くらぶとろぴか

きもちはいつもシパダンの海の中。シパダンとコタキナバル旅の備忘録、ときどき弾丸、そしてホームワークアウトおたく。

ゆらちんデー

2013-11-11 11:11:11 | Weblog
きょうは記念すべき第1回チンアナゴの日。

「一般社団法人日本記念日協会」によって認定されたんだそうだ。
同協会のホームページによれば、
『東京スカイツリータウンの中にある「すみだ水族館」が、館の人気者であるチンアナゴをさらにアピールするために制定。チンアナゴは、細くニョロニョロした体を持つアナゴ科の仲間で、ゆらゆらと流れに身をまかせ、みんなで同じ方向を向いている姿が愛らしい。用心深く、穴の中に隠れていることも多いが、たまに穴から全身を飛び出すほど元気な一面もある。日付は砂の中から体を出している姿が「1」に似ており、群れで暮らす習性があることから、一年間に最も「1」が集まる日付を選んだ。』

ふーん。すみだ水族館、やるなぁ…。
でもでも、ダイビングでチンアナゴを眺めていると、むしろ7だったり、ときには2だったりする。
1に見たてるのはちょっと強引?と思ったりもするが、とにかくきょうはチンアナゴの日。
すみだ水族館では、今宵はゆらチンナイト(ゆらゆらチンアナゴナイト)。
ゆらチンと銘打ったさまざまなイベントを行うらしい。
興味がないでもないが、スカイツリーは遠いし、月曜だし、チンアナゴにそこまで入れ込んでないし行~かない!

最近、チンアナゴのきもかわいくてゆる~い感じがにわかに脚光を浴びているそうだ。
チンアナゴの全身写真を見ると、確かにちょっとキモいが、ウツボとちがって移動シーンを見たことはないので、ダイビングではたいしてキモさを感じない。
だいたいが神経質ないきものなので、近づくと砂から露出している部分がどんどん短くなるし、顔を出している個体数も激減するので、ゆらゆらにょろっているのを見られるのはある程度の距離まで。
だから、コンデジで明るくキレイな写真は無理ー!
近づきすぎると、「早くいけよー」と穴から二つの目だけをのぞかせているのになごむ。
チンアナゴ側にとってはストレス以外のなにものでもないけれど…。

あっという間に終わる動画。




チンアナゴにロックオンしているダイバーを見たことはないように思う。
みんな申し訳程度に観察して、去ってゆく…。
もしかすると、ノンダイバー人気が高い?

チンアナゴからダイビングに興味を持って、ダイバー人口がふえたらよいのだけれど。
でも、ダイバーきたー!=用心、用心と穴に引っ込む=ごはんチャンスが減る…
となると、チンアナゴにとってはありがた迷惑だったりして…。
それでも、おめでとう、チンアナゴ。
ずいぶんメジャーになったね!

ちなみに今日はポッキー&プリッツの日だったり、煙突の日だったり、もやしの日だったり、さまざまな記念日。
Wikipediaによれば、11月11日を記念日としているものが25もあった…。
なんでもかんでも記念日にしたがるってのも、なんだかなぁ…。
まあ、生暖かい目で見守ろうと思う。



<11月12日追記>
けさのやじうまテレビによれば、きのうは「豚まんの日」でもあったらしい。
豚が並ぶと、鼻の穴が1111。
記念日認定には10万5千円かかるそうだ。

いま、インド洋に思うこと~アンダマン海編

2011-04-27 22:43:07 | Weblog
2009年1月、生まれ変わったバンダアチェ
2009年1月、スマトラ島プラウ・ウェーへの行き帰りに、バンダ・アチェを通過した。
ウェーは日本ではマイナーだが、マレー半島あたりのダイバーにはメジャーなサイトだ。KLダイバーの、「ジンベイやマンボウがかなりの確率で出るらしい」、というふれこみで行ってみたが、たぶんそれは激レア。現地のダイブマスターの口から、そんな生物名はついぞ語られることもなく、普通に魚影の濃い、アジア特有の緑がかった海だった。まあ、シミランの延長線上にあるので、悪くはない。

アチェから高速船で約1時間のウェーでも、津波の被害は大きかったが、幸い、ほとんど死者は出なかったそうだ。
ダイビング・サービスのあるギャパン・ビーチというといころは、超質素でよいといころ。
ビーチにあるダイビングサービスや食堂は皆、津波後、頑張って再建したのだ。
今では、ニワトリがほっつき歩いていたりのどか。でも、このあたり、家の土台だけ残っているから、波で持っていかれてしまったのかもしれない。



私が使ったダイビングサービス「ルンバルンバ」も、2階まで浸水したという。
こちらも幸い、建物の外枠が無事だったものをもとに、修復したらしい。
この建物の2階まで、津波をかぶったのだ。


ウェーでは津波の年、レアなメガマウスシャークの子どもの死体があがったことがあり、また、ジンベイやマンボウの目撃例もあることから、そんなのミラクルだとは思うけれど、はかりしれない可能性を感じる。と同時に、メガマウスなんて、本来、北海とか寒いところにいるものなのに、それがまわってくること自体が、天変地異の前兆だったんじゃないかなんて、かんぐってしまった。

ウェーで同じボートだった大陸系の人々は、興味津々でアチェのツナミ・モニュメントに出かけていった。
でも、私は、MAYAT DI BAWAH(まや・でぃ・ばわ)、「下に遺体」と書かれている船を、レジャーの帰り足に「ついで」に見にゆく感覚が、無頓着というか、無神経に思えた。捜索されないままの人びとが、そこに埋れたまま眠っているのだから。それに、ツナミモニュメントに行かなくたって、津波にやられたことが一目瞭然の場所も、まだまだ残っていた。それでも、アチェの復興には10年はかかるだろうと言われていたのに、4年後にしては、たいした再建ぶりだと私の目は映った。海に近づくと、まだ舗装がすんでおらず、砂利を敷いただけの道になっていて、護岸は整備されたてのようだった。堤防やテトラポットが、その新しさゆえに無機質に白っぽく、まわりの景色に溶け込まない妙な違和感があった。それはその場所に、以前あったものが根こそぎ失われてしまったことを明確に物語り、喪失感が漂い、不気味ですらあったが、これも再建できたからこそ。街中は、街路樹の緑と人びとの活気にあふれ、車も多く、活気のある東南アジアだった。

スマトラ沖地震とインド洋大津波が襲ったとき、アチェは、インドネシアからの独立をめぐっての長い紛争のさなかだった。地震と津波で壊滅的被害を受けたあと、人々は、争うことよりも、和平の道を選んだ。日本の外務省の安全情報も、以前の「渡航の延期をおすすめします。いつでも退避できるよう準備をおすすめします」から、「渡航の是非を検討してください」に引き下げられた。まだまだ安心できる響きではないけれど。

先日の産経新聞に、「6千キロのかなたから復興祈る 傷跡残るインドネシア・バンダアチェ」という記事が出ていた。 
日本の津波のニュースで、アチェの人びとに6年前のトラウマが甦ると同時に、日本の復興を祈ってくれている。そして、その記事の最後は、「津波で多くの住民が死んだ。また独立紛争となれば、多くの人が死ぬ。平和な方がいい」というアチェニーズの言葉で閉められていた。アチェは大惨事を乗り越えて、かつてよりも、よいアチェわりつつある。

