上野にも大仏様がいる!
といっても奈良や鎌倉のような巨大なものがあるわけではない。あるのは、顔だけ。
上野精養軒前の小さな丘の上にひっそりと安置されている。この大仏も以前紹介したように、京都に関係している。天海僧正の「上野の京都化構想」によって、京都東山にあった方広寺の大仏を模して製作されたものだ。
1631年の完成時には高さ6mの釈迦如来像がそびえていた。だが、1647年の地震によって倒壊し、さらに再建後も1841年の火災、1855年の安政大地震など何度も災害に見舞われた。近年では関東大震災で倒壊、この時バラバラになった顔と胴体は、別々のままにされていた。
さらに災難は続く。第二次世界大戦の最中、物資不足の政府は胴体部分を金属供出として接収。顔だけが残されることになった。
その顔部分が今の形となって修復されたのは、ようやく1972年になってからだった。壁面にしっかりと固定され、屋根も付けられてようやく安住の形となった。
これによって、地震などで何度も地面に転がり落ちた顔が「もう絶対に落ちない」として、今は受験生の合格の守り神ともなっているそうだ。
このように幾多の災難に見舞われた大仏だが、唇の部分を見るとちょっと赤くなっている。江戸時代に彩色された朱色がまだ残っているという奇跡を、肉眼で確かめることが出来る。
「顔」の横には仏塔(パゴダ)が建っている。
なお、手本となった京都方広寺の大仏も地震で倒壊して今は残っていない。
大仏様の小高い丘を降りると、目の前にトーテムポールが出現する。ライオンズクラブが寄進したもので、結構高い。
よく見ると、かなり怪奇的なデザインだ。友人と二人で動物の当てっこをした結果、下から順に像、ワニ、ライオン、サル、架空の怪物、キリン、フクロウなどがデザインされているという、私的な結論となった。