2012/08/05
ぽかぽか春庭ことばのYa!ちまた>女性と災厄(1)女はたたかい続ける
第30回目のオリンピックがロンドンで開催されています。
わが家、開会式は録画で見たのですが、ほとんどの競技をライブで見ています。ライブじゃなければダメなんです。私がロンドン方向へ送る念によって、勝敗が決まってしまうので、、、、、。
北島が個人種目でメダルに届かなかったのも、彼はせいいっぱい闘ったのに、私の送る念が、4時起きの眠気のために弱かったから、、、、、、北島はよくやった!
アーチェリー古川選手とバドミントンのフジカキ。準決勝はライブで見たから勝てたけれど、決勝は録画にしたので、銀でした。銀でもうれしいけどね。藤井瑞希選手と垣岩令佳選手、上位ランキングダブルス失格というラッキーも手伝ってのことだったけれど、よくがんばりました。ごめんね、決勝ライブで念をおくれなくて。眠かったので。
娘と息子は中学高校で水泳部の選手だったので、競泳種目は予選からすべてライブ応援。朝の4時頃、「母、北島200の予選だよ」とか「入江の決勝が始まるよ」と、起こしてくれるので、いっしょに応援しています。(水泳選手だったと言っても、その実力のほどは、区大会では優勝したけれど、辰巳プールの都大会では予選落ち、といったところでしたから、オリンピック選手のすごさを、肌身で感じられるようです)
女性競泳も、鈴木選手や寺川選手の活躍に胸躍りました。8月5日未明、競泳最後の日には、男子メドレーリレー銀メダルと共に、女子メドレーリレーも3位銅メダルとなり、大喜びで応援を終えることができました。
人が挑戦する姿の美しさを味わい、努力を続けてその道の第一人者となるまでの軌跡の力強さに励まされながら、観戦をつづけています。
より強くより高くより速く、人より勝っている身体能力を見せる場として、古代オリンピアを真似た競技会が開かれたのが、1896年ギリシャのアテネ大会。
オリンピックは、当初から近代国家発揚の場ともなりました。現在でも、「日本は、金メダル争いで、他国に負けている」など、「国と国との代理戦争」のように勝利を争うことを前面に出したい人々も多い。
オリンピック競技開催の上で、1回目とそれ以降に参加種目などは違いはあるものの、多くは踏襲されています。しかし、第1回目が、現在とまったく異なる点がひとつあります。第1回目の出場選手には、女性がひとりもいません。近代オリンピックの提唱者クーベルタン男爵が、スポーツは男性のもの、という主張を曲げなかったからです。
第2回目のパリ大会では、ゴルフとテニスに12人の女性選手が参加。1066人の参加者中の12人ですから、1%ほどの女性参加率。以後、第3回セントルイス大会でアーチェリー、第4回ロンドン大会ではアーチェリー、フィギアスケート、テニス、第5回ストックホルム大会では、水泳、飛び込み、テニスと、男性側から見て「女性が優美に参加できる種目」が「女らしさを損なわない種目」として認められるようになりました。
第30回ロンドン大会がオリンピック史上画期的となったのは、女性参加のない競技がひとつもないこと。これまで女子種目がなかったボクシングにも女子が加わったことで、すべての種目での女性出場が可能になりました。また、イスラム教徒の女性が頭を覆うヒジャブの着用が認められたため、イスラム圏の国からの女性選手が柔道などにも参加できることになり、史上初めて、全団体に女性選手が出場する大会となりました。
逆に、シンクロナイズドスイミングと新体操で、男子出場がないのは残念。男子シンクロは、映画『ウォーターボーイズ』を見ても、とてもかっこよかったし、男子新体操は、国際大会があるのですから、オリンピック種目に加えて欲しいです。
筋肉の力の違いなどから、男女が混合で闘うのは、球技の混合ダブルスなどに限られるでしょう。でも、オリンピックで、男女がほぼ平等にスポーツができるようになったことは、現代において「女性がやって出来ないことはない」ことの証明のように思えます。(男性がやってできないことは、出産と母乳の授乳ですけれど)
いろいろな種目での女性選手の活躍に、心躍らせながら応援を続けています。
個人の活躍はうれしく、その活躍が「国威発揚の場」となることには抵抗を感じるほうなのですが、参加国の中、ふるさとの名を負うことのできない選手もいたことを知ると、「国の名を背負っての参加」に対しても、複雑な思いがします。
コソボ出身のマイリンダ・ケルメンディ選手(21才)のニックネームは「コソボのヤワラちゃん」、とっても美人さんです。2009年世界ジュニア52kg級で優勝し、シニアになってからの世界ランキング7位の有力選手です。しかし、彼女はふるさとコソボの名のもとでの出場がゆるされませんでした。
ユーゴスラビアが、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6ヶ国に分裂独立した際、コソボは2008年に独立宣言をしました。しかし、独立が認められず、セルビアに所属する自治州とされました。現在に至っても、国連もオリンピック委員会もコソボ独立を承認しておらず、彼女は、コソボ代表としてはオリンピックに出場できません。