2010年 南インド
昨年、ゾウと泳いだインド領アンダマン諸島は、インド洋大津波で地図の書き直しが必要なほどだったという。このインド領に行くゲートウェイとして通過したインドのチェンナイも、海岸線が変わるほどすさまじい被害だったそうだ。アンダマン諸島は、ポートブレアでも、津波の話はまるで聞かなかった。WW2では日本軍が上陸したってのは聞いたけど。それにクルーズに乗っている限り、何もわからない。チェンナイはゴミゴミした大都市で、唯一下車したのが広大なマリーナビーチ。そこはローカルでにぎわっていて、そんな大惨事があった場所だなんて、思いつきもしなかった。津波があったことを知ったのは、バスがビーチ付近のスラムを通ったとき、まるで半壊したかのような灰色の集合住宅が、上半分と下半分で変色してるのを見て、「あっ!ここもインド洋だから、このスラムの人たちは、被災したんだ!」と見た瞬間にわかった。チェンナイが、自動車産業やIT産業で栄えていることや、モルディブやアチェがきれいになっいることを思うに、そのスラムだけ、時がとまってしまっているかのように見えた。生活が改善しない人びと。それでも、そこの人びとは、貧困の中、たくましくやっているように見えた。

2011年 そして日本
あの日、会社の休憩室で先にテレビを見ていた人から、「東北がスマトラのときみたいになってる!」という言葉を聞いても、映像を見るまでは、現実のこととしてとらえられなかった。私がテレビの前に行ったとき、海岸近くに建った、ダイビングフラッグの書かれたブロック塀が、波に呑まれてゆく光景があった。それをただただ、オンタイムで呆然と眺めるだけだった。
私たち日本人は、子どもの頃から、地震や津波のリスクについて教えられてきた。あってほしくない、と願いつつ、いつあってもおかしくない、とも言われてきた。それでもまさか、スマトラほどの規模の天災が、日本にふりかかろうとは…
今年はモルディブ、去年は南インド、おととしはバンダアチェ。なぜか3年連続で、インド洋大津波の跡を訪れていた。私は、津波の被災地の復興後といった、上っ面しか見てはいないが、アチェの立ち直りを思えば、日本の復興はきっと早いと確信した。3月11日には。
ところが原発問題が発覚して、その期待は大きく揺らいだ。
いまも一進一退。
放射性物質は、北米を越え、グラスゴーでも観測された。
外資系航空会社のフライトの多くは、香港やソウル経由になったり、運休になった。
日本からの到着便や旅客に、放射能のスクリーニングを行う国が多という。
ヨーロッパの取引先へ出張しようとしたら、先方から「日本は汚染されているから来るな」と言われた人もいる。
原発はエコだと推進してきたものが、すっかりHAZARDOUSになってしまった。
万が一原発事故が起きれば、取り返しのつかない危険なもの、という認識を、小さい頃から漠然と持っていたので、おそれていたことが現実になったという思いだ。
危険区域の人々、置き去りにされた家畜やペット…。
万が一のことが現実となり、どれだけの人びとの生活や健康、動物の命が脅かされていることか。
環境省の試算によれば、風力発電で原発40基分の発電ができるということで、「へ?」という感じだ。
なんで、最初から風力にしてくれなかったの?
過去に原発を推進した政治家、その人たちを選挙で選んだのも国民ではある。
風力発電は、短期的にはむずかしいとは言うけれど、最初からこっちに力を入れてりゃ、今頃は、エコ・安全な電力供給源になってたかもしれないのに。必要は発明の母と言うし。それに、東京電力の請求書には、たとえ微々たる負担でも太陽光促進付加金もしっかりとってるんだし、なぜ原発が選ばれてしまったのだろう。
汚染水垂れ流しで、根つきの魚だって、通りかかるイルカやクジラだって、海洋生物たちは、そこが汚染水域だなんて知らない。そして、海洋生物といえば、震災から1週間ほどたった頃、「福島の水族館で魚類など絶望」という記事が出ていた。いわき市小名浜の「アクアマリンふくしま」では、電源設備が水没し、電源の燃料がつき、サカナは徐々に弱って死んでいる、海獣系は他へ避難させたものの、魚類や植物22万点がこのまま死ぬ可能性が強い、ということだった。また、「マリンピア松島水族館」では、地震でポンプが故障し、水質悪化と温度調整ができなくなったがために、コマッコウとマンボウとビーバーが死んでしまったという記事を見て、水族館がますますいやになった。いまは、ペンギンが生まれただの、避難先の新潟の水族館で、タツノオトシゴが生まれただの、おめでたいニュースにわいてはいるが、複雑である。

一方、この原発事故がレベル7となったものの、ホワイトデーの頃よりも、東京の人びとは、目に見えない放射性物質に対して、神経質でなくなっているように思う。雨の中、ランニングするサッカー部の高校生の一団、雨に打たれながら区議会戦の候補者が、駅前であいさつ…。みんな風評にすぐに踊らされるが、なれるのも早いもんだ。


Japan, you need a break!
先日、Air Asiaからこんなメールが来た。
羽田→KL片道16,000円のスペシャルプロモーションだった。
今週は、TO JAPAN WITH LOVEというプロモーションで、KLまで片道15,000円というのが来た。
それこそ、バンダアチェに行ったときにしか使ったことのないAir Asiaであるが、Air Asiaが運航を開始して何年かは、0リンギットのプロモーションがよくあったので、インフォメーションメールは受け取るようにしている。会社が成長し、大きくなった今では、フリーというのはみなくなったけど。ちなみに、マレーシアから日本へのボランティア隊は、Air Aisiaでやってきた。

あの日以来、船酔いも窒素酔いもせず、二日酔いだってめったにしない私が、地震酔いになった。
日々、空を見ると、曲がってしまった東京タワーのアンテナにブルーになる。
自粛モードの今の日本では、このAir Asiaのメールをよしとしない人もいるかもしれないが、私は激しく同意する。
被災地でなくても、長引く余震の不気味さと、次々と問題が露見する原発事故への健康不安で精神的に疲れている日本人。雇用だって先がみえず、不安だらけだ。自粛と過度の節約から、倒産したり、危機にたたされてた企業も多い。今、BREAKをとれる時間と財力がある人は、BREAKしたってよいと思う。リフレッシュしたら、仕事がある人は仕事して、少しでも日本経済に貢献して、ボランティアする人はボランティアするもよし、ゆとりのある人は、寄付をすればよい。私は、iPhoneアプリの購入金が義捐金になる程度の寄付しかできないけれど。iPhoneアプリは義捐金にもなるし、趣味と実益。一石二鳥。

東京は、駅が暗いことくらいをのぞいては、以前とあまり違いを感じなくはなった。
これまで東京の駅は明るすぎた。
ヨーロッパの地下鉄に乗ると、本当に日本の照明はムダだと思う。
なにしろ、国鉄ナポリ駅からチルクムベスビアーナ鉄道のナポリ駅の間のコンコースなんて、「清水トンネルの中?」と思うような感じだった。
むだなネオンを減らして、東京で星のひとつも多く見えるようになればいい。
震災と原発事故の、あってはならない大惨事の中で、転んでもただでは起きない精神で、少しでも、プラスの要素を生み出せたらと思う。今回、節電意識が高まり、そう生易しくはないが、温暖化に少しでも歯止めがかけられればよいと思う。

今年も桜は咲いた。
ブルーシートが敷き詰められ、酒臭くない公園のほうが、快適に散歩できた。
ただ、ブルーシートで場所とりをしている人をたまに見つけると、毎年あるはずの光景にほっとしたのもまた事実。
そして桜は散り、新緑がうりうりしている。
ツバメもちゃんとやって来た。
今週末はもう、ゴールデンウィークだ。
旅行業界と自分のため、私は例年どおり、旅に出る。
ただ、震災や原発事故の影響でフライトがキャンセルになったり、いまだバタバタしている。
去年は混雑しすぎててとれず、今回は、おそらく集客不足でフライトキャンセル…。

天災なんて、ないのがいい。
でも、誰もが悪夢であればと思っていることが現実である以上、かつてのアチェやモルディブが、立ち直っただけでなく、むしろ、かつてよりよくなりつつあることに希望を見出していきたい。
余震よおさまれ、そして、原発問題を乗り越え、一刻も早く、復興できますように。

