央にあり、それにひざまずく元首フランチェスコ・フォスカリの像が並ぶ。周囲には聖人像が取り巻いている。バルトロメオ・ボンによるゴシック様式の傑作だ。

 その門の先には巨人の階段が見える。

 

 階段を上ると、左右に2つの像が立つ。向かって左は戦いの神マルス、右が海の神ネプチューンだ。サンソヴィーノの作品。

 中に入ろう。待ち受けるのは黄金の階段。

 その漆喰装飾はまさに豪華の一言だ。

 部屋の天井や側壁にはティントレットらの絵画が並ぶ。

 「4つの扉の間」の右側の壁にあるのは「祈りを捧げるグリマーニ総督」。ティツィアーノの作品だ。

 謁見の間に入るとヴェロネーゼによる「ヨーロッパの掠奪」がある。牛に座った白い肌の女性がヨーロッパを象徴する。

 ティントレットの「パラスアテネ」もある。

 ヴェロネーゼの絵画が続く。ヴェネツァイアの力を示す作品で、青色が実にさわやかだ。

 こちらはティントレット作品。このようにヴェネツィアルネサンスの代表的な画家が競ってこの宮殿空間に作品を制作しており、ちょっとした美術館などとても及びもつかない豪華な場所になっている。

 

 

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アカデミア美術館③ ティントレットがドラマチックに、ヴェロネーゼがファンタスティックに、2人の天才が華麗な作品を展開する。

2019-08-19 | ヴェネツィア美術館・博物館

 ティツィアーノの指導を受けながら独自の画風を確立した二人の画家がいる。

まずはティントレット。この美術館には彼の出世作「奴隷を解放する聖マルコ」がある。

 聖マルコが空を飛んでいる。

 敬虔なキリスト教徒だったある奴隷が主人の許可を得ずに聖マルコの墓参りに行った。それをとがめられて殺されそうになった時に、空から舞い降りた聖マルコが一瞬のうちにその奴隷を救い出すという場面。それをまさにアニメのヒーローさながらに大胆に描き出した。

 ツルゲーネフの小説「その前夜」では、主人公が恋人と共にアカデミア美術館を訪れ、この絵を見て笑いこけるという場面がある。それほどに人の感情を揺さぶってしまう絵だ。

 また、「聖マルコの遺体の移送」もティントレットの作品だ。

ヴェネツィア商人がアフリカ・アレクサンドリアを訪れ、そこにあった正マルコの遺体を密かに運び出してヴェネツィアに持ち帰り守護聖人としたというエピソードを、作品にした。

 聖書の元となった4大福音書記者の1人、聖マルコの遺体の強奪。まんまと成功した作戦の現場が描かれる。右端の髭の男がティントレットの自画像だといわれる。

 よく見るとバックの強調された遠近法も見事だ。

 「動物の創造」も彼の作品だ。

 もう1人の大画家はヴェロネーゼ。

「レヴィ家の饗宴」は5・5m×13mという巨大な作品。ヴェネツィアのサン・ジョヴァンニ・パオロ教会から「最後の晩餐」の絵を依頼されたが、出来上がった作品は聖書の内容とはかけ離れたものだった。

あちこちで酔っ払いや動物までもが大騒ぎをし、異邦人もまぎれる宴会。

 異端審問にかけられ、書き直しを命じられてしまった。でも、ヴェロネーゼは考えた。「いやいやこれは最後の晩餐ではありません。レヴィ家で開かれた宴会の模様です」。かくして題名を変更しただけで描き直しはせずに済ませてしまった。

 でも、よく見ると裏切り者(ユダ)の存在を弟子たちに告げるキリストの姿がしっかり描かれているのがわかる。

 「聖母戴冠」。ドルソドーロ地区にあったオンニサンティ教会の主祭壇に飾られていた名作。死せるマリアが天上に昇って冠をいただくというシーンだ。

 聖母の慎み深く胸に手を当てた姿が印象的だ。

 「聖母被昇天」。これも聖母の上昇する模様が下から上へと視点の移動と共に立体的に描かれる。

 華やかな色彩を駆使して描く彼の作品は、聖母に限らず女性たちの表情が実に奥深く、心を奪われそうになる。

 「受胎告知」もヴェロネーゼにかかれば一段と華やかに見える。

 突然現れた大天使ガブリエル。躍動感にあふれて飛んでいる。

 急な展開に驚くマリア。なんか妖艶、、、。

 ヴェロネーゼをもう1枚。「サンタ・カテリーナの神秘の結婚」。聖女カテリーナが幼児キリストから結婚指輪を受け取るという幻想の場面。

 どの人物たちの表情も見事に変化に富んでいる。

 

 

 

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アカデミア美術館② 「画家の王」ティツィアーノの名作を少々、ティエポロの‟孤独”の後にほっくりと心癒される母子像を。 

2019-08-17 | ヴェネツィア美術館・博物館

 ティツィアーノ・ヴィチェリオ。ヴェネツィアルネッサンスを代表する画家。「画家の王」とも称された第一人者の作品も、しっかりとこの美術館に収蔵されている。

 「聖母の神殿奉献」。この絵は元々この建物(以前はカリタ同信会館だった)のために描かれた作品だ。従って、出口の出っ張り(左右の下部)に沿うように変形した形で制作されている。

まだ幼子だったマリアが神殿を訪れ、15段の階段を上る場面だ。

 マリアの愛らしいしぐさに思わず微笑みがこぼれる。

 天才ジョルジョーネによって口火が切られたヴェネツィアの盛期ルネサンスは弟子のティツィアーノが成熟の頂点にまで押し上げることになる。

 1518年、フラーリ教会に描いた「聖母被昇天」によって一躍注目を集めたティツィアーノは次々と秀作を発表し、1516年のジョヴァンニ・ベッリーニの死と共にヴェネツィア画壇のトップにのし上がった。

