くらぶとろぴか

きもちはいつもシパダンの海の中。シパダンとコタキナバル旅の備忘録、ときどき弾丸、そしてホームワークアウトおたく。

セレベス・エクスプローラー4日め

2009-09-27 22:29:20 |  ダイビング
9月21日、月曜日。
シパダンで4ダイブするはずの月曜日。

またもあまり眠れず、目はさめていたが、暗いし船も動いていないからまだまだ夜中、と思っていたところに同室の人のアラームが鳴った。iPhoneを見ると、午前5時50分だった。
シパダンへゆく朝はいつも、アンカーをあげる音、そしてエンジン音でいやおうなく目がさめるが、アラームで起きたということは・・・。これはきっと天気が悪くて、シパダンの1本目をキャンセルするつもりに違いない。デッキへ出ると、案の定、グレーの世界にシーベンチャーがぼんやり浮かんでいた。

やがて、ジェリーがホワイトボードに、シーベンチャーのマップを書き始めた。BAD WEATHER PLAN(通常、シパダン4本+マブールでサンセットorナイト1本のところ、朝1本目をシパダンに行かず、マブールエリアで潜り、シパダン3本、戻ってきてサンセット1本となる)だという。海況が悪ければどうしようもないのはわかるが、やはりすんなりとは受け入れられない。だって暗い朝だけれど、雨はたいしたことないし、風もそんなに強いとは感じない。他のゲストもシーベンチャーにネガティブだ。きょうは幸い、日本人ゲストオンリー。前にもシパダン4本か3本かでもめたとき、キャプテンもトムも、「ゲストが全員日本人で、全員の意思の統率がはかれるようなときは、シパダンで4ダイブする。」と明言したのを思い出した。もちろん外人だって、「きょうはシパダン3本です」って言われれば、「NOPE!」と言うのに。

他のリゾートのボートがシパダンをめざして出て行くのも見たので、「あのボートがいけて、どうしてここのは行けないの?」攻撃から開始してみる。「母船で近づくのが危ないなら、他のリゾートみたく、ダイビングボートでシパダンにいけばいーじゃん」とか、「どうせ2本目にシパダンに行ける海況なら、出発を少し遅らせてシパダンに行って4ダイブすればいいじゃん」といろいろ言ってみる。シパダンのパーミットは6時から18時までで、18時には島を去らなくてはいけない、ということである。いつも4ダイブ終えると、16時前後に逃げるようにシパダンを去るが、1時間遅れたところで、18時には、十分な余裕がある。ところがキャプテンは、17時になると逮捕されるとかムキになっている。この調子じゃ絶対こちらの言い分は聞かないな、と思いつつも、ああいえばこういうの平行線。ついにジェリーがキャプテンを外につれだし、戻ってくると「シパダンに移動します」ということになる。ありがとう、ジェリー。

マブールを離れると、船はよく揺れ、戸棚の中のストックの、コンデンスミルクがいっぱい外に散乱した。シパダンがいい、と率先して主張したために、船酔いに苦しむ人が出たらどうしよう、と思ったが、幸い、青くなっている人はいなかった。

シパダンに着くと、こんどは大揺れの母船から、木の葉のようなダイビングボートへ乗り移るのに一苦労。これは確かにケガのもとだ。ただ、2本目から無理無理シパダンで潜るなら、このリスクは同じことだともいえる。

1本目。バラクーダ・ポイント。
デジカメ持たずに手ぶらでダイビング。うねりはあるは、透明度最悪でよく見えないわで、労多くして、益少なし、な気分は否めない。しっかりバラクーダも出たけれど。

2本目。タートル・パッチ。
このうねりじゃ、南よりのポイントは、ここが限界だろう。そして、ここも真っ白。それでもいいこともある。このダイビングで、シパダンでははじめての出会いがあった。ジェリーが私たちをヘルフリッチにちゃんと導いてくれたのだ。ヘルフリッチは、ダイバー10名ほどに囲まれ、当惑したのか、長い間ひっこまずホバリングしていた。近くには、同棲中らしいアケボノハゼもいた。






3本目。ドロップオフ。

きょうは、タートル・カバーンまでおりた。
すべてがぼんやり。そして暗い。







ひさびさのタイマイさん。
暗くて、スローシャッターでぶれてしまう。






カンムリブダイ登場。



彼らはこの調子なので・・・


局地的にさらに透明度が悪化。


正面から来ると歯が気になる。


ばっちい。


近すぎ。肌や尻尾の質感が、なんかコワイ。


ラストにギンガメ。水面をあおいだって、やっぱり暗い。


そして、にぶい光を放つ彼ら。




4本目。バラクーダ・ポイント。
午後になっても、どんより。
いつものように、ムレハタタテダイやアカモンガラが漂っている。
ハタタテダイの群れって、なんだか雨の日に似合うように思える。



バラクーダは遠くにちょろっと。
その後、コーラルガーデンにむけてゆるゆる。
だいぶ先を泳いでいたジェリーが、なにやら、ダッシュで戻ってくると思ったら・・・ハダカハオコゼの赤と白が、ひとつのロックにいた。きっと、通過してから、思い出したのだろう。







夕方、シャンプー後に鏡を見たら、頭に小さな白い塊が見えた。どうもカンムリブダイのウンチのかけらが髪の毛の中に入り込んでしまったらしい。ウンのつきがありますよーに。


私は、サンセットはパスして、さっさとTiger Beerの道を選んだ。ディナー後、マブールのボルネオ・ダイバーズに泊まっている友達をたずねて、マブールに上陸。ボルネオ・ダイバーズのバーで、またもTigerでカンパイ。船のように缶ではなく、瓶なので、うまさ格別。続いて、ショップツアーご一行様をたずねて、シパダン・ウォーター・ヴィレッジまでじゃらんじゃらんするが、つめがあまく、すでにチェックアウト後だった。こうして「マクロ日和」な1日がおわった。