2010ブログおさめ

2010-12-29 20:37:53 | Weblog


東京タワーの展望台に、「2010」がともるのもあとわずか。
2009のときは、フラッシュライトフィッシュのようにチカチカしていたが、ことしはフラッシュしない。
この東京タワーも、来年は、地デジ化で、予備電波塔にステップダウン。
高度成長期、昭和のよき時代の象徴のような東京タワー。今も中はレトロな感じがする。
東京タワーには、まだ幼児だったとある新年、展望台からなぜか我が家は階段で降りることになり(エレベータ代をけちったにちがいない)、幼児の足ではとても下りられるもんじゃなく、おんぶしてもらったとか、途中、踊り場に展示してあった蝋人形館のサンプルがこわかったのがトラウマとか、小学生のとき、東京タワーで食べたソフトクリームでおなかこわしたしたとか、あんまりいい思い出はない。展望台からのながめは確かにいいけれど、あんまり積極的に行きたいとは思わない。でも、子どもの頃住んでいた家のトイレからはいつも東京タワーが見えたし、小学校は東京タワーに近かったので、学校オリジナル音頭には、テレビ塔のキーワードがあったくらい、いつも東京タワーは身近な景色なのだ。
東京タワーで昔を思い出していると、歴史や流行は繰り返すと言われるが、最近、自分が子どもから学生だった頃にはやったものがどんどん再登場してきているなあ、と思う。

まずは宇宙戦艦ヤマト。古代進18才のはずだが、木村拓哉は38。ずいぶんとうのたった…という先入観があるが、映画では違和感ないのかな?ひねくれた子どもだった私は、古代進よりデスラー総統や守兄さんの方が好きだった。もちろん、森雪よりスターシア。ヤマトをみて、星雲というものに憧れを抱き、ほとんど星の見えない東京で、真冬の空気が澄んだ極寒の夜には、ベランダから、星を見ては、宇宙に思いをはせたものだ。それがある夏休み、渋谷の東急文化会館へ宇宙戦艦ヤマトの1と2と、海のトリトン3本だて、っていうのを観にいって、私は、宇宙よりイルカのいる海だ!って思ってしまった。

それから、アラフォーより上の世代には、「ベルばらカルタ」が話題らしい。小学校3年生の頃、クラスでいちばんおませな子が、マーガレットコミックスを買ってきた。当時でさえ、もう古い感じがした、わたなべまさこの「ガラスの城」ってこわい漫画だったが、強制的に貸し出されたので、読んでみた。私も真似して「なんか買お~!」と思って買ったのが「ベルサイユのばら」である。悲劇の王妃の話は、幼稚園の頃には知っていた。なぜなら、当時飼っていた白文鳥が、かごから出入りするときに、時々運悪く、かごのとびらがガチャンと落ちてきて、首がはさまり「うががががー」となることがあったからだ。もちろん羽毛で、なんのダメージもないのだが、そんなこんなで、悲劇の王妃の話は子どもの頃に聞かされていた。なので、どうせラストはわかりきっている話だから、と1巻を買ったのちに、すぐ最終巻の9巻を購入。単行本の巻頭に必ずある「これまでのあらすじ」で途中はすっとばそうとした子どもの頃からの手抜きっぷりと微妙なケチ魂。結局無理とわかり、2~8巻も買った。ルイ15世の崩御とか、アランの妹の自殺とか、首きられるとか、こわい場面が(最初に読んだ頃は、こどもすぎて、あるがままにみていたが)多くて、はまりきれなかったベルばら。就職して、仕事でパリに行っても、「ベルサイユはいいです」って言っちゃう始末。ちなみに私が一番はまった少女漫画は、「あさきゆめみし」。みやびですよ、雅。谷崎潤一郎訳の源氏物語を読んだら、光源氏、やせても太っても病んでも、常に「いっそう艶なのです」と描かれている。すごすぎる。

続いて「ノルウェーの森」。学生時代には、村上春樹の小説はほぼぜんぶ読んだ。たぶん、これもアラフォーより上の世代の通る道じゃないかな。大学に入ると、村上龍派と村上春樹派に別れ、龍は疲れるからと春樹ばかりを読んでいた。村上春樹作品になぜだかはまっていたが、淡々とつづられる小説は、どれもなんとなく得体のしれない不気味さや、後味の悪さが残ったものだ。

私は、ヤマトもノルウェーの森も観るつもりはないし、ベルばらカルタは入手もしなければ遊びもしないだろう。でも、「あしたのジョー」は観ようと思う。あしたのジョー自体は、たぶんこれまたベルばらよりさらに上の世代の方々が、リアルタイム世代だろう。どちらかというと、私は、少女漫画より、少年漫画ずきで、中学生の頃には、全巻そろえた記憶がある。ジョーの絵もよく描いていた。山Pジョーも、伊勢谷力石もかっこよすぎる。

昭和末期に話題性があったものばかりが、ここのところ大挙してやってきた感じだ。そうすると、平成にはいって間もなくブームになったダイビングも、また復活するのだろうか?もうあんなお気楽な世の中にはならないかな。

2010年…。思い出すのはハイチ地震、JALの破綻、アイルランド火山噴火、猛暑、混迷を続ける日本の政治、早くから寒波続きのヨーロッパ…。内外ともに、あんまりいいニュースはなかった。ワールドカップは、最後にスペインが優勝してくれたからよいようなものの、イタリア、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイと応援したチームがことごとく敗れた。ダイビングは、ゾウと泳いだのはいい思い出だが、ふつうのスキューバ・ダイビングは残念な結果だった。インドのアンダマン諸島クルーズはe-diveのチャーター、セレベス・エクスプローラーは、GWはジスコ、9月はSTワールドでチャーターしていたので、海外にいっても旅情もなかった。日本人ばかりというのは気楽でいいもんだが、適度に外国人がいたほうがおもしろいのもまた事実。こうして私にとって、ダイビングも日常もぱっとしなかった1年が、無難に暮れてゆく…。延々と続くツイートというか、マンブリングに近い、ブログおさめ。

KK 満腹帰り道 9月26日

2010-11-29 20:56:28 | Weblog
アラームもモーニングコールもなしで、ひさびさにゆっくりとした朝。
3分も歩けばサンデーマーケットをやっているが、人ごみと暑さの中でのじゃらんじゃらんをする気力はまるでなし。
高所恐怖症の人は、窓に近づけないんじゃないかと思える、足元までガラス張りになっている部屋からのビューは、斜め下にWISMA MERDEKA、正面は前のビルの裏側ビュー、そして駐車中の車と、むこうの丘ばかり。部屋の内装は素敵だけど、ビューはさすがにいけてない。晴れていればキナバル山が見える位置だが、きょうはキナバル山がない!もっと早く起きていれば、頭くらいは見えたのかもしれない。

室内のいたるところに干し物がぶらさがり、床にはダイビング器材が並びといった具合で、自分たちのしわざとはいえ、明るくなってみると軽く衝撃。こいつらをパッキングかぁ…、と憂鬱になるが、朝食が先だ。たなぼたリージェンシー・クラブゲストの私たちは、南シナ海のながめがすばらしいリージェンシー・クラブのラウンジでも朝食はとれるが、やはりいろいろ食べるならメインのレストランだろう。ラウンジは、マレーシアのビジネスマンふうのおじさんが二人、お茶を飲んでいただけで、閑古鳥が鳴いていた。セレブ然とした、鼻ツン的な人もおらず、近づきやすい雰囲気だ。一方、ロビーのレストランはレストランといっても、ロビーにテーブルといすをならべただけでな~んの眺めもない。その1階の朝食会場は、バフェは大充実。見目麗しいペストリーが並んでいるが、ウェスタンには目もくれず、マレーシアに来てもあまり食べないマレー料理をかたっぱしからいただいてみた。ロティ・チャナイ、ナシレマ、そしてバサではないドライタイプのミーゴレンに、こっちでよく出る缶詰っぽい味の白いんげんのスィートチリソース味。



