マンボウにあいたくてバリへゆく。
バリには昔、サンガラキへ行く際のトランジットで1泊だけしたことがある。それも夜着いて、翌朝暗いうちには出発という、仮眠のためだけに。夜だからビーチも景色も見えず、ローカルフードを食べることもなく。バリの真髄にはなんらふれることのないまま、バリの印象を決定づけたのは、デンパサール空港のいんちきポーターとうざいホテルスタッフ。こやつらと渡り合うことに無駄なエネルギーを費やし、すっかりバリぎらいになっていたので、実質はじめてといってよいバリに、あんまりわくわくはしない。マンボウの話がなければ、バリにまた行こうとは決して思わなかっただろう。
くしくもバリへ出発する9月27日の朝、出かける間際に見たTVでえりも沖の秋サケ漁に異変、かんじんのサケは不振、かわりにマンボウばかりがひっかかるというニュースをやっていた。TVには、網にマンボウごろごろの映像。むむ、これはバリでマンボウが見られる予兆?それともこの映像で見納め?この2週間、いろんなダイビングサービスのブログを読んだが、どうも最近はマンボウの出がよくなさそうだ。でも、今回のバディは関西人で、たまたま大瀬崎にやってきたら、マンボウが出たという、マンボウの神がついているかもなバディなのだ。
ニュースでは、マンボウは本来暖かい海の魚で、えりも沖の海水温が異常に上昇しているのがマンボウ大漁の原因、と言っていた。「暖かい海」、「異常な海水温上昇」という表現でも、その水温は20度。いまやシパダンでさえ寒いと思っているやわなダイバーには、それがどんな感じか想像もできない低水温だ。バリだって、マンボウねらいのヌサペニダの水温は17~25度らしい。少なくとも5ミリのウェットスーツが必要。でも16キロ激ぶとりの結果、5ミリウェットを着るのに爪が折れるわ、なんとか着たら着たで背中はしまらないわ、自力で脱ぐこともできないわになっていた。マンボウ見たさがモティベーションづけとなり、減量をはじめたら見事に成功。5ミリを最後に着たときの体型に戻れた。出かける前に、もう一度ウェットを試着しようと思ったら、サイズ的にはぜんぜん問題なくなったが、激ぶとり中に無理やり着ようとしたときにファスナーを破壊したらしく、ファスナーが1ミリたりとも動かない。力で解決しようとしていた自分のバカさかげんがなさけない・・・。仕方がないので、3ミリのフルスーツと3x2ミリのフルスーツと半袖ジャケット2ミリ、すべてサーフィンのウェットスーツの重ね着でのぞむことになった。ウェットの重ね着は、暖かくはないので、寒いだろうなあ、と思うと、1ダイブで辞めとこうかな、と、これまたネガティブ。
ニュースもそこそこに家を出て、都営浅草線の三田駅に着くと、タイミングよく快速成田空港ゆきが来た。なかなか幸先のよいスタート。乗り換えなく、かつ他の電車に抜かれることもなく、そのまま成田空港までゆけた。今回バリにはSQでゆく。インターネットチェックインをしていたので、荷物を預けるだけだが、前に並んでいたインド人ファミリーは、なぜだかとても時間がかかっていた。でもこのインド人ファミリー、全員品がよく美形なのだ。美しい人たちを見ると、なんだかいいことがありそうに思えてしまう。そしてはじめてA380の2階席に乗ってみたが、飛んでしまえばなんらかわりはない。でもタイガービールもおいしく飲め、快適。シンガポールからバリのフライトでは隣の席が、ダビデ像のようなこれまた美形の男性で、やっぱり幸先よいスタート、と思ったり、手ごわいデンパサール空港を思って憂鬱になったり一喜一憂。
