ボッティチェリは30代に入って精力的に聖母子像の作品を描いた。主なものを取り上げてみよう。
まずは「書物の聖母」(1479年)。ミラノのポルツェ・ペツォオーリ美術館所蔵の作品。実に端正な聖母がいて、青が見事に映える。
「マニフィカートの聖母」(1482年)。こちらの聖母は落ち着いた柔らかい表情で我が子を見つめている。
その眼差し。
天使たちはいずれを見ても美少年ばかり。耽美的な傾向がはっきり表れている。
次に「柘榴の聖母」(1487年)。この辺りになると、華やかさというより陰りのある表情の方が強く意識される。
表面の美しさより人の心(内面)をいかに画面に表現するかを探求していたのかもしれない。
とはいえ、聖母の左側にも、
右側にも、配された天使たちの何と美しいことか。
さらに、こんなにも目のパッチリとした、整いすぎた幼いキリストは、そう簡単にはお目にかかることは出来ない。
この2点はウフィツィ美術館の所蔵だ。
これらの3点はさまざまな美術書にも大体掲載されている作品だが、もう1点今回の旅で見つけた印象的な作品がある。「聖家族」。
パラティーナ美術館で、ほぼ順路の最後の頃、壁の片隅にさりげなく飾ってあった1枚だ。
ひたすらに祈る聖母の真摯な表情に、一瞬のうちに引き込まれてしまい,誰もいない空間でしばし息を潜めて見つめてしまった。
ボッティチェリは、師匠フィリッポ・リッピが神から人へと近づけた「聖母像」を、より親しい存在へと引き寄せた画家だった。