あ~んどミースープ



やっぱりホテルならではの無難な味。でも、銀座にあるマレー料理屋2件が、けっこうとるわりには、ちょっと残念な感じがするのに比べると、ずっとおいしいと思う。ついでに生野菜も大量にとり、ヨーグルトもいただいた。デザートはパイナップルにランブータン♪コーヒーのおかわりもして、朝から食べまくり。途中、白人の女性が、紙スリッパのままやって来たのにびびった。

さて、夕べ無謀にも洗った器材は、完璧ではなくても、いい感じで乾いてきていたが、一応、BCやウェットにドライヤーをかけてみた。そして洗濯物にはアイロン。その後もぎりぎりまで干して、11時すぎにパッキングをし、チェックアウトタイムの12時ちょうどにチェックアウトをした。

まずはセンターポイントまで歩き、日本へのおみやげを買った。たまには義理みやげにシンプリーチョコレートとか小じゃれたものを、と思ったが、いざスーパーにゆくと、ケチ魂が勝ち、アポロのパンダンケーキ、マンゴぐみ、BOH TEA、卓球印のクラッカー(HUP SENGという会社なのだが、ここのお菓子にはまずハズレはない)といった、いつもながらの実質的な、こっちの人のふだんのおやつに落ち着く。あてもなくセンターポイントとワワサンを歩いたら、おなかがすくだろうと思ったが、バフェで意地汚く食べまくったので、昼になっても食欲は皆無。スタバでコーヒーを飲むのがやっと。ワリサンスクエアのスタバって、超どこにでもあるスタバ然としているのに、お二階にあるトイレがマレーシア然としてるのはご愛嬌!?

私も友達も、あした日本に朝着いたらしっかり出勤なので、すっきりして帰ろうと14時半にスパへ行った。ピナンパンのカンダマンスパへゆき、ココナッツスクラブ、マッサージ、フェイシャルの2時間。きょうは、採光のよい部屋に通され、明るい中での施術ってのも、なんだかなぁ…。それにエアコンきいてて、ちょっと寒かった。きっとセラピストさんは、暑いんだろうな…。まあ、リピーター割引もしてもらったし、よしとしよう。でもやっぱりKKのマッサージって、力強くてもまれた感があってよいな。バリあたりだと、ちょっと物足りなくなってる。

スパからKKに戻る車の中で、「きょうは全然おなかがすかないね」「さすがに朝いっぱい食べたし、ダイビングもしてないし、スパでも横になってただけだもんね。」と話していたのに、わずか数分後、ハイヤットに着いたら、ふたりともいきなり空腹を訴え。ここでうまいものの締めに、アンズホテルの中華かスリメラカと行きたいところだが、もう時間がない。ハイアットのベルおじさんに荷物を出してもらうや否や、KKIAへタクシーでGo!

KKIAに着くと、またまたセルフチェックインに誘導される。KLから成田の便は、通路側と窓側のシートは全部うまっていて、仕方がないので、バルクヘッドの真ん中をとる。チェックインが終わると、機内食を待ちたくないので、マックとは逆の端にある、小さなアジアンスタイルのレストランでミースープ。これがまたおいしい。やっぱりマックなんかに行ってる場合じゃなくて、土地のものを食べなきゃね。

私は、Fish Cakeのミースープ



友だちは牛肉団子のミースープ



そして、そのあとの機内食は、おそろしくまずかった…。
KLIAに着き、旅の仕上げにテタレを飲むことにした。
なかなかテタレを扱ってる店がなく、適当に入ったカフェで「テタレありますか?」と聞いたら、テタレを飲める場所を教えてくれた。このあわあわともしばらくお別れだ。



テタレ後、関西に帰る友達と、それぞれのゲートに向かうためにバイバイした。ゲートへ移動がてらKLIAの免税をひやかすが、財布の紐は固い。店員につかまると、適当なマレー語でやりすごす。そうすると、「あら!あなたマレー語を話すのね!」「きみはマレー語を話すんだ!」ということで、店員の関心はそっちに移り、あとは適当にお茶を濁してバイバイだ。成田ゆきの便のゲートは長蛇の列だった。セキュリティチェックを男女別に分けているのに、ひとり、スキンヘッドの日本人男性が、女性の列に混じっている。You Tubeあたりでよく見た、WEBのウィルスバスターの宣伝のオヤジみたいな、悪そーな風体だ。こいつ、なんどセキュリティのスタッフに、「じぇんとるまんはそっちに並んでください」と言われても、がんとして動かない。横にはアジア人の妻だか愛人だかがいて(たぶん愛人)、「これと一緒だから」の一点張り。あ~、こういう人ってみっともなくて本当にやだ。5人並びのど真ん中の席が待ってるだけでも不機嫌なところにもって、こーゆーのをみると、不愉快度がア~ップ!

5席並びのど真ん中の席はうっとおしいが、それでもバルクヘッドで前に席がないだけに圧迫感は少なく、まあ耐えられた。かなりのリンギットが余っていて、次にKKに降り立つときには両替いらずのリッチ、なんて思っていたのに、なぜだかふだんは買わない機内販売で、ミモボットなるUSBメモリを買ってしまった。スターウォーズのC-3POがあまりにもかわいかったから。ちなみに私はスターウォーズには無関心。


9月27日。10日ぶりの日本は雨。バゲージが出てきたのは、会社に間に合うか間に合わないかの瀬戸際といったタイミングだったが、エアポートリムジンのチケット売り場へゆくと、TCATまでは渋滞で1時間半かかると言われ遅刻確定。どうせ遅刻なら、乗り換えが便利なNEXに乗ることにした。東京駅に着き、真夏の格好で超違和感。長期予報では、今年は残暑が厳しく、10月も暑くて、10月の最後の1週間だけが秋で、その後急激に寒くなるとか言ってたが、うそじゃん。この夏はきつぶしたグラディエーターサンダルはタワウで脱ぎ捨て、夏の終わりはややカバー度が高いブーサンにしてみたが、ブーサンじゃもうだめだ。サンダルかブーツしかはかない私には、いちばんいやな中途半端な季節の到来である。いっきょに秋だし、暗くなるのも早いし、今年も早くも終わりだね、な気分。

9月24日 シパダン

2010-10-19 21:44:13 | Weblog
早くも最終日の朝。



1st dive バラクーダ・ポイント
ジェリーにディープダイビングをお願いしてハンマーヘッドサーチ。
サイナスいたいけど、なんとか圧平衡しながらずんずん沈んで、ギンガメはもうはるか上空。



深場を凝視して、なにかを探してくれているジェリー先生。
なにかはもちろん、ハンマーヘッドでしょう。



ジェリーの目をもってすれば、なにかがいてくれさえすればきっと見えるはず。
しかし、水温は40mごえでも全然下がらず、青いだけ。
むなしい夜光虫ウォッチング…。まあ、これも朝の風物詩。
そして、深めの外洋からリーフに戻る途中は、むなしくアカモンガラの群れ…。





コーラルガーデン側に流されていくと、流れが強くなったところにバラクーダの群れがいて、バラクーダを貸切。





バラクーダポイントらしい光景。





その後、ジェリーが謎のアゲインスト。
どうもあとからのグループにバラクーダを知らせたかったみたい。

エキジットすると、いい天気。




2nd dive スタッグホーン・クレスト
さて、2本目からは初心者ありチームなので、ジェリーは常に浅瀬を漂っている。かなり浅瀬をキープなので、途中から勝手にトムについてゆく。
グレーリーフを遠まきに見て、クリーニング中のグルーパーとか、あとは平凡。