セレベス・エクスプローラー3日め

2009-09-27 22:13:35 |  ダイビング
9月20日、日曜日。
ラマダン明け=ハリラヤの日。

夕べは、ラムがすこ~んと抜けたあとは、目がさえて、またも熟睡できなかった。朝8時前、「モーニング!」とドアをたたく音。きっと早く朝食をとっておくれ、ということなのだろう。ラウンジにあがると、南仏熟年夫婦はもういなかった。いちおうご挨拶しておきたかったのに。ハリラヤの日から1週間のホリデーをとる、と言っていたトムももういなかった。朝5時半に降りたそうだ。ムスリム・スタッフは、みんなムスリムの正装でそわそわしている。そんな彼らには、「すらまっ・はりらや・あいでぃるふぃとり」とあいさつ。

フランス人のマドモワゼルの横には、けさもUK3人衆の中の、華僑男子がいたが、彼女はいきなりつかつかと私の方にやってきて、私の隣に座りこみ、あまり流暢でばない英語で一生懸命話しはじめた。「もう私、一人旅はこりごり。何か水中で見ても、感動をわかちあえる人はいない。カレシはパリだし、話し相手もいないの!」と愚痴り始めた。あらま。いつもおとなりにおひとりいたぢゃないの、とつっこみたいところだったが、シリアス・キャラっぽいので、やめといた。きのうのオリーブの男性と、その相方だと思ってた女性が、仲むつまじく話をしているのをさして、「あの人たちはカップルに見えるけれどそうじゃないの。」彼らはふたりで楽しそうにいているから、同じフランス人的には、疎外感があるのかな。ぐちをこぼしたり、そのうちにレッドシーの話などをはじめた。ずっと適当に相槌をうちながら、聞いていた。

朝食を食べてまもないが、今朝搭載されたバナナを、せっかくだからともくもく食べる。することがないと、なんか食べてる、っての典型だ。1度に3本ぺろりとたいらげてしまった。

やがて、セピロクへオランウータンを見に行くと言っていた、UKカップルだけが下船しすると、彼らをJETTYで送ったボートで、日本人のみなさんが到着した。マドモアゼルにずっとつかまっていたが、友達がやってきたので、そこで、excuse me。他にも、2年ぶり、4年ぶり、と、たまたま再会となった人たちも乗っていてびっくりした。さすがシルバーウィーク。

さて、みんなのゲストカードの記入、エリエルというスタッフによる乗船中のブリーフィングも終わり、部屋への荷物移動もすみ、さらに皆がもう落ち着いて、ラウンジにくつろぎに来た頃になっても、母船が出る気配はみじんもない。みんな、「船動き始めた?」と、ちょっと景色がかわるといそいそするが、風向きで船の位置が変わってるだけなのだ。いちおう、ゲストリレーションズでもあるのだろうが、いつもラウンジに待機して、バーの会計や、デザートを出す係のエリエルは、クリスチャン。エリエルに、「いつ出発するの?」とたずねると、「彼らはまだ祈っているから、ここに戻ってきていない。だから、船を動かせるスタッフはいないし、いつになるかわからない。」との返事。がお~。ハリラヤだって、サービス業は働かないとダメなんじゃないの?現に、MHだって、飛んでいるんだし。

新しいゲストが部屋に入った今となっては、フランス人たちと華僑くんは、長い間、ラウンジの隅で、ひたすらしゃべって時間をつぶすしかなかった。彼らの中には、誰もセンポルナでドラゴン・インをデーユースする人がいないらしいから、こうしてエアコンのきいた船内待機は逆にラッキーかもしれない。

去年、私が乗船したときは、ラマダン中の日曜日で、すべてがスローだったが、ハリラヤとなると、もっとスロー。困ったもんだ。することがないから、サバティーばかり飲み、バナナばかり食べで、午前中でバナナを軽く6本は食べてしまった。

みんなが待ちくたびれにくたびれたあと、キャプテンのダスリが戻り、ヨーロピアンをおろし、母船はやっとセンポルナを離れた。11時半頃のことだっただろうか。


船足の遅い船で、マブールに着くと、すぐに1本目。マブールのSMARTハウスリーフで潜る。私は、このポイントが嫌いだ。ボートから真っ先にエントリーし、水面で待とうとするが、ボートからどんどん離れてゆく。ブイがあるところで、もう一人、早くにエントリーした女性と潜降して待つが、誰も来ない。ギンガメに巻かれながら、私と一緒に潜降した女性がいて、そのまま潜るが、とうとうセレベスダイバーにはめぐりあえず、さらにその女性ともはぐれて終了。


さて、1本ダイビングが終わると、ジェリーがタンクチャージをしている。そういえばタンクボーイも消えている。結局、ふだんは1ダースほどのスタッフがいるのに、5人で日本人12人をケアするんだそうだ。明日からは、さらに2人の日本人が乗ってくる。スタッフ、少なすぎ。


2本目はパラダイス1。
エントリーしたら、とにかく水中は混み合っていた。ニシキテグリのおうちは、それぞれ多くのダイバーに囲まれていた。本日、唯一の目玉、ハナイカがいたが、最近は、マブールのサンセットで、毎回ハナイカにあえているので、レアには思えなくなってしまった。



