シャルル・ド・ラ・フォッセ(LA FOSSE, Charles de 1636-1716 フランス)
ひまわりに変身するクリュティエ
2012/08/26
ぽかぽか春庭ことばのYa!ちまた>ひまわり蘊蓄(7)ギリシャ神話のヒマワリ
ヒマワリの学名Helianthus annuus(ラテン語)の語源は、ギリシャ語で 「helios(太陽)+ anthos(花)」です。
古代ギリシャで、「太陽の花」と呼ばれていたのは、現在私たちが知るヒマワリではありません。ヒマワリがヨーロッパに伝わったのは、大航海後アメリカ大陸上陸以後の出来事であり、古代ギリシャには「ヒマワリ」は存在しなかったからです。
ギリシャ神話の中の「太陽の花」は、向日性の植物として知られていた地中海沿岸に自生する草本のヘリオトロープまたは、マリーゴールド(キンセンカ)だろうと言われています。キンセンカも向日性を持ち、茎が若いときは、日中、太陽の方向に花を向けて回ることがあるからです。
しかし、上の ド・ラ・フォッセが「大陽の花に変身するクリュティエ」を描いた頃には、「大陽の花」と言えば、ひまわりを指すくらい、ヒマワリはヨーロッパに広がっていました。
ギリシャ神話「大陽の花」 クリュティエ(Clytie)の物語(オウィディウス Ovidius 『変身物語』より。再話:春庭)
オリンポスの山のギリシャの神々のなかでも、一段とりりしく美しい太陽の神アポロン。アポロンにあこがれる女神や妖精は大勢おりました。
水の精クリュティエもそのひとり。太陽神アポロン(Apollon)に恋いこがれ、アポロンをひととき抱きしめることができたのです。しかし、アポロンは、クリュティエを恋人とすることにすぐに飽きてしまい、新しい美女を求めて、空を走っていきました。
光の馬車を駆って大空を駆け抜けていったアポロンが、オリンポスから遠く離れたペルシャの地にさしかかると、地上にオリンポスの女神もかなわない美しい乙女を見いだしました。
その乙女の名は、レウコトエ。ペルシャの国を支配するオルカモス王と絶世の美女エウリュノメ妃との間に生まれた姫です。
オルカモス王は、行く末は、レウコトエによい婿をめあわせ、ペルシャの国に役立たせようと、厳しくレウコトエを育てていました。レウコトエは、母親エイリュノメ以上の美しい娘に育ちました。
アポロンはたちまちレウコトエに心を奪われ、レウコトエだけを見つめるようになりました。世界を照らすべき仕事も忘れて、一人の乙女にまなざしを向け、レウコトエを早く見たいばかりに日の出の時間より早く東の空に昇ってしまったり、レウコトエに見とれていて西の空に沈むのを忘れたり。
レウコトエが見つからなかったときなど、落胆のあまり月の影に隠れてしまい、地上を照らすことさえおろそかになってしまったほどでした。
一日の仕事をおえたアポロンが、西のはての空の下の牧場に、太陽神馬を放ちおえました。馬たちが一日の疲れを癒し、次の朝を照らす備えをしている夜の間に、アポロンは母親エウリュノメの姿に変身し、レウコトエの部屋に忍び込みました。
糸つむぎをしていたレウコトエは、部屋に入ってきた母親が「ふたりだけにしておくれ」というので、おつきの召使いを、部屋から出しました。
変身したアポロンであるとも知らず、母のことばを待つレウコトエに、突然男の声が聞こえました。
「世界の眼である私が、おまえを好きになったのだ」
思いがけない恋の言葉に、レウコトエは驚きおそれました。
しかし、アポロンが本来の姿にもどると、レウコトエは、太陽神のまばゆい輝きと美しさに心奪われ、夜のとばりの奥への誘いを受け入れたのでした。
ことの次第に気づいたクリュティエは、深く苦しみました。
おさえられぬ嫉妬心と恋仇への怒りから、クリュティエは、オリンポスの神とペルシャの乙女レウコトエの許しがたい仲を、ペルシャ王オルカモスに言いつけました。
気性の荒い父オルカモスは、クリュティエの密告を聞くと怒り狂いました。
父の定めた男以外とちぎるとは、すなわち父王の権威をないがしろにすることです。たとえ愛する娘であっても許すことはできません。
母のとりなしもかなわず、レウコトエは、深い穴に入れられ、頭から下を埋められてしまいました。
アポロンは、何とか助け出そうとしましたが、レウコトエは土の重みで衰弱していきました。アポロンは、レウコトエに神酒ネクタル(ネクターという飲み物の語源)を注いでやりました。
すると、彼女の体は、一本の乳香の木に変わってしまいました。
悲しみに沈んだアポロンは、クリュティエの弁解も聞かぬまま、彼女から離れていってしまいました。
クリュティエは、アポロンを取り戻すどころか、すっかり嫌われてしまったのです。
哀れなクリュティエは、届かぬ恋の思いにすっかりやつれ、9日間、空の下、夜も昼も地面に立ちつくしました。
食べることも忘れ、雨露と自分の流す涙を飲み干すのみでした。
やせ細ったクリュティエは、ただ空を仰ぎ、そこを通るアポロンの顔を見つめてそちらへ自分の顔を向けるだけ。
ついに身体は土に吸われ、クリュティエの体は、血の失せた草木に変わってしまいました。そしてクリュティエの顔は一輪の花と化したのです。