 その後は劇的な構想、官能的な色彩などを駆使、イタリアのみならずヨーロッパ世界の代表的な画家として88歳の死を迎えるまで君臨し続けた。

 「ピエタ」。1576年、その彼の絶筆となった作品。

あれほど華麗、華やかで躍動的だった作風が、最晩年には暗く沈んで荒々しい筆致になっている。結局完成することは出来ず、弟子のヤコポ・パルマ・イル・ジョーヴァネが引き継いで絵を完成させている。

 彼の遺体は、出世作となり華々しく画家生涯のスタート点となったフラーリ教会「聖母被昇天」の近くにに埋葬されている。

 「アルベルティーニの聖母」。

 柔らかな肌色と優しさを湛えた瞳、体温を感じさせる生き生きとした表現の妙が、ここにも表れている。

 ティエポロの作品もあった。彼はルネサンス期から遅れてやってきた18世紀の画家。ヴェネツィアにおける最後の巨匠ともいわれる。

 「十字架の称賛」と題されたこの絵にも見られるように、彼の作風は軽快で、大胆な短縮法によって平面の壁にすっくと立ちあがる人物像などを見事に描き上げた。そんな天井画などが各地に残っている。

 「モーゼとアロンネ」。たくましく立ち上がるモーゼ像に見入ってしまった。

 ティエポロの絵は、どれも激しさと共に、諦観とも思える虚しさをも宿しているような気がする。

 チーマ・コネリアーノの「キリストの死」。

 ビザンチン時代の「聖母子」。こんなに素朴だけど愛らしい母子像に、久しぶりに出会った。すごく癒された。

 

 

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アカデミア美術館① 瞑想する聖母、謎の稲妻、タイムスリップを体感する風景の作品群

2019-08-12 | ヴェネツィア美術館・博物館

 アカデミア美術館は、ドルソドーロ地区のアカデミア橋を渡った正面に位置する。まさにヴェネツィア絵画の世界一のコレクションを誇る。長い間に閉鎖されたり破壊された教会が所蔵していた名画もこの美術館に集められている。

 まずはヴェネツィアの風景が描かれた絵画から見て行こう。

 カルパッチョ作「リアルト橋の奇跡」。15~16世紀に活躍した画家が1494年に描いたリアルト橋。この橋は12世紀の建設だが、元々は木造の跳ね橋だった。経済の中心地である橋周辺の賑わいが見事に活写されているし、夏の夕方の空気感も感じさせてくれる。

 ジェンティーレ・ベッリーニ「サンマルコ広場の祝祭行列」。こちらの広場は政治の中心地。主な公式行事はほぼこの広場を舞台として展開された。ヴェネツィアという特別な風景を持つ都市を映し出す「景観図」の端緒ともなった作品だ。

 こうした主な建築の姿は、500年経った今でもヴェネツィアに行きさえすれば普通に見ることが出来る。ヴェネツィア旅行はタイムスリップの旅でもある、と思わせる。

 同じジェンティーレ・ベッリーニの代表作が「サンロレンツォ橋の奇跡」。1369年、キプロスからヴェネツィアのS・G・エバンジェリスタ同信会に聖十字架の一部が寄贈された。その聖遺物を、祭礼行列の最中に運河に落としてしまうという事故が発生した。さあ大変!

 その時同信会長のアンドレア・ヴェンドラミンはとっさに運河に飛び込み、見事に聖遺物を救い上げたという。この瞬間を、まるで現場中継のように描いたのがこの作品だ。

 左側岸辺にはキプロス女王カテリーナ・コルナーロ。

 右手前にはベッリーニ一族がひざまづいて見つめている。

 なお、「サンマルコ広場の祝祭行列」の絵の中心にある金色の聖遺物箱に、落とした十字架が入っていた。つまり、ジェンティーレの描いた2つの絵画は連続した行列の模様だった、ということになる。

ジェンティーレにはジョヴァンニ・ベッリーニという弟がいた。実はこの弟の方が有名だ。盛期ルネサンス・ヴェネツィア派を代表する画家であり、ラファエロと同様に「聖母の画家」とも呼ばれる。

 「玉座の聖母と諸聖人」。

 高潔な威厳を保った静謐な聖母の表情。

 その下部には奏楽使達が控える。サン・ザッカリア教会にも同様な絵が残されている。

 こちらは「受胎告知」。聖母マリアの祈りの気持ちがうかがわれる。

 「若い木の聖母」。ひたむきにすこやかな我が子の成長を願う思いが透けて見える。

 こちらの聖母もうつむいて目を伏せた形で無言。ジョヴァンニ・ベッリーニの作品の多くは時間が止まってしまったような思いに駆られることが多い。

 

 メッシーナの作品「受胎告知」があった。この作品はパレルモのシチリア美術館にあり、これはレプリカのようだ。妊娠を告げる大天使ガブリエルは描かれておらず、受けとめる聖母だけの姿だ。

ベッリーニ工房にはジョルジョーネという画家がいた。彼は34歳で死亡したため作品は少ないがなぞを含む不思議な作品群はヴェネツィアの後輩たちに多くの影響を与えた。

 代表作は「嵐」。稲妻、裸の女、棒を持って立つ男・・・。美しい田園の中で展開される瞑想的な絵の真意は未だに未解明のままだ。

 「老女」もまた不思議な絵。彼女の持つ紙片には「col tempo」(時と共に)と記されている。人生のはかなさを描いたものなのか。モデルはジョルジョーネの母とされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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