ホムラハゼは、おうちだけ見て、ご主人は出てこられず。

あしたのシパダンに期待。

セレベス・エクスプローラー2日め

2009-09-27 21:38:49 |  ダイビング
9月19日、土曜日。
シパダン3ダイブのみでセンポルナへ帰る日。

朝のシパダン島。

けさはJETTYのサバ・パークスでちゃんとサインした。


1本目:バラクーダポイント
エントリーした時には、水が澄んで青く見えたが、目が慣れるとそうでもなくなった。けさのジェリーは何故かDEEP。同じボートのUK3人衆は、だれも降りてこない。私は水深40mレベルを泳いでいたが、さらなる深みにいるジェリーに呼ばれた。コンパクトデジカメのプロテクタの耐圧は40mだよ、と思いながら、まあ45mは大丈夫だから、と行ってみたが、ジェリーはまだ下。ええぃ!と行って見ると、指さされたところには、なぜかアケボノのペア。何かがさっと引っ込む影を見たので、まさかアケボノのわけないよね。なんだったのだろう?体に悪いので、早めに深度をあげ、水深24mくらいのところを流していくと、欧米人がいうところの「HUGE!」なグレーリーフシャーク登場。やっぱり、楽しいダイビングには、サメのエッセンスが必要だ。



続いて「HUGE!」なタマカイ。


そして「HUGE!」なSchool of Barracudas。


シパダンではごく普通の顔ぶれだが、「Huge!」続きでなんだか、忙しい1本だった。

エキジット後、49.5mの謎をジェリーにたずねると、スジクロユリハゼだったそうだ。スジクロさんは、スタッグホーン・クレストにいけば、水深40m以深にいっぱいいるんだそうだ。こんど探しにいってみよう。そして、ごく最近、トムがヘルフリッチもみつけたという。ヘルフリッチは、もう10年以上も前に、スキューバ・ズーでビデオマンとして働いていたジミーという男子がとったビデオでのみ見ることができ、誰もその後はみつけていないという、シパダンでは幻の存在。ジェリーは、ヘルフリッチの居場所は、「バラクーダポイントじゃない」を強調。さらに、よく居場所が変わるらしい。月曜日のダイビングで見せてちょーだい、とお願いしておく。



2本目:ドロップオフ
エントリーしたら、イスズミさんの行進。地味だけど・・・。


ギンガメの群れがいい感じで出てきて、


そのすぐあとからバラクーダがやってきた。


ギンガメとバラクーダの群れ同士の距離は近かった。昔みたいに、ギンガメとバラクーダ2層の群れになる日が近い将来に来ないかなあ、と期待してしまう。いったい、昔はどうしてギンバラがジョイントしていて、なぜ離れてしまったんだろう?今、私が高校生ならば、海洋生物学を専攻する道を選んで、いろんな魚類の生態を学びたいところだ。

ところで、バラクーダが出る=流れが強いのだが、もたもたいろいろ見ているうちに、他のダイバーたちが視界から消えてしまった。ドロップオフからバラクーダポイントへ流してくると、ダイビングの終盤、水深10m以浅の水中景観は不毛な感じだ。退屈しながら安全停止がてら流していく。頭上に大きいロウニンアジが3匹通過してゆき、これでラストかな、そろそろ浮上しようかな、と思ったら、左上方から、何か、大きな塊が現れた。

タートルメーティングだ。ダイビングボートの移動中や、JETTYから、水面でくんずほぐれつする彼らは、何度も見たことがあるが、水中で見たのはこれがはじめてだ。彼らは、一人残された私のすぐ横にスーっと降りてきて、ずっとそのまま流れてゆく。しばらくみせつけたあとに、さらに深みへと消えていった。







3本目:バラクーダポイントふたたび。
そして、またもバラクーダ。





センポルナ帰港
ヨーロピアンは、全員、明日下船。バラクーダ・ポイントからエキジットすると、母船はさっさとシパダンを離れ、スタッフが早く帰りたくて仕方ないであろう、センポルナへむけて出発。なにしろ、明日はラマダン明けだから。

ランチ後、ビールとミネラルウォーターのボトルを持って、ダイビング器材だらけのデッキにあがり、日焼けできるだけ日焼けした。そしてセンポルナに着いたら、センポルナじゃらんじゃらんだ。センポルナの港でアンカーがかかるなり、即、センポルナに渡してもらうべくラウンジでスタンバイしたが、ヨーロピアンたちは、私よりさらに早くスタンバっており、もう靴まではいていた。

JETTYにあがると、なぜかセレベス・エクスプローラーの新旧厨房若手スタッフが、満面の笑みでいた。背の高い方が、今の厨房で調理もしており、ひとりで頑張って調理していることもある。若いけど、なかなか料理上手。コデブちゃんは、昔厨房にただいただけの子だ。ふたりの笑顔がすばらしいのでパチリ。なんだか、お笑いのコンビで売り出したい感じだ。ひとりが、ファからはじまる名前で、もうひとりがジからはじまる名前だったと思う・・・。聞く片端から忘れる、私の記憶力のすばらしさ。



そして、あんなに早くからスタンバっていた、ヨーロピアンらは、JETTYの前で思案していて、まったく動きはじめない。下船時間は1時間だけなので、スーパーで買い物をしたかった私は、そんな彼らを尻目に、すたすたと歩く。ふだん、私の歩みはローカルなみに遅いが、今日は珍しく早足だ。三角屋根の市場に着くと、ハリラヤ前の喧騒な感じだった。