デンパサール空港に降り立つと、とにかく急ぎ足でビザ窓口をめざす。メナドのときは、飛行機から降りるのが最後の方になったら、ビザ取得に1時間も並ぶハメになった。ところが「VISA ON ARRIVAL」の窓口へゆくと、エコノミークラス乗客の中では一番乗りで、すぐに手続き完了。しかも窓口の女の子は、頭数を裁くことこそわが命と思っているようで、こちらが10ドルごそごそ用意している間に、早くしやがれといわんばかりに、あとから並んでくる人々に、次々と滞在日数を聞いてゆく。感じは悪いが、メナドと違ってすばらしい迅速さ。そして入国手続きも2分たらずで完了。シールビザを見ると、斜めっていた。ここまでは早かったが、荷物がターンテーブルから出てくるには延々と待たされた。このターンテーブルから空港出口のミーティングポイントまでが最大の難所だろう。過去の経験で、インドネシアでは、どこの空港でもポーターが半ば強引に荷物を運ぼうとした。いったん持たれようものなら、金を払わずに奪い返すのには相当なパワーが必要なので、私の荷物には指1本ふれさせぬ、とひとり殺気だっていたが、ポーターたちは、隣の動いていないターンテーブルにすわったままダベっており、客からのコンタクトを待っているだけ。この普通の有料ポーターに加え、さらにタチの悪いいんちきポーターが有名なデンパサール空港。以前のデンパサール空港の出口のごたごたぶりを思い出すと、いんちきポーターにかかわることなしにブルーバードタクシーまで無事にたどりつく自信がなかったので、今回はホテルと送迎ごとバリの現地旅行会社に手配をたのんであった。ホテルまでの送迎2000円。2000円払っても、「シェンエン、シェンエン」に会うよりはずっといい。ところが今回、いんちきポーターらしき影はまったくなかった。税関を抜け外へ出ると、バリの各旅行社の出迎えも、昔と比べるとずいぶん規律正しく並んでいて、すぐに送迎の人と会えた。なんだか拍子ぬけした。でもよいことだ。いんちきポーターは排除されたのか、それとも、2日後に控えたラマダン明けにそなえて、出稼ぎの人々が里帰りをしているからか。車に乗ると、「神の島バリへようこそ。」と言われた。旅行会社の送迎スタッフの女性は一生懸命日本語で話すし、私はいいかげんなマレー語で答える、ちゃんぷるーな感じ。いんちきなマレー語でも、そこここで「マレーシアから来たのか」と言われてしまい、やはりバハサインドネシアとバハサメラユは同じようでもずいぶん違うようだ。宿泊は、ダイビングに便利なサヌールにある、「エスケープコンドテル」というシンプルな新しいホテルに泊まった。
一晩明けて9月28日。バリに来る前の晩に発熱し、マレーシアから買ってきたサイ印の解熱水を飲んで熱を下げた状態だったので、少しでも長く睡眠をとりたかった。でも、夜明け前の真っ暗なうちから、一番鳥のコケコ攻撃で睡眠不足。
朝7時50分、ダイビングサービスの迎えでサヌールの船着き場へ移動。ゲスト3人+2ガイドという、なかなか楽な人員構成。ダイビングボートが泊まっているところまで、海の中をちょっとだけ歩くが、足に水につけた瞬間、水がとても冷たく感じる。ああ、こんな浅いビーチでも冷たいのだから、ダイビング中はどんなに寒いのか、おそろしい。それに、さすがサーフィンのバリだけあって、沖ではブレイクしているし、リーフの内側でさえけっこうな白波がたっている。そんなんで、ダイビングボートは乗り始めからけっこう揺れてくれた。サービスにはあらかじめマンボウ目的を伝えてあったので、ダイブサイトはヌサペニダ。50分、スピードボートでガンガンとばす。ずっとたたきつけられる系のゆれだ。私は船酔いはしないが、21世紀になってからは、ポイントまですぐのシパダンか、モルディブのクルーズばかりだったので、長いボート移動だけで疲れるなあ、と思ってしまった。
1本めはチェックダイブをかねてマンタポイントへ。ヌサペニダのダイビングポイントがある側は一面絶壁で、波が激しく岩に打ち寄せている。砕ける波がかっこいい。重ね着ウェットでの適正ウェイトがよくわからないまま、とりあえず4キロつけてエントリー。その瞬間からとても冷たく感じる。そしてオーバーウェイトでずぶずぶ沈む。でも病み上がりとは思えない耳の抜けのよさで、鼻さえつままない。水中は島に打ち寄せる波によるサージがあり、ずっとゆらゆら。だいたいどこでもマンタポイントといえば、着底して見るところが多く、岩になれとか動くなといわれるので、すぐロックにつかまりたくなる。でも、ここは違う。水底はほぼ不毛なのに、ブリーフィングではロックにはつかまろうとせず、ひたすらサージに揺られるようにということだった。