カンムリブダイもぱらぱらと…。きょうはちょびっとだけバファローっぽい煙幕攻撃。





まばらすぎて、迫力がない。

浮上したら、ずいぶん雲が出てきた…。




3rd dive バラクーダ・ポイント
ホワイトチップが元気なだけで、な~んにもなかった・・・。
バラクーダ・ポイントに潜っていれば幸せってのはあるが、でも、本当に撮るものがなかった。
しかもエキジットしたら、今にも降りそうな空。



4th dive ドロップオフ
JETTYのところからエントリー。正しいドロップ・オフの潜り方。



シパダン島育ちとしては、やはり、ドロップオフはここからエントリーしないとね。
JETTY下には、ギンガメアジが大量に群れていた。



あとはドロップオフの複雑な壁をみながら流す。





やはりこの昼なお暗い感じが、雰囲気あって好きだ。









浅瀬にあがると…
あまり注目度の高くない種類ばかりが、たくさん群れていた。









バラクーダポイントに到達すると、ジェリーは一生懸命バラクーダをさがしていたようだが、残念ながらお留守。
不毛エリアで浮上。



この空じゃ、器材はまともに乾かないだろうな…。



今回は、毎日なんらか天気が悪くなってくれた。




夜、フランス人男性カップルが「僕らのサインがほしくない?」と自分からログサインを売り込みに来た。そしてトムジェリと遅くまで談笑(?)し、シパダンウィークは地味にクローズした。でも、5日連続シパダンで潜れて満足。

9月23日 シパダン

2010-10-18 20:13:38 | Weblog
満月の日。

1st dive バラクーダポイント



ガーデンイール。きょうは近づいてもひっこまない。



バラクーダは出たけれど…



他ははなびらくまのみとか、かくれくまのみとか、スパインチークとか、サンゴに隠れた黄色いハダカハオコゼとか。
いつもどおりのバラクーダ・ポイント。


2nd dive ホワイトチップアベニュー



たまにはクマノミでも・・・



コーラルに覆われたリーフエッジから、いわばがけっぷちから下の濃紺の海を見るのが好きだ。



今回も特別なことは何もなく、カメの交通量がやたら多いだけで終わってしまった。




3rd dive ドロップオフ

きょうもタートルカバーンからスタート。







カバーンの入り口にいつもいるギンガメたちの、青ざめた光もなかなかよいもの。



口をあけてるやつ、かわいい。

ドロップオフでもニチリンは半身だけ。



ドロップオフのカベには、とりわけいろんなものがついてる。



苦手のツバメウオ。



Sweetlipsの唇がならんでいるところをとりたいが、なかなかそうさせてくれない。



こんどはまた趣のちがうツバメウオが群れていた。



顔つき、顔色、顔のでかさから、どうも好きになれないのだけれど、正面から見ると、なかなかまぬけでよいな。







ネムネムガメ…






4本目 ハンギングガーデン



お子様アカククリ。



ハンギングガーデンのWALLには、さまざまなソフトコーラルがつきはじめているが、昔のようにオオトゲトサカがぶらんぶらんっていう光景は戻ってこない。



テーブルサンゴが多いが、なにもそんながけっぷちにつかなくても…



こうして、きょうも不発な感じで4ダイブが終了。


5本目 サンセット
きょうもパス。サイナスはますます悪化しているから。


きょうは、フランス人のメタボなおばさんが乗ってきた。最近、乗船時のウェルカムドリンクで、マンゴネクターが出るが、おばさんはネクターをノーサンキューしたらしい。手をつけていないグラスを、エリエルが厨房へ下げに運んでいるとき、たまたま通りかかった私に、「ジュースハイラナイ?」と日本語で指し示した。せっかくなのでトレーから取って飲んだら、「あららー」と言われた。「ジュースはいらない?」と疑問形ではなく、「ジュースは要らない…」と事実をつぶやいただけだったのだ。フランス人女性は、メタボでもおばさんでも、チャーミング。おしゃれなのだ。このあたりは、ヨーロピアンはさすがだと思う。

そのあと日本人が3人、イギリス人が一人乗ってきた。日本人ばかりというのは気楽だが、やはり国際化するとおもしろい。フランス人男性カップルは、相変わらず。いまどき、デッキで日焼けをするのは、彼らの片割れと、私くらいだ。

さて、今朝降りた人々がお菓子を大量に置いていった。その中のカマンベールチーズ鱈というのに、フランス人のおばさんが、( can't believe!とたいへんにウケていて、写真までとっていた。また、干し梅はジェリーのお気に入りとなった。きょうもTiger Beerを適度に飲み、夜はふけていった。

9月22日 シパダン

2010-10-12 22:58:34 | Weblog
毎朝、1st diveの前は、超薄切りロールケーキが出る。help yourselfでトーストも食べられる。きょうは8名様が下船。彼らには、帰る人用スペシャル・ブレックファストのナシゴレンなどがふるまわれていた。なんとなくうらやましいナシゴレン。下船組は、C/Eがシパダンに着いてから、センポルナへのトランスファーボートで出発する。マブールからセンポルナへのボートは日の出後でないと運航できないから仕方がないけれど、シパダンがすぐそこにあって潜れないなんて…。


1st dive ホワイトチップアベニュー






きょうの水は、きのうほど抜けていない。
C/Eでは、ここをコーラル・ガーデンと名前をつけなおしただけあって、DEEPからSHALLOWまで、コーラルびっしり。

けさもカンムリブダイ登場。










この高水温で、ところどころサンゴが白化している。がんばれ!カッチュウソウ!




2nd dive サウスポイント
外洋にはグレーリーフシャークちらほら。みんなこぶりで遠かった。
ガレ場に、ホワイトチップに、カメに…。サウスポイントっぽい。



それにしても潮が緩慢。
サイナスは1本ごとに痛みを増し、ちょっとだけでも深度をあげようものなら、ちょっとだけ深度を下げるのもつらい。
本当は、こんなときは、パスをするべきだけど、パスしない。
そして、ホワイトチップ、ホワイトチップ、ホワイトチップ、カメ、カメ、カメ…。平凡。

それでも、サウスポイントの雰囲気は好きだ。
カベにいくぶん傾斜があるだけに、他のポイントより明るいし、なんとなくあっけらかんとした南側な感じもよい。
ガレ場は多いが、ガレ場にはガレ場の生活があり、その中を出入りする、こげ茶のカエルウオを観察するのが好きだ。

サンゴに覆われたところは、実にいろいろな種類のサンゴがある。














さて、きょうはフランス人の男性カップルが乗ってきた。某会社のチャーター期間が終わったので、これで日本人オンリーの日々はおしまい。このフランス人たち、イケてるメンズと思う人もいたようだが、女性の皆さん、残念でした!そしてトムも帰ってきた。これでトム&ジェリーコンビで、C/Eらしくなった。


3rd dive バラクーダポイント
にごにごだった。特別なことは何もない。
深い方には、冷たい水が入っていたので、下と沖を凝視するが、待ち人来たらず。
寒いのは大嫌いだが、もう少し水温が下がらないと、サンゴに悪影響をおよぼすだけでなく、ハンマーヘッドもますますあがってこなくなってしまう。





カメもネムネム…




4th dive バラクーダポイント
ハダカハオコゼはまたまた後姿。



本日2度目のバラクーダ・ポイントも、ギンガメだけ…







だいたい流れが逆で、コーラルガーデン側に流せなかった。
流れに乗っているとしだいに地形が複雑になってきて、ドロップ・オフの景色。



水は停滞。水面は鈍い光を放つだけ。



タートルトムに流れ着いたところで浮上。
ビーチはすぐそこ。このまま泳いでエキジットしたいくらいだ。




きのうまで、毎日おやつはピサンゴレンだった。さすがに3日連続ピサンゴレンでは、みんなげんなり。あした下船する人々は、3本でダイビング終了なので、私たちがダイビングに行っている間に、ドーナツを注文してくれたようだ。メインコックは降りてしまい、アシスタントしか残っておらず、作り方がわからないと言っていたらしい。バナナ風味の、やたらもちもちしたなぞのおやつだった。