海鮮市場をひやかすと、夕方遅い時間でも、きょうはお魚豊富。きっと、きたるハリラヤのご馳走用だろう。

お魚はみんな、ぷりっぷり




野菜。こっちのナスを見ると、日本のナスってのは黒々としてるもんだ、といつも思う。


マンゴは1山ずつに別れているが、個数売りだってしてくれる。


センポルナのマーケットは、規模も小さいが、KKみたく、ものがぎっしり並んでいない。ハリラヤ前で、とにかく人が多く、人の波に酔った感じになった。


すばらしく外壁の汚い洋品やさんとか、全体的に今風になっていないところが、よいところでもあるんだけど、外国人にとっては、あまり歩きやすい町ではない。



そして車道は車だらけ。車内にはだいたいは定員以上の大家族。それにセンポルナの車は、人に道をゆずることは決してない。むしろ人にむかって平気で発進するくらいの勢いだ。乱暴な車たちをやりすごし、目的地だったスーパーミレメワへたどりつく。

ミレメワ=美麗華=MILEMEWAは、マレーシアの大手スーパーだけれど、他のスーパーに比べると、陳列がごちゃごちゃしている。KKやタワウでも、いつもそう思うが、センポルナのミレメワでは、さらに無秩序ぶりに拍車がかかり、おまけにネズミがかじったのか、こどもがあけたのか、おそらく両方だろうけど、お菓子でも、マギーでもパックに穴が開いていたりするので、要注意だ。陳列棚の間も人だらけで、つねに斜めって歩く状態、レジも長蛇の列で、横入りが横行しているので、目的地ではあったが、何も買わずに出てきた。別のスーパーに入るが、そこもすさまじく、汚い店だった。

まだ時間はあったが、すっかりげっそりしてしまい、結局、マグナム・アイスだけを買ってJETTYにむかう。そこには、すでにヨーロピアンたちが待っていて、皆、疲労困憊の表情。私と同様、暑さと人ごみにやられ、市場のところでさっさと戻ってきたたらしい。

母船に戻り、もうセンポルナはこりごり、なんて思いながら、ラウンジでボーっとしていると、ブロンズ色に焼けたフランス人のマダムが、「アン、ドゥ、トロワ・・・」と、ラウンジにいる人数を数え始めた。そして、私のところにやってきて、「今からラムをデッキで飲むけれど、一緒にいかが?」と誘いに来てくれた。せっかくだから、参加させていただくことにした。マダムは、「このラムは55度なの。」とにっこり微笑み、マグカップにラムをつぎ、それにグラニュー糖をティースプーン2杯分混ぜ、カラマンシーをしぼったものをくれた。いつもこうして飲んでいるそうだ。甘くなっているものの、55度はきく。そして、30代前半とおぼしきフランス人の男性が、フランスから持ってきたオリーブの瓶詰めをあけ、すすめまくる。このオリーブが、マイルドな味わいでおいしくて、いくらでも食べられる。この男性の相方と思われる女性は、スペイン人カップルとの話に夢中だ。スペイン人カップルはあまりフレンドリーじゃない感じ。そして、もうひとりのフランス人、アラサー・マドモアゼルはいつも不満そうな顔をしている。その彼女の横には、いつもUK3人衆の中の華僑くんがいて、いろいろ話しかけているが、彼女的にはもりあがってなさそうなのは、残念なことだ。

オリーブの男性は、英語が流暢で、いろいろ話しかけてくれた。ラムの夫妻だけがブロンズの肌で、他の3人はみんななまっちろいので、「あなたたちは日焼けしないの?」とたずねたら、「日焼けするのは南の人だけだよ。彼らはトゥールーズから来たんだ。僕らパリジャンは、日焼けしたら、肌がたいへんなことになっちゃうからね」と言った。こうしてヨーロピアンとコミュニケーションをはかっていると、英語だけじゃなく、フランス語やスペイン語も、片言程度は話せたらいいなぁ、と思えて、いっちょラテン語勉強するか、なんて、一過性の向上心に燃えてみる。

こうして、マダムに2杯目のラムをふるまわれ、パリジャンにすすめられるがままにオリーブをつまみすぎたせいで、ごはんを前にすっかり満腹になってしまった。今夜はスープだけ食べて、ごちそうさま、なさけない。

ラムでだるかったので、しばらくごろごろしようと部屋のベッドで横になっていたが、SMSが届いた音で目がさめた。短時間だけれど、超熟睡してたようだ。SMSは、あした乗船する友達から、センポルナに着いたというものだった。ラムの抜けというのは非常によく、目覚めはすっきり。こんな時間にすっきりしても困るんだけど。

セレベス・エクスプローラー1日め

2009-09-27 21:15:09 |  ダイビング
9月18日、金曜日。

夕べは寝るのが午前1時半くらいになってしまった。
さらに、早起きしなくては、というプレッシャーから、よく眠れなかった。

ハリラヤ前かつシルバーウィークの混雑を予想して、いつもより早く空港にゆこうと思ったが、結局、もたもたしていて、いつもより10分程度早くチェックインするだけになってしまった。案の定、KKの空港は混んでいた。ハリラヤはバリック・カンポン(マレー語を直訳すれば、村に帰る、といった意味)、帰省シーズンだ。そしてシルバーウィークで日本人もいっぱいいる。知っているダイビングショップのマブール・ツアーご一行、12名様もいた。だけど、いつもなら、タワウゆきMH2121便のチェックイン時間には、営業しているお店もきょうは閉まっている。

たとえば、カクレクマノミがいっぱいいる水槽のある、リアルなマリンライフのオブジェが目をひく冷凍海鮮食品&燕の巣屋さんも、しまっている。







ラマダンタイム?