コソボからの出場ができないため、他の国から「我が国の選手として出場してくれれば、優遇する」という国籍変更を打診されたけれど、彼女は、いつかコソボが認められる日を待ち、自身の持つ二重国籍のうち、アルバニアの選手として女子柔道に出場しました。今回は、残念ながら2回戦の試合で、モーリシャスの選手に一本負けしましたが、まだ若いコソボのやわらちゃん、これからもがんばってほしいです。
マイリンダ・ケルメンディ選手
平和の祭典と言われるオリンピックでさえ、地上の争いの影響がそのまま出てしまうことをあらためて考えさせられた、ケルメンディ選手の国籍問題でした。
人類は、いつまで争いあうことをやめないのか。武力で争うことのない世界の象徴としてのオリンピックだったはずだけれど。
人類が二足歩行して大地に立って以来、様々な災厄と争いが、鋭い牙も爪も持たず頭に角もない、このか弱き哺乳類を襲ってきました。か弱き哺乳類は、牙も爪もないゆえ、二足歩行で空いた手に石くれやら棒やらを握りしめ、集団生活することによって生き延びてきました。
二足歩行をするようになって以来、子宮からするりと産み落とす機能が身体から失われ、生む性は出産前後の身の安全が保てなくなり、集団に守ってもらうことなしには子育てもできなくなりました。
出産の業がない男たちは、手に持った石くれや棒をつなぎ合わせて棍棒や槍や弓矢に変えて、己の力を見せつけることが、他者への威嚇にもなり、内の集団内でより多くの異性をひきつける魅力ともなりました。
一方、女は、よりか弱く、男を頼る風情を見せるほうがずっと生きやすいことを幼いころから学習して成長します。
男はより強く、他者に勝る一点を持つことがよりよい生き方に通じ、女は美しくあることかつ「守ってもらえる情態」を備えることが、より生き延びやすい生き方なのでした。
さまざまな災厄が女性の身にふりかかった中、女性はそのしなやかな思考と知恵で災厄をかいくぐってきました。
時代が変わり、今、女性は自らを守ることのできる社会を作り上げることもできるように思えます。これまでの、長い苦難の道のりを振り返り、過去の災厄の中に、女性がどのようにおかれてきたのかを知ることは、きっとこれからの女性のためにも意味のあることと思います。
今回のシリーズ、4本の映画、『父と暮らせば』『灼熱の魂』『サラの鍵』『やがて来たる者へ』の紹介です。
8月7日、BS・NHKから『父と暮らせば』が放映されます。ぜひごらんください。
<つづく>
ぽかぽか春庭ことばのYa!ちまた>女性と災厄(1)女はたたかい続ける
第30回目のオリンピックがロンドンで開催されています。
わが家、開会式は録画で見たのですが、ほとんどの競技をライブで見ています。ライブじゃなければダメなんです。私がロンドン方向へ送る念によって、勝敗が決まってしまうので、、、、、。
北島が個人種目でメダルに届かなかったのも、彼はせいいっぱい闘ったのに、私の送る念が、4時起きの眠気のために弱かったから、、、、、、北島はよくやった!
アーチェリー古川選手とバドミントンのフジカキ。準決勝はライブで見たから勝てたけれど、決勝は録画にしたので、銀でした。銀でもうれしいけどね。藤井瑞希選手と垣岩令佳選手、上位ランキングダブルス失格というラッキーも手伝ってのことだったけれど、よくがんばりました。ごめんね、決勝ライブで念をおくれなくて。眠かったので。
娘と息子は中学高校で水泳部の選手だったので、競泳種目は予選からすべてライブ応援。朝の4時頃、「母、北島200の予選だよ」とか「入江の決勝が始まるよ」と、起こしてくれるので、いっしょに応援しています。(水泳選手だったと言っても、その実力のほどは、区大会では優勝したけれど、辰巳プールの都大会では予選落ち、といったところでしたから、オリンピック選手のすごさを、肌身で感じられるようです)
女性競泳も、鈴木選手や寺川選手の活躍に胸躍りました。8月5日未明、競泳最後の日には、男子メドレーリレー銀メダルと共に、女子メドレーリレーも3位銅メダルとなり、大喜びで応援を終えることができました。
人が挑戦する姿の美しさを味わい、努力を続けてその道の第一人者となるまでの軌跡の力強さに励まされながら、観戦をつづけています。
より強くより高くより速く、人より勝っている身体能力を見せる場として、古代オリンピアを真似た競技会が開かれたのが、1896年ギリシャのアテネ大会。
オリンピックは、当初から近代国家発揚の場ともなりました。現在でも、「日本は、金メダル争いで、他国に負けている」など、「国と国との代理戦争」のように勝利を争うことを前面に出したい人々も多い。
オリンピック競技開催の上で、1回目とそれ以降に参加種目などは違いはあるものの、多くは踏襲されています。しかし、第1回目が、現在とまったく異なる点がひとつあります。第1回目の出場選手には、女性がひとりもいません。近代オリンピックの提唱者クーベルタン男爵が、スポーツは男性のもの、という主張を曲げなかったからです。