シパダンからマブールの移動中、ラウンジでくつろいでいると、エリエルからシリアスな顔で、厨房に呼び出された。「僕はチョコレートケーキをオーダーしたのに、バターケーキが来た。しかもボートでの輸送中に、デコレーションが壊れたんだ。」と円いケーキを見せられた。この滞在中に、記念ダイブがあるので、記念ダイブの申告をしたら、「Tシャツとケーキどっち?」という話になった。ボルネオ・ダイバーズTシャツコレクターだった私ではあるが、C/EのTシャツはいけてないので辞退。「ケーキもいらない、何もいらない。」と言ったら、「マンゴスチンとかフルーツはどう?」と聞かれたので、「マンゴスチンとランブータンの盛り合わせなんていいかも!」と答えたのだった。そのあとご丁寧にセンポルナに確認してくれて、「今年はもうマンゴスチンのシーズンは終わってた。だからケーキを…」というので、「バターケーキはノーサンキュー」と丁重にお断りをした結果、「チョコレートケーキは?」と提案してくれた。チョコレートケーキがベターだと、エリエルも思っているらしい。しかし、結局バターケーキがやってきた、というエクスキューズをしておきたかったらしい。「だけど、私の記念ダイブは、確かあしただよ。」と言ったら、「あしたはだれだれが帰るから。」という理由で、1日早いきょう、お祝いをしないといけないらしい。


5th dive サンセット
サイナス抜けず、そのつど鼻血をだしている状態なので、きょうもパス。

さて、サンセット・ダイビングのボートに乗っけてもらって、きょうはSMARTウォーターバンガローのバーで、明日帰る人たちとぷち打ち上げ。Tigerが来るのを待つ間、またまたエリエルが、きのうは十分にみせられなかったから、もう一度カンダマン・スパに案内するという。せっかくそう言ってくれているのだからと、きのうの雨に打たれ組は、またまたスパへ。エリエルの頭の中は、ガールフレンドとケータイが占めていそうだが、なかなかゲスト・リレーションズ魂もある。きょうは、施術中の女性が窓から顔を出したので、「中を見ていい?」とちゃんと許可をとって見学。フットマッサージの間は、オーシャンビューで、とてもいい感じだった。

バーに戻ると超快適で、明日の朝までここにいるから、シパダンに行く前に拾いに来て、と言いたいほどだ。いつか1日くらいは、ここのウォーターバンガローでゆっくりとくつろいでから帰りたいものだ。


そしてディナー後は、記念ダイブのケーキ。フランス人カップルが、私の本数とケーキに関心を示して、「きみはいつから潜ってるのか?」とか、「どこで潜ってるんだ?」と矢継ぎ早に質問してきた。まあまあ、まずはケーキでも。「あなたたちグルメの国のと違うから…」と言って、ケーキをおすそわけ。フランス人は「ボン!」とは言わないものの、そうわるくない、という顔でケーキを食べていた。私も塩で甘みを演出した、生ぬるい脂っぽいクリームを想像して一口かじってみると、そんなに悪くはなかった。

さて、フランス人カップルは、二人とも、特に、女性ぽい人の方が日本に興味しんしん。「おはようございます」「いただきます」など、日本語を覚えようとしていた。そして二人とも大のサメずき。モザンビークや南アで潜ったというので、こんどは私がくいついた。ポッドキャストのマリンチャネルでよくある、モザンビークのサーディンランで、イワシの群れに、イルカとサメが入り乱れ、最後にクジラが現れるというめくるめく映像に常々あこがれている。モザンビークなんて、きっと一生行けない。ジャンボでもあたらなければ。彼らは、私の食いつきように喜んで、サメざんまいの動画をみせてくれた。タイガーシャーク、ブルシャーク…。ヤバ系の、かっこいいサメがいっぱい。最近、シパダンでは、アドレナリン出るようなサメは見てないなあ…。

こうして中日の夜もふけていった。

9月21日 シパダン・ダイビングとマブールのアコモ事情

2010-10-12 22:56:38 | Weblog
1st dive ホワイトチップ・アベニュー
エントリーポイントの透明度がとてもよく、潜降したら外洋にはバラクーダの群れがいた。



かべにはオニカサゴがちょこん。変な色にうつっちゃった。



たくさんあるオドリの家に立ち寄ってみるが、みんな写真お断りらしい。まあ、寄りが悪いのだ。
一眼マクロなら頑張る価値もあるが、コンデジで、みんなから置いていかれるほど粘る価値もないだろう。

パッチワークのように、さまざまなコーラルがはりつく壁を流してゆく。



やがて、カン、と指示棒でタンクを鳴らす音がすると、棚の上に、カンムリブダイがパラパラ。
深度を上げると、かなりたくさんやってきた。



ダイバーなんかおかまいなしに直進してくる彼ら。



いつ見ても、うろこの質感とか、あごの感じとか、歯のきたなさとか、おそろしい。



そして、リーフの上もさまざまなサンゴ。






2nd dive バラクーダ・ポイント
きのうより潮があたっていて、グレーリーフシャークやイソマグロがいた。前は、流れがあるときなら、グレーリーフなんてぼんぼん出てたのに、今は小さめのが単体で出てきただけで、やっとサメらしいサメを見たと喜んでいる状況が残念。それもいつも遠めで、写真にとってもしかたがない感じだ。



降るようなウメイロモドキには、このあとロウニンアジがつっこんでいた。



深めのところに、スカスカなバラクーダの群れ。



まったく同じ顔立ちなのに、人気のないイエローフィンもみる。



きのうからハダカハオコゼは、どれも写真がとりやすい場所にいてくれなく、さらに後ろ姿。黄色もいた。



のんきに浮かぶナポレオン。太陽浴びて気持ちよさそう。



コーラル・ガーデン入り口に到達して、エキジット。




3rd dive スタッグホーン・クレスト
エントリーポイントは、潮通しがよく、とってもきれい。



休むカメ。


浅瀬はどこまで行っても、デバスズメ。


サウスポイントに流したかったようだが、流れは逆だった。

浮遊物は多いが、透明度がとてもよく、インナーリーフとの境界がくっきり見える。







エキジットはロブスターレイアーだった。灯台が目印。




4th dive ハンギング・ガーデン



潜っているあいだじゅう、退屈していた。それでもシパダン以外ではスターのアケボノハゼやニチリンダテハゼ、クダゴンベ、アオウミガメ、ナポレオンがそこここにいる。水面は鏡のようだったが、水も停滞モードで、浅瀬もたるんとした印象。







エキジット時、なぜか150mくらいなにもない外洋にむかって泳ぎ続けるジェリー。なんで?水面は真っ白ににごって、体温より高いぬるま湯だった。いったいどこからこの温水塊は?サンゴに悪い!


母船がシパダンを出る頃には、悪天候のきざし。


きょうもおやつはピサンゴレン。


5th dive サンセット
睡眠不足がたたってか、サイナススクイズがはじまった。こうなると、数日間は、なおらない。よってサンセットはパス。


マブールじゃらんじゃらん
夕方、マブールへじゃらんじゃらんに行く。サンセットダイビングのボートに乗っけてもらってダイバーたちがエントリーした後、ボルネオ・ダイバーズJETTYへ。ところが、JETTYにボートをつけていたボルネオ・ダイバーズのボートマンが、おめーらはつけさせねぇ、と言ったか言わないかは知らないが、とにかく拒否られた。古いJETTYはところどころが朽ち果てていて、JETTYとして機能しなくなっているので、しかたなくビーチにボートをつけて、JUMP!