KKIA(コタキナバル空港)の出発階の車寄せは、キナバル山を真正面にのぞめる絶好の位置にある。チェックインをすませると、ちょうど日の出の時刻になったが、残念なことに、きょうは雲が厚く、地上からはキナバル山がみえなかった。早めにセキュリティを通ってゲートへすすむが、ベンチの大部分はふさがっていた。ゲートでMH2121便の搭乗を待ちながら、プロムネード・ホテルで買ったドリアン月餅で朝食。そして、MH2121便が離陸し、機体が雲の上に出て、やっとキナバル山の頭が見えてきた。



タワウに着くと、いつもの送迎担当アリババが持っていたが、ゲストは私ひとり。人々が荷物をターンテーブルで待つ間に、さっさとセンポルナへむけて出発だ。きょうは、アリババと、もう一人、スキンヘッドの、アリババよりはずっと若いドライバーがいて、そいつが運転した。タワウからセンポルナの車中は、エアコンの送風を弱めようと思いつつも、それすら面倒くさく、寒い寒い、と思いながら眠り続けた。どんなに眠っていても、きっとスピードの変化でだろうが、センポルナの市街地に入ると目がさめる。センポルナも、いつもとちがって朝から渋滞だ。ふだんは通らないような横道に入って、民家をながめつつシーフェストホテル前のJETTYへアクセスした。

センポルナに着くと、シーフェスト・ホテル横にある、バックパッカーむけダイビング・サービス、ボルネオ・グローバルで、しばらくの間、というか、かなり長い間、セレベス・エクスプローラーゆきボートの出発準備を待たされた。ゲストは私ひとりで荷物も1個だけなのに、ずっとあとから着いたショップツアーご一行様のシパダン・ウォーター・ヴィレッジゆきボートと、手を振りあいながら、同じタイミングにJETTYを離れることになった。ボートは、途中2回止まったが、比較的順調に走った。

セレベス・エクスプローラーに乗り込むと、すぐに3人の男女が、次々に自分の名前を名乗ってきた。発音から「UKから来たの?」ときくと、あたり。2人は、アラサーなカップル、もうひとりはチャイニーズスコティッシュで、3人ともとてもまじめそうだ。彼らに「海はどない?」と聞いたら、「すばらしいわ!」と言っていたが、「透明度はどない?」とたずねると、顔をしかめていた。他には、日本人のカップルが一組と、フランス人5人、スペイン人カップルが乗っていた。フランス人の中のひとりは、ブロンズ色にやけたチャーミングな熟年のマダムで、感じよくあいさつをした。あとはおそらく30才前後のフランス人女性がいたが、彼女は私のお向かいの部屋を全開にしたまま、不機嫌な顔でベッドによこたわっているだけだった。ダイブマスターは、トムもジェリー2人ともそろっていたが、私はいつものジェリーボート。私と私の友達は、乗るたびにあれこれ注文が多いので、トムにうとまれているのは確実で、ジェリーが引き受けることになっているのだと思われる。よって今回もジェリーボートで、ボートはUKの3人と日本人カップル。日本人カップルは、重厚長大な一眼ハウジングと、ビデオのハウジングもちで、裕福さが感じられる。

シパダンはよい天気。




1本目はドロップオフだ。ジェリーに「ユーだけはサバパークスでサインだ。皆は朝すませている。」と言われた。そうだった。ノートに名前を書かなくてはいけなかった。ところが、JETTYにボートをつけようとしたら、前にカパライからボートが着いたところで、もたもたしていてなかなかどかず、サインはあとで、となった。そして永遠にこなかった「あとで」であった。 

エントリー時、足から沈むのが待てずに、ヘッドファーストで突っ込むと、さっそくカメのお出迎え、というか、生暖かい視線があった。この顔を見ると、ああ、シパダンに帰ってきたな、と思う。



水は暖かく、ハンマーヘッドを期待できそうにない体感温度。タートルカバーンの真上からエントリーしたが、カバーン入り口まで深度をさげないうちに、リーフ上でタンクを鳴らす音。ギンガメかカンムリブダイかと思いながら浮上するとカンムリブダイ。彼らはお食事中で、あまり動かない。食べては出しなので、ときどき視界がなくなる。サンゴしか食べてないんだから、カンムリブダイのフンなんて、きれいなもんだ、ろうな。



ギンガメもいてシパダンらしい1本め。
日本人カップルは、明日帰られるそうで、これがラストダイブ。


2本目は、ロブスターレイアー。
ふと目線を感じてみたら、チョコレート色のハダカハオコゼがゆらいでいた。



そして、深い方をトラフザメが1匹泳いでいった。トラフさんは、私の好みではないことに加え、トラフさんがよくまわってるときのシパダンの海って、過去の経験からはいまいちのことが多いので、人々は喜ぶが、私のテンションは低めだ。

私にとっての3本目、他のダイバーさんたちのとっての5本目は、ナイトというので、パスにした。睡眠不足解消にむけて、きょうは早めに休もう。いまのところ一人部屋なので、ベッドの上段は物置だ。

過食デー シンガポール~コタキナバル

2009-09-27 20:45:24 |  旅行
きょうはいっぱい食べる日と決めている。

早朝5時半、チャンギ国際空港のターミナル3から、KKゆきのシルクエアーが出発するチャンギのターミナル2へと移動した。機内食までは、まだ4-5時間あるので、とりあえず軽く食べておこうと、ツナパフとパンダン・ココナッツ・ロールをGET。シンガポールドルで、ツナパフが1.9ドル、コーヒーが2ドル、ココナッツパンダンロールが1.5ドル、計5.4ドル、340円ちょっとでけっこうずっしり。



私が好きなお菓子屋さん、ベンガワン・ソロに、今朝はローカルなクエはなく、中秋名月を前に、カラフルな月餅がならんでいる。チャイニーズ系の人たちは、みな月餅に見入っていた。月餅って、1つ350円くらいするので、こっちの物価にしては、お高いと思う。



