小山1丁目は、東久留米市役所の北約1kmのところ
「東久留米市役所前」信号を北北西へ「本町ふれあい通り」です
約200mで丁字路信号を左(西南西)へ、約150mで「南沢交番前」信号を右(北)へ
約300mで黒目川を曲橋で左岸(北側)に渡ると間も無く大圓寺山門が見えて来ます
大圓寺の東側の通りを北へ進みます

間も無く鳥居が見えて来ます
鳥居脇のケヤキと石段中段のウラジロガシを見て
更に石段を上がります

右側境内に手水舎です

左側境内には大きな切り株です

幹が切り倒されています、東久留米の名木百選No.62シラカシの切株です

拝殿です

説明版です
子ノ神社略記
1、鎮座地 東京都東久留米市小山1丁目14番25号
2、祭神 大国主命
3、例祭 祈年祭 2月20日
例大祭 10月 2日
新嘗祭 11月20日
4、境内地 2323㎡(704坪)
5、由緒
当社は小山村の鎮守にして、文録元年(1592)8月、領主矢部藤九郎により本地仏は地蔵の勧請と伝えられ、除地1町5段(4500坪)を有し、社地には槻・杉雑樹など繁茂していたといわれる。
拝殿は、文政元年(1818)10月建立し、後明治4年(1871)8月、明治42年(1909)5月等数回に亘り修築がなされた。
神社名はもと「根神明神」と称したが、後世にいたり十二支の子を用い「子ノ神社」と変更された。子は大黒天の神使であり、縁日を甲子祭として子の日を選ぶなどの故事から習合されたものと思われる。
祭神大国主命は出雲大社の祭神と同一神にして国土開発の神であると共に、縁結び・子孫繫栄・五穀豊穣の神とされている。
創立者矢部氏は相模三浦氏の子孫で、小田原北条氏に仕えていたが、徳川時代の初め、300石を賜り小山村の地頭となった。神社の西方畑地にその屋敷跡があったという。後、寛文5年(1665)2月死去し江戸牛込多聞院に葬られたといわれている。
氏子によって奉納される神田流の「おはやし」は、昭和42年3月市の無形文化財に指定されている。
6、境内末社
(1)稲荷神社
保食神を祀り玄和年間(江戸初期)字稲荷山(当村南方)、字西原(当村西方)、字大堂(当村北方)にそれぞれ創立された3社は、明治11年(1878)8月境内末社として合祀された。
毎年2月初午を祭日とする。
(2)津島神社
牛頭天王を祀り毎年7月27日を祭日とする。
昭和55年10月2日
子ノ神社
*白く塗られているところには落書きのイタヅラが有るようです


本殿覆い屋です



本殿西側に目的のムクロジです



北側から

「東久留の米名木百選No.88ムクロジ」のプレートです



西側から



南西側から見上げました

拝殿東側に津島神社と稲荷神社です
では、次へ行きましょう
「東久留米市役所前」信号を北北西へ「本町ふれあい通り」です
約200mで丁字路信号を左(西南西)へ、約150mで「南沢交番前」信号を右(北)へ
約300mで黒目川を曲橋で左岸(北側)に渡ると間も無く大圓寺山門が見えて来ます
大圓寺の東側の通りを北へ進みます

間も無く鳥居が見えて来ます

鳥居脇のケヤキと石段中段のウラジロガシを見て
更に石段を上がります


右側境内に手水舎です


左側境内には大きな切り株です


幹が切り倒されています、東久留米の名木百選No.62シラカシの切株です


拝殿です


説明版です
子ノ神社略記
1、鎮座地 東京都東久留米市小山1丁目14番25号
2、祭神 大国主命
3、例祭 祈年祭 2月20日
例大祭 10月 2日
新嘗祭 11月20日
4、境内地 2323㎡(704坪)
5、由緒
当社は小山村の鎮守にして、文録元年(1592)8月、領主矢部藤九郎により本地仏は地蔵の勧請と伝えられ、除地1町5段(4500坪)を有し、社地には槻・杉雑樹など繁茂していたといわれる。
拝殿は、文政元年(1818)10月建立し、後明治4年(1871)8月、明治42年(1909)5月等数回に亘り修築がなされた。
神社名はもと「根神明神」と称したが、後世にいたり十二支の子を用い「子ノ神社」と変更された。子は大黒天の神使であり、縁日を甲子祭として子の日を選ぶなどの故事から習合されたものと思われる。
祭神大国主命は出雲大社の祭神と同一神にして国土開発の神であると共に、縁結び・子孫繫栄・五穀豊穣の神とされている。
創立者矢部氏は相模三浦氏の子孫で、小田原北条氏に仕えていたが、徳川時代の初め、300石を賜り小山村の地頭となった。神社の西方畑地にその屋敷跡があったという。後、寛文5年(1665)2月死去し江戸牛込多聞院に葬られたといわれている。
氏子によって奉納される神田流の「おはやし」は、昭和42年3月市の無形文化財に指定されている。
6、境内末社
(1)稲荷神社
保食神を祀り玄和年間(江戸初期)字稲荷山(当村南方)、字西原(当村西方)、字大堂(当村北方)にそれぞれ創立された3社は、明治11年(1878)8月境内末社として合祀された。
毎年2月初午を祭日とする。
(2)津島神社
牛頭天王を祀り毎年7月27日を祭日とする。
昭和55年10月2日
子ノ神社
*白く塗られているところには落書きのイタヅラが有るようです


本殿覆い屋です




本殿西側に目的のムクロジです




北側から


「東久留の米名木百選No.88ムクロジ」のプレートです




西側から




南西側から見上げました


拝殿東側に津島神社と稲荷神社です

では、次へ行きましょう