私がマブールへ初上陸したのは1996年のことだが、当時はJETTYで休んでいると、マブールキッズ、中でも特に小さい子はまっぱの状態で、わらわらと集まってきたものだ。リゾートが増え、常時外国人を見慣れたこどもたちは、もうものめずらしそうにわれわれのことを見たりはしないし、服もちゃんと着ている。

さて、なぜかゲストリレーションズのエリエルさんが案内してくれるという。まずはボルネオ・ダイバーズを通過し、近日オープンするらしいSDC、Sipadan Dive Centreを見に行く。SDCのスタッフルームには、すでに人が生活していたが、ゲストルームはまだ建築中。シンプルかつ場違いにカラフルなシャレーが3棟。レッド、グリーン、あとはまだ色のついていない3つのシャレーが、外装だけ出来ていた。なぜにラスタ?



長屋のようなカンティーン、ダイブ・ステーション、オフィスもできていた。緑の人相わるめのカメのロゴは変わらない。SDCからはマブールのモスクがすぐ、カンポンもすぐで、あまりに人々の生活と近すぎて微妙。

SDCの敷地を出て、民家の集落に突入。駄菓子屋さんがあったりする。



細く、手すりなんかなく、つり橋っぽい揺れ方をする不安なJETTYを歩きながら、民家のあいだをくぐりぬけ、バックパッカーの殿堂・アンクルチャンへ。1泊1800円からMAX2700円でシパダンに潜れるなら、見逃せないので、どんなもんか見にゆくのだ。エリエルが何度かJETTYの進路を間違え、なんども民家につきあたりながらたどりついたアンクル・チャンも、なぜかラスタカラー。



シャレーの前には、器材や洗濯物を干せる仕様になっていて、これは便利。全開のお部屋を見ると、ベッドが4台。無駄なものは何もなかった。シパダンのシャレーも超質素だったが、孤島ならではの風情を感じようと思えば感じられた。しかしここには風情はない。1日中潜っていられればよい系なら、これで十分かもしれないが、ゲストはみんな生っちろい、縦に長いヨーロピアン。バックパッキングのおついでであって、いかにもダイバーな風体のゲストはいない。アンクルチャンらしい、これまたいかにも、な風貌のチャイニーズがいたが、WEBの横顔はほっそりさせすぎ。美人チャイニーズスタッフはいたが…。ここがガラガラでシパダンで毎日潜れる保証があれば、喜んで泊まるが、そうでなければ無理!

そのあと、またもJETTYを右往左往しながら、ボルネオ・ダイバーズのビーチバー前へ出た。ビーチバーではC/Eのほかのゲスト達がビールを飲んでいたが、ひたすらじゃらんじゃらんなわれわれ3名は彼らを尻目にSMARTをめざす。周囲は暗くなってきたが、こどもたちは元気に外で遊んでいる。小さな集落をすぎてSMARTの敷地に突入すると、その広さにしまった!と思う。まるでクルンバ・ヴィレッジのよう。ジェネレータールームやコンプレッサールームもでかい。スタッフたちは真剣にバドミントンの試合をしていた。SMARTのスーベニアショップでアイスクリームを買い、カンティーンで食べたあと外へ出ると雨がふりはじめた。エリエルが、シパダン・ウォーター・ビレッジをまだ見せていないと言うが、丁重にお断りする。雨は本気で降ってくれ、SMARTの、ウォーターバンガローの部に着いた頃にはびしょぬれ。しかも通り雨で、屋根のあるところに着いたらやんだ。サイナスが抜けないが、これで悪化は決定。日ごろ、バチがあたるようなことは多々してるので、しようがない。SMARTのカンダマンスパを見たいと、スパに侵入するが、誰も出てこないので、サンプルのイランイランオイルをつけてアロマって帰る。一時的に海も荒れ、ウォーターバンガローにボートをつけるのもたいへんそうだった。私たち3人だけびしょぬれ。ボルネオ・ダイバーズのビーチバーで飲んでいた人々は、早くに雨宿りをしてかわいていた・・・。

シルバー&シパダンウィーク 9月20日 シパダン

2010-10-08 08:32:07 | Weblog
朝7時ちょい前のシパダン島。よい天気♪



サバ・パークスでサインをして、JETTYで記念写真をとって、ダイビングに出発。

1st Dive バラクーダポイント
潜降しはじめたらマスクに水がドバーっと入ってきた。マスククリアをしても、クリアしきれない勢いで水が入ってくる。視界はマスクの3分の1だけ。そこをギンガメが走馬灯のように通ってゆくのが見えるが、すぐにマスクは水浸し。めげずにもう一度、マスククリアをしてみるが同じこと。水面にまだ浮かんでいる人がいるので、いちど浮上してマスクをつけなおして、再度沈んでみるが変化なし。どうやらマスクのフレームとスカートの間が分離したもよう。マスクの上をぴったり押しつけ続けてどうか試したがダメなので、バディにサインを送り、さっさと浮上し、まだそこにいたボートに拾ってもらった。今回、ボートが一艇しかなく16人のダイバーを2チームに分けているので、1チームめのエントリーが終わったら、2チームめを乗せるために母船に戻る、というピストン輸送。チャーターなのに、なんでこんなことになっているのかと疑問は残るが、これが不幸中の幸い。2チーム目が待つ母船に戻り、「マスクがrosak(マレー語でこわれたの意)なの!マスクかして~!」とマスクを借りて、ちゃっかり2チーム目とエントリー。オリエンテーションをやっとかないから、こういうことになるんだな。

さて、2チームめのエントリーポイントにはギンガメはいなかった。視界が3分の1だったときにはクリアに感じた水は、実はにごっていて浮遊物満載。しかもぬるい。バラクーダポイントの、垂直な壁が続くあたりでは、大物を期待して外洋や下を凝視しがちになるが、このぬるさと緩慢な流れでは無理そうなので壁を凝視。アケボノハゼ、アオマスクと、他ではスターでも、シパダンでは凡人なやつらをみていた。



やがて頭上にギンガメアジの群れが登場。



そのまま流してゆくと、カンムリブダイがまばらに登場。そこここにいるのだが、三々五々散らばっていて、群れてない。なんで?



あとは、サンゴにかくれて写真におさまらなかった黄色いハダカハオコゼくらいでおしまい。


2nd Dive ミッドリーフ
ミッドリーフは、ジャイアントなシャコ貝からスタートするが、思い出しもせずあっさり潜降。
ミッドリーフの壁。ジェリーいわく、ホワイトチップアベニューからミッドリーフのWALL DIVEはどこも同じだと言う。



Next Diveはこの3つのポイントのうちの1つと言われれば、微妙に「な~んだ、XXかぁ~」感があるのは否めない。だって、ただきれいなだけなのだ。ドロップオフのような劇的な地形でもなければ、バラクーダポイントのように変化に富む地形でもない。過去、ハンマーヘッドが単体で通ったり、トラフザメの交尾、ニタリというレアものに遇ったことはあるが、まずふだんはアドレナリンが出るようなWALL DIVEではない。

特にこれというものは出てこない壁を流しているうちに、たなの上には、進行方向のホワイトチップアベニュー方面からカンムリブダイがかたまりになってやってきた。



それにしても、オジロクロハギだかナニハギだか、よくわからないが、この黒いやつじゃま。バラクーダの群れでも、ギンガメの群れでも、なにげにはいってくる写りたがり屋!?カンムリブダイは、なにもそんなにくっつかなくても(実際にはもちろんくっついてはいないが)、と思うほど、きゅうくつそうに同じ幅を保っていた。