まだまだ出発まで時間があるので、すぐにアップしないブログを書いたりしながら、時間をつぶしたあと午前8時50分発のシルクエアーでKKへ。こんどはシルクエアーの機内食だ。甘辛いお魚のグリル。悪くはない。チキンソーセージの方が人気だったが・・・とりあえず、フライト中は、肉食は封印。



シンガポールを飛び立って、窓からはずっと雲しか見えなかったので、機内食をたいらげると、また眠る。KKの天気は大丈夫かなあ、と一抹の不安を抱きながら。でも、飛行機が高度を下げはじめる前の機長のアナウンスでは、KKの天候は良好、絶好のビーチびよりです!、ってな内容だった。日系とちがって、外国のキャプテンって、いろいろなことをアナウンスするのでおもしろい。確かに、KK着陸態勢に入ると、からっと晴れた、まさに南の国の色だ。

コタキナバルに11時に到着すると、今回は、H1N1対策のサーモチェックはなかった。日本でもマレーシアでも、新型感染者は増えているのに。イミグレも、どの列も、3~4名待ちでがらがら。私は、いかなる行列であろうと、そのチョイスにはまったくカンが働かず、長蛇であろうが、一人待ちであろうが、ほぼ確実に、より時間のかかる列を選んでしまう。結局、今回もそうだ。急いだって、荷物が出てこなきゃしょうがない、とは思いつつ、やはりさっさと通過してしまいたい。そして、荷物はやはりなかなか出てこなかった。ラマダンだから?いらいらしながら荷物を待つこと20分。

外に出て、エアポートタクシーのカウンターにゆくと、タクシーはまた値上がりしていた。わずか3年前、20リンギットになったときに、友達と高くなった、とブーブーいったものだが、いまや30リンギット。空港から市内への距離と、マレーシアの物価を考えても高すぎだ。

でも、きょうのタクシーは、距離的にはじゅうぶん走った。空港を出ると、いつもは直進するところを、さっさと右折し、サバ鉄道の線路を越える、という珍しい迂回ルートだ。道路拡張工事や、断食明けのハリラヤホリデーの準備の買い物車が多く、渋滞を避けるためらしい。



お泊りは、プロムネード・ホテル。チェックインタイムは14時なので、まだ部屋には入れないかな、と思ったが、すぐに用意してくれた。部屋に入ると、まだ12時10分だった。

当然、海側ではなく、アピアピセンタービュー。昔、IDCのときに長期滞在していた。彼方にはデートスポットのシグナルヒルもみえる。キナバル山は雲にかくれてしまっているが、いろいろ思い出深い眺めだ。



10分ほどで、ひとりジャランジャランへ。海沿いではなく、アピアピセンター側の道を通って、センターポイントへむかう。今年の東京の夏は、あまり夏らしくなかったので、この青い空がうれしい。



通りはハリラヤ前で、いつもより車が多い。まずは、センターポイント内の、レートのよい両替屋へゆく。センターポイントも、混み合っている。両替のあと、5Fだか6Fにあるスタバへ行って、ワイヤレスにつなごうと思ったが、なんとなくスタバでオーダーしたいものがない。近くのベンチでちゃっかり無線をいただく。ここ1ヶ月、忙しくてカットができなかったので、センターポイントの上の方にある、まともそうなサロンで安くカットをしておきたかったが、今日は美容室も、どこも大繁盛。みんなホリデー前にキレイにしたいんだな。カットのあてがはずれたので、有隣堂なみの大きさの本屋をひやかす。本屋に入るとトイレにゆきたくなる、とよく言うが、私は、なじみの薄い本屋にゆくとそうだ。日本だけじゃなく、外国でも同じで、このセンターポイントの本屋も以前はそうだったが、もうすっかりなじんだらしく、おなかには何事もおこらなかった。KKプラザ、ウィスマ・ムルデカと、ショッピングセンターを1時間ほどかけてまわって、何も買うものはない、という不毛なウィンドゥショッピングをそこそこ楽しむ。

13時半。朝から立て続けに食べているので、おなかはすかないが、どうしてもサユルマニスが食べたいのでスリメラカへゆく。スリメラカは、センターポイントとシャングリラホテルを結ぶ縦の通りにあるマレー料理屋で、観光客がよく行く屋台のあるSEDCOの向かいにある。いつもブラインドがおりているので、休みかな?、と思うが、やっている。スリメラカは、観光バスで乗りつけるグループがいたり、ランチの時間帯は混むことが多いが、きょうはガラガラ。マレー料理の店で、ラマダンだから?


この店でのお目当ては、サバ州でしかとれない野菜、サユルマニスだ。カンクンソテーじゃだめで、サユルマニスがいいのだ。メニューには、サユルマニス・ドライシュリンプしか出ていないので、そっちにしようと思ったのに、口がつい、「サユルマニス・ガーリック」と言ってしまった。ときにものすごい量のガーリックが入っているので、会う人々に迷惑をかけないように、と思ったが、結局、周囲は無視することになった。

サユルマニスと、


ビーフのオニオンソース、ジンジャー炒めと


テタレ。


ああ、本当に心からおいしいサユルマニス。この緑色からも、ビタミン、ミネラル、繊維質・・・体に必要な栄養素がたくさん摂取できるにちがいない。サバ州から日本に空輸してほしい食材だ。ビーフ&ジンジャーも味付けがとても好き。そして、テタレ。この、日本にはない、やや練乳過多な甘さがたまらない。テタレは、MHのビジネスクラスに乗れば、搭乗中好きなときにサービスしてくれるが、そんなことはめったにないので、こうしたお店で滞在中に一度は飲む。この店は、フィッシュカレーなどもたいへんにおいしい。