マンタポイントはダイバーで混みあっていた。マンタは、ブラックマンタ、ホワイトマンタとりまぜ、次から次へとクリーニングステーションである三角にとがったロックの上にまわってくる。クリーニングステーションには上がらないようにというブリーフィングだったが、ほかのボートからのダイバーたちが、ガイドもひっくるめてしっかり三角ロックの上にあがり、追うはさわるはだった。けしからん。寒いし、もうだいぶマンタを見ていた気がしたので、ダイコンを見ると、水温は25度、そしてまだ潜水開始から14分しかたっていないことが判明。いったいこの体感温度であと30分ももつんだろうか。そしてもっと寒いであろう、マンボウのクリスタルベイはどんなんだろうと、先が思いやられた。
2本目は、マンボウ期待のクリスタルベイ。寒さにびびりつつエントリーするが、ぜんぜん寒くない。マンボウは、高水温でも出ることがあるらしいが、やはり25度以下で出ることが多いようだ。となると、寒いのはいやだが、寒くないのも困りもの・・・。ガイド2名体制でマンボウを探すけれど、この水温のせいか、マンボウの影はなかった。キンギョハナダイやメラネシアンアンティアスがいっぱいいた。ここのキンギョハナダイは大ぶりだし、みな鯉の滝登り状態になっていた。他の場所のキンギョたちより、鍛えてそうだ。クジャクベラ系やスカシテンジクダイ系を観察。
2ダイブ終了後、クリスタルベイに泊めたボート上でランチ。前はお寺。ランチはBOXランチで、サンドイッチ、ナシゴレン、ナシチャンプルーのBOXがあった。私はナシチャンプルーにした。ナシチャンプルーには、白いご飯、塩味のミーゴレン、サテ、魚のフライ、鶏カラ、それとパイナップルもついていてボリュームも満点。味もなかなかよい。冷めていてもこれだけおいしいんだから、暖かかったら、さぞおいしいだろう。
3本目はトヨパカというポイント。ここにもたまにマンボウが出るらしいが、マンボウはやって来ないという確信のもとパス。ここまで来ると、マンタポイントやクリスタルベイの岩がちな感じから、いっきょに視界がひらける。ボートでぼんやり聖なるアグン山と、クイックシルバー号からのバナナボートやジェットスキーでキャーキャーやってるおそらくチャイニーズやコリアンをながめて日焼けした。皆が帰ってくると、マンボウはやはりお留守だったらしい。
サヌールに戻ると、干潮で思い切り引いていた。浅瀬には、白い花がいっぱい浮いていた。おそらくジュゴンが食べるであろう海菖蒲系が、いっせいに開花したようだ。
ビーチのカフェ(?)で、ログづけ。本日のガイドのミッちゃんが見なかったマンボウの絵を描いてくれた。かなりユニークな作品だった。足元には、犬やハトがほっつき歩く平和な昼下がり。ハトは日本のドバトとちがって慎ましやかだ。
「マンボウがいなくても、楽しかったね」と言える1日だった。今回、お世話になった「GO DIVE BALI」さんが愉快だったのだ。みんなも行けばわかる。
夕方、不慣れなサヌールをじゃらんじゃらん。空には凧がいっぱいで平和な感じだ。ローカルフードを求めてさまようが、こじゃれたイタリアンとか、通りには欧米風の店ばかりだ。せっかくだから土地のものがたべたい。しばらく歩くと、パサールがあった。おいしそうだが、めちゃめちゃハエが止まっていたり、ピサンゴレンもみんな手づかみだったりして、ちょっとひいてしまった。また、いつも行き当たりばったりな私たちは、どっちに行けば何がある、なんて調べてないので、「スーパーでなんか買って帰ろう」ということになった。でも、たいしたスーパーもない。結局サークルKで、カップめんとビンタンビールとマグナムアイスを買った。カップめんも、マレーシアより個性がないし、NISSINが主流だった。こうしてビーフ風味のカップ麺でしょぼいディナーとなった。
