2012/08/16
ぽかぽか春庭ことばのYa!ちまた>女と災厄(9)ヒマワリ映画
監督、V・デ・シーカ。主演ソフィア・ローレンの名作『ひまわり』
広大な大地に広がり、咲き誇るひまわりの映像が圧倒的でした。
イタリア・ナポリに住んでいるジョヴァンナは、夫を待ち続けていました。ソ連の戦線に送られて以来、夫は戦後も行方不明のまま。
ジョヴァンナがやっと探し当てた夫は、シベリアの娘と幸せな結婚をしていました。
戦争によって引き裂かれた夫婦の愛。
ひまわりの花が美しければ美しいほど、戦争の残酷さが心にせまります。
1969年イタリア・アメリカ合作。107分。日本公開は、1970年。
キャスト:ソフィア・ローレン マルチェロ・マストロヤンニ リュドミラ・サベリーエワ
スタッフ 監督:ヴィットリオ・デ・シーカ 製作:カルロ・ポンティ/V・デ・シーカ
脚本:チェザーレ・ザヴァッティーニ/トニーノ・グエッラ/ゲオルギ・ムディバニ 撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ 音楽: ヘンリー・マンシーニ
ヘンリー・マンシーニの印象的な主題曲。映画冒頭オープニングタイトルのひまわり畑の映像を背景に。
http://www.youtube.com/watch?v=2O6-LLRdwmQ&feature=fvwrel
地平線まで広がる広大なひまわり畑のロケ地については諸説があり、スペインのひまわり畑という説や、ウクライナでのロケという説があります。
ビデオなどの解説では「モスクワのシェレメチェボ国際空港近くのひまわり畑」ということにされています。これは、映画の撮影当時、旧ソ連内での映画撮影は厳しく制限されており、外国人はモスクワから80km以上離れた場所での撮影活動はしてはいけない、という規制があったため、公式発表ではモスクワ近郊での撮影ということにされたのだそうです。
私は、映画の冒頭のひまわり畑に咲くのがどの種類かを調べたかったのですが、わかりません。ひまわりには百種類以上の種類があるので、どの種類かわかれば、ある程度ロケ地も推測できるのではないかと思うのですが。スペインのひまわりでもモスクワのひまわりでも、この映画が伝える「戦争でひきさかれる愛」という物語の進展がかわるわけではないのですが、、、、
もう1本、来年公開のヒマワリ映画を紹介します。
2013年1月公開予定の映画『ひまわり-沖縄は忘れないあの日の空を』
1959年、本土は4月に行われた「世紀のロイヤルウェディング」に沸き立ち、日本は復興したという喜びに沸いていました。
1959年6月。沖縄・宮森小学校に米軍ジェット機が炎上墜落しました。学童11名、近隣住民6名が死亡。後に事故の後遺症により、もう1名が死亡。
私は、4月の「ご成婚」大報道は覚えているのですが、6月の宮森小学校の惨事について、報道があったことすら覚えていません。1959年の沖縄は、遠かったのです。子どもだったとはいえ、この米軍機墜落事故が新聞に載ったのかどうかも知りませんでした。
今、「沖縄は遠い」と、言っていられる人は、自分がつらいのはいやだが、他者の痛みには平気、と言える人なのでしょう。
想像してみてください。我が子や孫が通う小学校に、いつ米軍の飛行機が落ちるか不安に思いながら「いってらっしゃい」と送り出す毎日であると。
事故率が他の飛行機に比べて格段に高いというオスプレイが、自分の家のすぐそばに配備されたとしたら、毎日安閑と暮らせるのかと。
他人は原発事故に怯えるのも基地の飛行機墜落に怯えるのも、我がことでないから平気、という人もいるでしょう。自分自身の安全が守られさえすれば、それでよい、という人もいることでしょう。私たちは、67年ものあいだ、他者の痛みには目をつぶり、自分たちが経済的に豊かな生活をおくることだけを望んできたのだから。
「自分が安全で快適な日常をすごすためには、他者が不安になろうと悲しい思いをしようとかまわない」と開き直れたら、もっと楽に生きられるのかも知れないけれど、私は他者を犠牲にして自分は安全圏にい続けようとするには、少々気が小さい人間みたいです。他者を犠牲にせず暮らせる世の中にしたいと思いつつ、自分の小ささを実感する毎日、とでもいいましょうか。
「基地あるかぎり、沖縄の悲しみは終わらない」というのが、この映画のキャッチコピーです。公開されたら、見にいかねば。
辺野古基地周辺に咲くひまわり
http://blog.goo.ne.jp/01080517/e/6fcd7b0ca362e8e9e1dbf6774b0c5723 より拝借