スリメラカを出て、まだ一度も入ったことのない、アジアシティというショッピングセンターに行った。他のショッピングセンターとはちがって、悲しいほど閑古鳥が鳴いていた。スリメラカで満腹だし、糖分もとりすぎな気がするが、マグナムアイスを買って食べる。ずいぶん歩き回ったから許して。3.8リンギット、120円弱だから、森永のアイスとあまりかわらない。そういえば、何年か前にモルディブにラマザン時期(モルディブでは、ラマザンと言っていた)に行ったときには、漁民の島で、マグナムを「ラマザン割引」だといって、とても安く売ってくれたのを思い出した。マレーシアも、なんでもラマダン割引してくれればいいのに・・・。10分ほどでさびしいアジアシティをあとにして、空港側からみて、町のはじまりにあたる、ワワサンにある、スーパー、ジャイアントにゆく。やはりジャイアントや安い。そして、15時半ころ、プロムネードホテルにいったん戻った。

16時からは、ひさびさにカンダマン・スパにゆく。KKはどうせ夕方にかけて雨になるだろうな、と思って、雨がいちばん降りそうな時間帯にスパを予約しておいたのだ。案の定、ホテルを出る前には、キナバル山の方から暗雲が降りてきて、ツバメたちが低く飛んでいた。



スパにむかう車の中で、さっそく雨が来た。このスパは、リゾートホテルや町中ではなく、郊外のなにもないところにあるのがよい。スパに入ると、雷も激しく鳴り始めた。ひさびさのココナッツ・スクラブに、ここのカダザンスタイルのマッサージはきく。もともと、バリあたりよりも、強めのプレッシャーだが、さらに強くしてもらったので、よくきいた。



カンダマンスパを出た頃には、雨もあがっていた。スパからの帰りは、スパで働くローカルのカップルがKKまで送ってくれた。男性の方は、日本のサムライに興味があり、日本製の模造刀を日本に買いに行きたいと言っていた。マレーシア製のは、模造刀に使う金属がダメで、日本のがいいんだそうだ。みんないろんな趣味があるもんだ。KKプラザ横でおろしてとたのんだら、ふたりに「ドリアンが食べたいのね」と言われた。たしかに、KKプラザ横には、シーズンには、ドリアンを山ほど積んだ軽トラがいつも止まっている。ドリアンも食べたいけど、2切れくらいでじゅうぶん。KKプラザへ行くのは、まだあきらめていなかったカットのため。KKプラザのサロンも、どこも混んでいて、床は髪の毛だらけ。日本では、すぐに掃除するから、こんな光景はありえない。とにかくハリラヤ前の大繁盛で、掃除する暇もないようだ。スパでシャワーしたばかりだったので、シャンプーはいらない、早くしてほしいということと、何センチカットしてよいかと、だいたいのイメージを伝えると、「サジェストしながら切る」と言ってたわりには、自分の好きなように切っていた。どっちみち、伸びていたときよりは、ましだから、よしとしよう。

そのあとは、早めに佑記でバクテを食べた。いつもどおり、とてもおいしい。



本当は、そのあとビールを飲んで、夜食にミバサを食べようという野望があったが、さすがにミバサはやめておいた。こうして暴飲暴食で、短いKKの一晩はふけていったのだった。でも、半日じゃ食べきれない、コタキナバルだ。

シルバーウィークはシパダン~どうでもいい成田→シンガポール編

2009-09-17 07:59:03 |  旅行
9月の5連休を利用してシパダンへゆこうとセレベス・エクスプローラーを予約したのは、もう11ヶ月も前のこと。そしていつの間にか、この5連休はシルバーウィークと呼ばれるようになっていた。9月18日乗船、23日下船の日程で、船だけ早くに押さえて安心した私が、フライトの予約をたのんだのは6月になってから。当然のことながらキャンセル待ち。9月17日のマレーシア航空(MH)KK直行便と、9月16日夕刻発シンガポール航空(SQ)のシンガポールのりつぎパターンでキャンセル待ちをかけ、お盆にSQが、8月のおわりにMHがようやくとれてきた。当初はMHの直行便が取れ次第、それで確定と思っていたが、KKでの滞在時間を少しでも長くしたいとか、SQのエリートステータスに目がくらんだりとか、マイレージ加算率への欲がからんだりとかで、往路は効率がえらく悪いが、あえて遠回りなシンガポール乗り継ぎを選んだ。こんな予約の経緯や道中のことなんて、どうでもいいことなんだけれど、トランジットのつれづれで、ついつい書いてしまう。

出発48時間前に、インターネットチェックインをしておいたが、成田に着くと、SQのインターネットチェックインのカウンターには、4~5組が並んでいた。みんなチェックインずみで荷物を預けるだけなのに、列はなかなかすすまず、通常のカウンターとスピードの違いが感じられない。長く待っていると、よけいなことにばかりに目がいってしまう。私の前に並んでいた、足首にタトゥーのある(シールかも)すかした日本人女性が、列がすすむと、すかしてるわりには、まだそんなに汚れていないヴィトンのキーポルを、足で前に押しやっていた。最初は、ヴィトンをヴィトンと思わぬ扱いに共感すらしたが、そのうち、一人減るたびごとに、足蹴にする姿をみたら、なんだかこっちが恥ずかしくなってきた。その前には4人家族がいて、まだベビーカーを借りる小さな子どもが、どうしても列におさまっていてくれず、すぐに逃走、連れ戻しを繰り返していた。これは旅行先でもきっとたいへんだろうなあ。あとはANAのスタッフのユニフォームって、襟をたて、スカーフ巻きで首が短く見えるけど、もうちょっとすっきりしたデザインにならないのかな、なんてあれこれ心の中で、人々につっこみを入れながら待つ。やっとバッグを預ける順が来ると、カウンターのスタッフは慣れていそうな人で、対応もまともだったが、やはり時間がかかった。今回は、インターネットチェックインは、事前座席指定以外、あまり恩恵が感じられなかった。