第2回目のパリ大会では、ゴルフとテニスに12人の女性選手が参加。1066人の参加者中の12人ですから、1%ほどの女性参加率。以後、第3回セントルイス大会でアーチェリー、第4回ロンドン大会ではアーチェリー、フィギアスケート、テニス、第5回ストックホルム大会では、水泳、飛び込み、テニスと、男性側から見て「女性が優美に参加できる種目」が「女らしさを損なわない種目」として認められるようになりました。
第30回ロンドン大会がオリンピック史上画期的となったのは、女性参加のない競技がひとつもないこと。これまで女子種目がなかったボクシングにも女子が加わったことで、すべての種目での女性出場が可能になりました。また、イスラム教徒の女性が頭を覆うヒジャブの着用が認められたため、イスラム圏の国からの女性選手が柔道などにも参加できることになり、史上初めて、全団体に女性選手が出場する大会となりました。
逆に、シンクロナイズドスイミングと新体操で、男子出場がないのは残念。男子シンクロは、映画『ウォーターボーイズ』を見ても、とてもかっこよかったし、男子新体操は、国際大会があるのですから、オリンピック種目に加えて欲しいです。
筋肉の力の違いなどから、男女が混合で闘うのは、球技の混合ダブルスなどに限られるでしょう。でも、オリンピックで、男女がほぼ平等にスポーツができるようになったことは、現代において「女性がやって出来ないことはない」ことの証明のように思えます。(男性がやってできないことは、出産と母乳の授乳ですけれど)
いろいろな種目での女性選手の活躍に、心躍らせながら応援を続けています。
個人の活躍はうれしく、その活躍が「国威発揚の場」となることには抵抗を感じるほうなのですが、参加国の中、ふるさとの名を負うことのできない選手もいたことを知ると、「国の名を背負っての参加」に対しても、複雑な思いがします。
コソボ出身のマイリンダ・ケルメンディ選手(21才)のニックネームは「コソボのヤワラちゃん」、とっても美人さんです。2009年世界ジュニア52kg級で優勝し、シニアになってからの世界ランキング7位の有力選手です。しかし、彼女はふるさとコソボの名のもとでの出場がゆるされませんでした。
ユーゴスラビアが、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6ヶ国に分裂独立した際、コソボは2008年に独立宣言をしました。しかし、独立が認められず、セルビアに所属する自治州とされました。現在に至っても、国連もオリンピック委員会もコソボ独立を承認しておらず、彼女は、コソボ代表としてはオリンピックに出場できません。
コソボからの出場ができないため、他の国から「我が国の選手として出場してくれれば、優遇する」という国籍変更を打診されたけれど、彼女は、いつかコソボが認められる日を待ち、自身の持つ二重国籍のうち、アルバニアの選手として女子柔道に出場しました。今回は、残念ながら2回戦の試合で、モーリシャスの選手に一本負けしましたが、まだ若いコソボのやわらちゃん、これからもがんばってほしいです。

平和の祭典と言われるオリンピックでさえ、地上の争いの影響がそのまま出てしまうことをあらためて考えさせられた、ケルメンディ選手の国籍問題でした。
人類は、いつまで争いあうことをやめないのか。武力で争うことのない世界の象徴としてのオリンピックだったはずだけれど。
人類が二足歩行して大地に立って以来、様々な災厄と争いが、鋭い牙も爪も持たず頭に角もない、このか弱き哺乳類を襲ってきました。か弱き哺乳類は、牙も爪もないゆえ、二足歩行で空いた手に石くれやら棒やらを握りしめ、集団生活することによって生き延びてきました。
二足歩行をするようになって以来、子宮からするりと産み落とす機能が身体から失われ、生む性は出産前後の身の安全が保てなくなり、集団に守ってもらうことなしには子育てもできなくなりました。
出産の業がない男たちは、手に持った石くれや棒をつなぎ合わせて棍棒や槍や弓矢に変えて、己の力を見せつけることが、他者への威嚇にもなり、内の集団内でより多くの異性をひきつける魅力ともなりました。
一方、女は、よりか弱く、男を頼る風情を見せるほうがずっと生きやすいことを幼いころから学習して成長します。
男はより強く、他者に勝る一点を持つことがよりよい生き方に通じ、女は美しくあることかつ「守ってもらえる情態」を備えることが、より生き延びやすい生き方なのでした。
さまざまな災厄が女性の身にふりかかった中、女性はそのしなやかな思考と知恵で災厄をかいくぐってきました。
時代が変わり、今、女性は自らを守ることのできる社会を作り上げることもできるように思えます。これまでの、長い苦難の道のりを振り返り、過去の災厄の中に、女性がどのようにおかれてきたのかを知ることは、きっとこれからの女性のためにも意味のあることと思います。
今回のシリーズ、4本の映画、『父と暮らせば』『灼熱の魂』『サラの鍵』『やがて来たる者へ』の紹介です。
8月7日、BS・NHKから『父と暮らせば』が放映されます。ぜひごらんください。
<つづく>