それが太陽の花Helianthusです。
<つづく>
ひまわりに変身するクリュティエ
2012/08/26
ぽかぽか春庭ことばのYa!ちまた>ひまわり蘊蓄(7)ギリシャ神話のヒマワリ
ヒマワリの学名Helianthus annuus(ラテン語)の語源は、ギリシャ語で 「helios(太陽)+ anthos(花)」です。
古代ギリシャで、「太陽の花」と呼ばれていたのは、現在私たちが知るヒマワリではありません。ヒマワリがヨーロッパに伝わったのは、大航海後アメリカ大陸上陸以後の出来事であり、古代ギリシャには「ヒマワリ」は存在しなかったからです。
ギリシャ神話の中の「太陽の花」は、向日性の植物として知られていた地中海沿岸に自生する草本のヘリオトロープまたは、マリーゴールド(キンセンカ)だろうと言われています。キンセンカも向日性を持ち、茎が若いときは、日中、太陽の方向に花を向けて回ることがあるからです。
しかし、上の ド・ラ・フォッセが「大陽の花に変身するクリュティエ」を描いた頃には、「大陽の花」と言えば、ひまわりを指すくらい、ヒマワリはヨーロッパに広がっていました。
ギリシャ神話「大陽の花」 クリュティエ(Clytie)の物語(オウィディウス Ovidius 『変身物語』より。再話:春庭)
オリンポスの山のギリシャの神々のなかでも、一段とりりしく美しい太陽の神アポロン。アポロンにあこがれる女神や妖精は大勢おりました。
水の精クリュティエもそのひとり。太陽神アポロン(Apollon)に恋いこがれ、アポロンをひととき抱きしめることができたのです。しかし、アポロンは、クリュティエを恋人とすることにすぐに飽きてしまい、新しい美女を求めて、空を走っていきました。
光の馬車を駆って大空を駆け抜けていったアポロンが、オリンポスから遠く離れたペルシャの地にさしかかると、地上にオリンポスの女神もかなわない美しい乙女を見いだしました。
その乙女の名は、レウコトエ。ペルシャの国を支配するオルカモス王と絶世の美女エウリュノメ妃との間に生まれた姫です。
オルカモス王は、行く末は、レウコトエによい婿をめあわせ、ペルシャの国に役立たせようと、厳しくレウコトエを育てていました。レウコトエは、母親エイリュノメ以上の美しい娘に育ちました。
アポロンはたちまちレウコトエに心を奪われ、レウコトエだけを見つめるようになりました。世界を照らすべき仕事も忘れて、一人の乙女にまなざしを向け、レウコトエを早く見たいばかりに日の出の時間より早く東の空に昇ってしまったり、レウコトエに見とれていて西の空に沈むのを忘れたり。
レウコトエが見つからなかったときなど、落胆のあまり月の影に隠れてしまい、地上を照らすことさえおろそかになってしまったほどでした。
一日の仕事をおえたアポロンが、西のはての空の下の牧場に、太陽神馬を放ちおえました。馬たちが一日の疲れを癒し、次の朝を照らす備えをしている夜の間に、アポロンは母親エウリュノメの姿に変身し、レウコトエの部屋に忍び込みました。
糸つむぎをしていたレウコトエは、部屋に入ってきた母親が「ふたりだけにしておくれ」というので、おつきの召使いを、部屋から出しました。
変身したアポロンであるとも知らず、母のことばを待つレウコトエに、突然男の声が聞こえました。
「世界の眼である私が、おまえを好きになったのだ」
思いがけない恋の言葉に、レウコトエは驚きおそれました。
しかし、アポロンが本来の姿にもどると、レウコトエは、太陽神のまばゆい輝きと美しさに心奪われ、夜のとばりの奥への誘いを受け入れたのでした。
ことの次第に気づいたクリュティエは、深く苦しみました。
おさえられぬ嫉妬心と恋仇への怒りから、クリュティエは、オリンポスの神とペルシャの乙女レウコトエの許しがたい仲を、ペルシャ王オルカモスに言いつけました。
気性の荒い父オルカモスは、クリュティエの密告を聞くと怒り狂いました。
父の定めた男以外とちぎるとは、すなわち父王の権威をないがしろにすることです。たとえ愛する娘であっても許すことはできません。
母のとりなしもかなわず、レウコトエは、深い穴に入れられ、頭から下を埋められてしまいました。
アポロンは、何とか助け出そうとしましたが、レウコトエは土の重みで衰弱していきました。アポロンは、レウコトエに神酒ネクタル(ネクターという飲み物の語源)を注いでやりました。
すると、彼女の体は、一本の乳香の木に変わってしまいました。
悲しみに沈んだアポロンは、クリュティエの弁解も聞かぬまま、彼女から離れていってしまいました。
クリュティエは、アポロンを取り戻すどころか、すっかり嫌われてしまったのです。
哀れなクリュティエは、届かぬ恋の思いにすっかりやつれ、9日間、空の下、夜も昼も地面に立ちつくしました。
食べることも忘れ、雨露と自分の流す涙を飲み干すのみでした。
やせ細ったクリュティエは、ただ空を仰ぎ、そこを通るアポロンの顔を見つめてそちらへ自分の顔を向けるだけ。
ついに身体は土に吸われ、クリュティエの体は、血の失せた草木に変わってしまいました。そしてクリュティエの顔は一輪の花と化したのです。
それが太陽の花Helianthusです。
<つづく>