インターネットチェックインの時点で、座席は、後方3列からしか選べなくなっていたので予想はしていたが、機内は満席。通路側希望のメッセージを入れていたが、窓側しかとれなかった。ただジャンボ機は、後方の4~5列は機体がすぼまっていることから、通常は3-4-3の配列が、後方では2-4-2で、窓側の列にはけっこうスペースが空くので悪くはない。お隣には、ちょっとメタボな典型的シンガポリアンがやってきた。すごくヤニ臭かったので、相当なヘビースモーカーだろう。

SQ11便 成田19:10発 シンガポール01:15着。
さっさとドアクローズになったが、離発着で混んでおり、なかなか出発できない。航空業界は不振で、どこも減便してるっていうのに、この時間帯は万年こんな感じだ。もっと定時発がめざせる空のダイヤをくめないのかな。滑走路手前で、延々と待ちぼうけ、しばらくは格納庫を楽しくながめていた。ジャンボ機が2機向かい合いに駐機されているのは、はっけよいな感じで楽しい。最近は、ごく普通の女子の間で鉄子なる鉄道マニアがふえているらしい。私は鉄道よりヒコーキの方が好きだ。でも、マニアになるほどの執着はなく、格納庫ウォッチもいいかげん飽きてしまった。機内のマガジンラックから「おいしいイタリア」特集にひかれてフィガロを取ってきてあったが、これからKKやタワウでおいしいものを食べられるだけ食べようと思っている私にとって、イタリアのおいしい食事の話は現実味がわかず、この手の女性誌はインクが臭いので、パラパラとめくっただけで閉じてしまった。結局、テイクオフできたのは20:06だった。遅い。

水平飛行に移ると、ドリンクのサービスだ。最初からひとりひとりに何がよいかたずねてサービスしてくれた。お隣さんも私もTiger。ドリンクサービス後、まもなく機体は気流の悪いところを通過となり、ついだTigerがあふれるほど揺れてくれた。そういえば、マリアナの方に台風があったがどうなってるんだろう、なんて思いながら、Tigerがこぼれるので、あっという間にごくごく飲んでしまった。私は機内での飲酒だとすぐにまわってくるのだが、きょうはごくごく飲みにもかかわらず、まったくまわってこない。

エコノミークラスのメニューは、チキンと照り焼きハンバーグのチョイスだったが、あらかじめシーフードミールをリクエストしておいた。



白身魚のクリームソースあえと、フェトチーネ、温野菜。可もなく不可もなく。ボリュームも、従来のミールに比べて少なく腹八分目な感じ。スペシャルミールだからかな、と思ったが、おとなりさんのチキンも、トレイ構成は似たようなものだった。残す人が多いし、経費節減だろうか。ヴェジタリアンミールなど、健康や宗教上のスペシャルミールをオーダーした人には、SQはデザートのアイスクリームをくれないが、シーフードミールにはくれた。アイスも、前はハーゲンダッツやフォーションだったものが、今は、ノーブランドになっていた。やっぱり経費節減だ。食事がすむと、機内エンターティンメントから、アンディ・ガルシア主演の「City Island」という映画を見た。ニューヨークのブロンクスにある漁村にすむ一家族のお話で、家族のおのおのが秘密をかかえている。アンディ・ガルシアが演じる刑務所の看守である主人公は、ひそかに俳優を志し、家族に内緒で週一で演劇学校に通っている。妻は、そんな夫の演劇学校にいっての不在を浮気だと思っている。カレッジに通っているはずの娘は、ストリッパーをやっており、息子は、デブ専サイトのWebカメラばかりを見ている。そこに主人公が刑務所から連れて来たトニーという若者が入り込み・・・それから繰り広げられるこの一家族の人間模様コメディなのだ。なんといっても、トニー役のスティーブン・ストレートが超かっこよかったので、それだけで満足。次に「スタートレック」を見はじめたが、こういうのは劇場で見ないとね、と思っているうちに眠ってしまった。

シンガポールに着くと、おとなりのヤニくさいシンガポリアンは、オーバーヘッド・コンパートメントから、ヨドバシの大きなバッグをとりだした。中には、「どらえもん日本旅行ゲーム」が見えていた。なごむ。愛する家族のためにも、タバコ、減らしましょうよ、と言ってあげたいところだった。

いつもながら、冷え冷えのチャンギ国際空港。いつもは翌朝の出発にそなえてターミナル2に移動するが、きょうは、朝が来るまできれいなターミナル3で時間をつぶすことにした。人影もまばらな、深夜のターミナル3。免税店も、2割程度しか開いていない。トイレもほとんど清掃中で使えるところが少ない。だって、「Caution Wet Floor」のサインがあるところでも、普段は入れるが、本当に、床は水浸し、あわ立てて掃除しているのだもの。



本屋で立ち読みを少ししたが、9月は仕事が忙しく、深夜残業も多かったので、まずは眠らないと。適当な寝場所をさがすと、ターミナル3には、なんて都合のよいスペースがあるのでしょう!



長袖でも寒い。荷物を抱きかかえたまま、どろどろした感じで数時間横になる。それでも、けっこう楽になるものだ。