2日目。朝食がついていないので、前の晩、Kマートで買ったチキン味のカップ麺を食べる。レッドブルでタウリン1000g注入してから出かけた。この日はガイト1名にゲスト2名だけ。なんとなくマンボウとの出会いは、来年以降に持ち越しかなと、ネガティブになりつつも、懲りずにクリスタルベイをリクエスト。サヌール沖では、何人ものサーファーが波乗りしていた。サーフィンも自転車やスキーのように、一度おぼえたらずっとできるものなのかしらと、今世紀になって一度も波乗りしたことがない私は、ちょっとサーファーたちをうらやましく思った。ボートはやはり揺れたが、波と遊ぶバンドウイルカの群れがボートの近くにやってきて、なんとなくいい1日になりそう。
クリスタルベイにエントリーすると、前の日とはうってかわって水が冷たい。こんな寒いんだからマンボウは絶対来る!と思ったり、寒いだけで終わったらいやだなあ、と思ったりの繰り返しで、時間だけが過ぎていく。水面で27度あった水温は、深度下を泳いでいるうちに、冷たい潮がいろんな方面から来て、25度、24度とどんどんさがってくる。マンボウ出ないなら早く上がりたいくらいだ。18分たったとき、前方に、10名ほどのダイバー軍団が見えてきた。こんなに混んでちゃね、と思っていたら、ガイドがその方向を指差している。よくみると、ダイバーたちの手前にうっすら、これまで見たことのない形のものが、もらもらっと見えてきた。別のサービスからのダイバーたちは、皆、マンボウから相当の距離を保って、お行儀よく見ていた。そしてマンボウがクリーニングを終えて深みに消えていくとともに、彼らもいなくなった。
彼らが消えると、私たちのガイドは少し外洋側に移動し、深度をさげると、またまた斜めの物体が。そこにはまた別のマンボウがいた。水深31メートルで間近に見るマンボウ。あとで聞いた話では、わたしたちのガイドからは、下の方に別のマンボウがいるのが見えていて、みんながワッと集まるのを避けるために、彼らが去るのを待っていたらしい。マンボウさがしのポイントはうろうろしているハタタテダイにあるよう。マンボウはダイバーには無関心で、クリーニングに夢中。ときどき動く目がかわいい。それに、クリーニングしている連中も、なんだかきれいどころばかりだ。ハタタテダイにタテキン、そして黄色いチョウチョウウオたち。このときの水温は23度。
2本目。もう一度マンボウが見たいと、再度クリスタルベイをリクエスト。冷水塊が次々おそってきて、そのつど「ギャー!」「ぎぃえ~!」と叫んでしまう。そういえばさすがに寒くてもスプリングで潜りがちな白人たちも、みんなここではフルスーツを着ている人ばかりだ。そして21度にまでさがったとき、その冷たい潮とともに、3度目のマンボウが現れた。
念願のマンボウで、デジカメのぞいているのももったいなくて、あまり写真はとらなかった。マンボウはいつももらもら~っと漂いながら現れ、ぽよーんと夢見心地の表情でクリーニングされ、またもらもら~っと深海に去っていく。マンボウは海の大物にちがいないが、テンションはあがらない。マンボウのちょっと間抜けな目と口、不思議な形の愛され顔で、ひたすら癒されてしまう。
2ダイブ後はまたボート上でランチ。前の日、ランチの希望を聞いてくれていて、ミーゴレン、それもう~んと辛くして、と頼んでおいたら、本当にからかった。ものすごい量のチリが乗っていた。でも、そんなチリてんこ盛りでも汗ばまないほど、体は冷えていた。2ダイブだけでサヌールに帰ったら、まだ12時半だった。
今回はダイビングは2日間だけで、ウブドへ移動だ。ウブドじゃなくて、ダイビングにしておけばよかったかなぁと、バリの海に未練を残しつつ、サヌールをあとに。
マンボウに遇えて本当によかった。マンボウで癒され、マンボウで減量でき、マンボウでバリのよさも見出すことができた。えらいぞもらもら。