鑑真和上の御廟に着いた。境内の最も奥に位置する和上のお墓だ。朝ということもあって周りには誰もいない独占状態で、墓に参拝する形になった。
シーンと静まり返った空間。心が洗われるような時間が過ぎていった。
すぐ横には池があった。まったく風もない状態で、水面には周囲の木々が何の乱れもなく映り込んでいる。
千年以上も前の時代、外国からやってきた一人の僧が、全身全霊を打ち込んで仏教の戒律をわが日本の人々に授けた地。
そんな場所に立ち、今世界を覆う不穏な動きとは別に、有難いことにまずは平穏な生活を送れていることに感謝したい気持ちで一杯になった。
池のすぐ横に「天平の甍」の碑が、そっと配されていた。
御廟にもう一度手を合わせて、帰り道をたどる。
そこでもう1つの碑を見つけた。作者は北原白秋。
「水楢(なら)の 柔き嫩葉(わかば)はみ眼にして 花よりもなほや 白う匂はむ」
さきの芭蕉の句を踏まえて詠んだもののようにも思える。「ミズナラの柔らかい若葉は、目にすると花よりも一層白く色づいているようだ」とでも解したらよいのだろうか。
ここにも失明した鑑真和上を思いやる心情が託されている。
途中の御影堂は修理中で閉鎖されていた。
(JRキャンペーンポスター より)
安置されている鑑真和上座像を後に写真で見つめた。像は目を閉じているのだが、見つめているうちにその目がカッと開いて「もっとしっかり生きなさい」と語りかけてくるような錯覚に陥った。
帰りがけ、境内の隅にあった鬼の石像にもジロリとにらまれてしまった。