やがて密度が減り、こちらは最後尾。



なんとなくとったモヨウフグ。



たなの上の浅瀬は、枝サンゴがどこまでむ続く、南の海のイメージそのもの。

エダサンゴにはスズメダイ。



ロウニンアジはクールにやってくる。



いっぱいいても、注目されないヒメフエダイの群れ。



わくわくしないポイントではあるが、すばらしい海であることにはちがいない。


3rd Dive バラクーダポイント
本日2度目のBP。壁をちまちまと見ながらすすんでゆくと、やがてバラクーダの群れ登場。外国人の一団がやってきて、白人はもれなく阿波踊り状態、チャイニーズらしき角刈りは、バラクーダの真ん前に行ってポーズ。なんだかさめる。追っかけてるし、そっちのダイブマスターなんとかしろ、とぷりぷり思いながらきゃつらが去るのを待ち、その後バラクーダ漬け。上空暗いし、目の前も暗くなるけっこうな群れ。



バラクーダはバブルを嫌うというが、じっとしてれば、むこうからも近づいてくる。




4ダイブ目前、昼下がりのシパダン島。だいぶ雲が出てきた。




4th Dive ドロップオフ
タートルカバーンからのエントリー。

入り口の「DANGER」のサインボードも朽ち果ててきた。もう字がちゃんと見えない。



カバーンのオーバーハングのところを鳥目になりながら、突き当たりまで行ってみる。振り向いたときの蒼い色が好きだ。





そして、いつ見ても、ドロップオフの迫力ある地形が好きだ。





ドロップオフの浅瀬は、サンゴびっしり、といった感じではない。ヘラジカハナヤサイサンゴ率高し。



そして、ギンガメアジ。



エキジットのあと、「今のポイントのどこがよかったんですか?」とボソッと言ってた人がいるらしい。いったい何を見ているんだろう?

4ダイブ後のシパダン。そうとう曇ってきた。




4本目のあとのおやつは、ピサンゴレン。5th Diveはマブールサンセットである。ニシキテグリのところで大混雑が予想されるし、ゆっくりしたかったので、パス。きのう潜っていないし、4本だけだと、全然疲れていないけれど。

シルバー&シパダンウィーク 9月19日 C/E乗船の日

2010-10-08 00:47:37 | Weblog
 早起き
1時間半ほど仮眠。シャングリラの枕が予想外にあってたらしく、意外にも熟睡していた。わかりきっていたことだが、睡眠不足と早起きのダブルパンチはしんどい。でも、きょうのKK→タワウは日本人で混雑するはず。空港での行列を避けるため、送迎も放棄して、他の旅行者のピックアップ時間より15分は早くタクシー移動をしようという話になった。

4時半にシャングリラのロビーへ降りると、ロビー横のレストランは、24時間営業と聞いていたのに真っ暗。薄暗いロビーでは、ひとりの従業員がネット中、もうひとりはソファで寝ていた。私たちが現れたのを見て、ネットサーファー野郎は、大急ぎでレセプションの中へ、仮眠していたスタッフは飛び起き、あわてて上着を着てレストランへ入ってゆき、バチバチと灯りがついた。バフェにならぶステンレスのふたをかたっぱしから空けてみるが、中身はどれもこれもカラ。唯一、お粥だけが入っていたので、お粥を食べ、さっさとチェックアウト。シャングリラってベルボーイが怠慢で、荷物を積極的に運んだり、タクシーを呼んだりしてくれない。ホテルの前に止まっていたタクシーのおじちゃんを起こし、KKIAへ。

 セルフチェックイン
KKIAへ到着し、いつもどおりカウンターへ並ぼうとすると、MASの職員にカウンターへの進入を止められ、セルフチェックイン機に誘導された。チェックイン機の横には、MASwings(サバ・サラワクのコミューター便を飛ばすMASの子会社)カラーの服を着た、トゥドゥンをかぶったかわいらしい女子が待機していて、タッチパネル操作を懇切丁寧に教えてくれる。シートは、ウィングがないところでキナバル山を見たいので、トイレにもすぐたてる最後尾をとることが多いのだが、今回は、エコノミーの最前列にしてみた。



 きょうのキナバル山
チェックイン後、エントランス近くのベンチにすわって外をながめていると、まだ暗闇の中、キナバル山の稜線がくっきり見えてきた。外へ出ると、空の色がどんどん変わってゆく。





パーキングの灯りが、とっても邪魔。

6時すぎに夜明けになるはずなので、神々しい朝日を拝もうと、キナバル山の真ん前で待機するが、なかなか夜はあけてくれない。



いつの間にか、パーキングの灯りは消えていた。





日の出の頃は、長時間立っていたので、疲労困憊。しかも朝日は、期待したほどじゃなかった・・・。

 KK~タワウ(MH2121 コタキナバル7:00 タワウ7:45)
いつものMH2121便。離陸後の南シナ海とトゥンク・アブドゥル・ラーマン公園の島々、キナバル山、タワウのボルネオ・グリーンと、大好きな景色満載なので、眠くても眠らないフライトなのだ。

おだやかな朝の南シナ海。このぬるそうなところがよい。



キナバル山は雲多め。



ボルネオ・グリーンは、きょうは、曇りだったせいか、グリーンがいつもほど鮮やかではなかった。

 タワウ~センポルナ
機内アナウンスでは、午前7時38分にランディング。
タワウにつき、ターンテーブルから荷物をピックアップし、8時には皆外へ出ていた。
が、センポルナへのドライバーは来ていたが、トランスファーの車がないという。16人のゲストにたいして、ワンボックス1台しか着いていなかったのだ。結局、タワウを出発したのは午前9時。こんなことだったら、20分後の、お安いエア・エイシアで来たかった、とケチだましいが・・・。タワウからセンポルナまでの車では、ふだんは眠ってゆくのだが、今回は16人を2台におしこんだので、眠れたもんじゃない。センポルナのミレメワで飲み物を仕入れてJETTYへ移動。まだ新しく、周囲となんとなくなじまないJETTY。結局、ここからC/Eへの送迎ボートがまたなかなか来ず、小一時間。さっさと乗船して、昼寝がしたい…。

 No Diving Today
オリエンテーションダイブは、マブールのSMARTウォーターバンガローのハウスリーフになった。予想通りだ。ときどきオリエンテーションでも使うシーベンチャー下だったら行きたかったが、SMARTハウスリーフは個人的にあまり好きではないポイントなので、睡眠不足だから休んじゃえ!とパスすることにした。シーベンチャーは、時に流れが複雑だったり、アベレージが深いので、オリエンテーションに適さないといえば適さない。センポルナ発の日って、午後からバタバタ3ダイブするが、きょうは乗船時刻が遅れたために2ダイブでおしまいらしい。がつがつ潜りたいほうではないが、これでマブールは、パラダイスリーフしか潜るチャンスがなくなったな、とちょっとがっかり。サンセットダイビングには参加しようと、みんながオリエンテーションに行ったあと、ひとりダイニングでまったりしていると、階下から、昨年の乗船で知り合った方があがってきた。私以外にも、1本目からパスの人がいたんだ。そして、「ねぇ、ビール飲まない?」と声をかけられ、「え~?私、サンセットに行くんですけど。」とお断りをするが、「まあ、いーじゃない。」と言う甘い誘惑に、ハッピーアワー!

夕食後、マブールのボルネオ・ダイバーズのビーチバーへアイスクリームを食べに行きたいとマブール上陸。C/Eスタッフも数名上陸し、カンポンのある方へ消えていった。私たちは、ビーチバーでダイブマスター女子と飲んでいた名古屋の友だちから、タイガーを差し出され、アイスのはずがビールに。それにしても、最近のボルネオ・ダイバーズのダイブマスターって、なんとなくrudeな感じがするんだよなぁ。ビーチバーには1時間強いただろうか。初日だし、いいかげん帰って寝たくなってきた。だいぶたってから、C/Eスタッフたちが、なんとなくテンション高くなって、戻ってきた。やれやれ、これで帰れる。

C/Eに帰ると、乗船日は早寝の人が多いものだが、今回は、みんなまだ起きていた。7時間は眠りたいので、22時半頃には、おやすみなさいにした。