<おわり>
ぽかぽか春庭ことばのYa!ちまた>女と災厄(9)ヒマワリ映画
監督、V・デ・シーカ。主演ソフィア・ローレンの名作『ひまわり』
広大な大地に広がり、咲き誇るひまわりの映像が圧倒的でした。
イタリア・ナポリに住んでいるジョヴァンナは、夫を待ち続けていました。ソ連の戦線に送られて以来、夫は戦後も行方不明のまま。
ジョヴァンナがやっと探し当てた夫は、シベリアの娘と幸せな結婚をしていました。
戦争によって引き裂かれた夫婦の愛。
ひまわりの花が美しければ美しいほど、戦争の残酷さが心にせまります。
1969年イタリア・アメリカ合作。107分。日本公開は、1970年。
キャスト:ソフィア・ローレン マルチェロ・マストロヤンニ リュドミラ・サベリーエワ
スタッフ 監督:ヴィットリオ・デ・シーカ 製作:カルロ・ポンティ/V・デ・シーカ
脚本:チェザーレ・ザヴァッティーニ/トニーノ・グエッラ/ゲオルギ・ムディバニ 撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ 音楽: ヘンリー・マンシーニ
ヘンリー・マンシーニの印象的な主題曲。映画冒頭オープニングタイトルのひまわり畑の映像を背景に。
http://www.youtube.com/watch?v=2O6-LLRdwmQ&feature=fvwrel
地平線まで広がる広大なひまわり畑のロケ地については諸説があり、スペインのひまわり畑という説や、ウクライナでのロケという説があります。
ビデオなどの解説では「モスクワのシェレメチェボ国際空港近くのひまわり畑」ということにされています。これは、映画の撮影当時、旧ソ連内での映画撮影は厳しく制限されており、外国人はモスクワから80km以上離れた場所での撮影活動はしてはいけない、という規制があったため、公式発表ではモスクワ近郊での撮影ということにされたのだそうです。
私は、映画の冒頭のひまわり畑に咲くのがどの種類かを調べたかったのですが、わかりません。ひまわりには百種類以上の種類があるので、どの種類かわかれば、ある程度ロケ地も推測できるのではないかと思うのですが。スペインのひまわりでもモスクワのひまわりでも、この映画が伝える「戦争でひきさかれる愛」という物語の進展がかわるわけではないのですが、、、、
もう1本、来年公開のヒマワリ映画を紹介します。
2013年1月公開予定の映画『ひまわり-沖縄は忘れないあの日の空を』
1959年、本土は4月に行われた「世紀のロイヤルウェディング」に沸き立ち、日本は復興したという喜びに沸いていました。
1959年6月。沖縄・宮森小学校に米軍ジェット機が炎上墜落しました。学童11名、近隣住民6名が死亡。後に事故の後遺症により、もう1名が死亡。
私は、4月の「ご成婚」大報道は覚えているのですが、6月の宮森小学校の惨事について、報道があったことすら覚えていません。1959年の沖縄は、遠かったのです。子どもだったとはいえ、この米軍機墜落事故が新聞に載ったのかどうかも知りませんでした。
今、「沖縄は遠い」と、言っていられる人は、自分がつらいのはいやだが、他者の痛みには平気、と言える人なのでしょう。
想像してみてください。我が子や孫が通う小学校に、いつ米軍の飛行機が落ちるか不安に思いながら「いってらっしゃい」と送り出す毎日であると。
事故率が他の飛行機に比べて格段に高いというオスプレイが、自分の家のすぐそばに配備されたとしたら、毎日安閑と暮らせるのかと。
他人は原発事故に怯えるのも基地の飛行機墜落に怯えるのも、我がことでないから平気、という人もいるでしょう。自分自身の安全が守られさえすれば、それでよい、という人もいることでしょう。私たちは、67年ものあいだ、他者の痛みには目をつぶり、自分たちが経済的に豊かな生活をおくることだけを望んできたのだから。
「自分が安全で快適な日常をすごすためには、他者が不安になろうと悲しい思いをしようとかまわない」と開き直れたら、もっと楽に生きられるのかも知れないけれど、私は他者を犠牲にして自分は安全圏にい続けようとするには、少々気が小さい人間みたいです。他者を犠牲にせず暮らせる世の中にしたいと思いつつ、自分の小ささを実感する毎日、とでもいいましょうか。
「基地あるかぎり、沖縄の悲しみは終わらない」というのが、この映画のキャッチコピーです。公開されたら、見にいかねば。
辺野古基地周辺に咲くひまわり
http://blog.goo.ne.jp/01080517/e/6fcd7b0ca362e8e9e1dbf6774b0c5723 より拝借
<おわり>