ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

岩手県奥州市、胆沢小山「前大畑のスギ(市指定)と峠のトウゲザサ群落」です!!

2024-10-01 18:40:45 | 巨樹・大木
 胆沢小山前大畑地区は、奥州市役所の南南西約7km、奥州市役所胆沢総合支所の南東約3kmのところ

 奥州市役所胆沢総合支所の西側の県道176号線を南へ進みます

 道成に3.5kmで「大畑振興会館」前で右(南)へ

 右手の住宅の敷地内に大きなスギが見えました


 住宅の西側に天然記念物標柱です、市のホームぺーにには「県下でも上位30位に値する巨木です。スギの巨木は神社仏閣境内に多く見られますが、個人の屋敷地内の巨木は少なく、江戸時代の屋敷林のありかたを示すものとして貴重です。
 幹径1.4m(幹囲4.4m)、樹高35m です。


 南西側から

 住宅の北側に大きな樹冠を見ることが出来ました

 北西側道路からスギのある屋敷林を見ました

 大畑地区から西北西に約1km戻って、県道236号線の「奥州市 胆沢区胆沢勤労者青少年ホーム」の北東側交差点を北へ入ります

 間も無く右手に説明版が見えて来ます

 道路脇に車を止めて、説明版を撮影しました
   中央地区のお宝 その3
     トウゲザサ
 トウゲザサは峠集落から発見されたもので、アズマザサに属します。
 その特徴は
 ・一節から2~3本枝が出ている。
 ・丈が高い。
 ・葉や節間などには毛がまったくない。
 1929年(昭和4年)牧野富太郎博士によりトウゲザサとして発見されました。
 トウゲザサは年々数が減少しており、今後の保護が大切になっております。
     2002年3月  中央地区コミュニティ振興協議会
 市のホームページには
  峠のトウゲダケ群落
     指定年月日 平成元年12月26日
トウゲダケは、地元では別名のトウゲザサの名で呼ばれ、アズマザサ属に分類されます。
 1928年ごろ佐々木喜一氏によって発見され、盛岡高等農林学校の内田繁太郎教授が牧野富太郎博士に示し、1929 年に発されました。
 本群落はトウゲダケの基準産地であり、貴重です。面積267.78㎡。
   と、記載されています。

 道路右手の藪の中に背の高いササが目立ちます

 もう一枚

 では、次へ行きましょう

 2024・9・11・13・20
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岩手県奥州市、水沢日高小路「日高神社」(重要文化財)です!!

2024-10-01 13:59:00 | 文化財・寺社
 水沢日高小路地区は、奥州市役所の南西約500mのところです

 奥州市役所東側の大手通りを南へ進みます、約300mの「武家屋敷駐車場」の直ぐ先を右(西)へ

 約500mで日高神社境内です

 北側に広い駐車場が有ります

 日高神社社號標です

 由緒書きです
   御由緒
 當社は未の妙見宮と尊崇之国土鎮護の神とす祭神は、天御中主大神を主神として7神を合祀す。
 人皇第52代 嵯峨帝 弘仁元年(810)奥州三所の一つとして勧請せらる。
 第70代 後冷泉帝 天喜年中(1053~1058)源頼義、義家親子、勅令を奉じて安倍貞任、同宗任を當地にて討つ決戦するや、俄かに浦然たる豪雨の為に陽光覆はれ、雌雄を決せんとするも日没の如くにして相見ゆること能はず、両公當社に至り神殿に弊を奉じて天候の快復せられしことを祈念す。
 時余にして豪雨も去り霧天散じて陽光燦として輝く、両公再び戈を交え斯にして大勝を得たり。時に未の刻なりこしより、未の妙見宮と云う。
 後、嘉應年間(1169~1171)に至り藤原秀衡公社殿を再建し、降って寛永元年(1624)伊達政宗公及び水澤城主留守宗利公共々に信仰篤く、社殿を改築す。
 明治4年(1871)膽澤(胆沢)総社として郷社に列せられ地方の崇敬殊・他篤く、偉人才子輩出の因なしたり。
 境内に瑞山神社在り、祭神は、奥州総奉行従4位左近将監伊澤四郎家景公並びに水澤城主宗利公及び代々の祖霊を祀る。
     祭日   日高火防祭  陰暦正月22日
          例祭     陽暦4月22日

 鳥居です

 ふるさと名所50景「日高神社と杜」です

 ここからが前回「日高神社の姥スギと大杉」の続きです


 日高神社は南向きに鎮座します、拝殿です

 本殿の屋根が見えました

 県指定有形文化財日高神社本殿の標石です

 国重要文化財日高神社本殿の標石です

 境内社です、大黒様が沢山並んでいます

 西側にも並びます

 説明版です
   御神徳と御由緒
 祭神 大山作神 中津島姫神
 例祭 毎年 4月2日
 五穀の神、酒の神、水の神、又、交通(海上)の神として尊ばれており、中津島姫命は弁才天として尊ばれています。
 生きるものをグヒグヒと伸ばす神として、京都の松尾大社(官弊大社)の分霊として大町橋の際に(高豊の西口のところ)お祀りしておりました。
     以上

 東向きに瑞山神社の鳥居です

 瑞山神社社殿です

 岩手県指定有形文化財 瑞山神社(祖霊社)の標石です

 説明版です
   瑞山神社と11人の殉死者
 日高神社境内にある瑞山神社は留守氏代々の祖霊社である。
 14世紀半ば、留守氏が高森城(仙台市岩切)に居たころ、岩切の志波彦神社境内に一社を建立し、初代伊沢家景以来の霊を祀り、保栄堂と称した。
 留守氏はその後遷城をくり返し、曲折を経て、寛永6年(1629)伊達氏家臣として水沢を所領し、このとき岩切から当地に保栄堂を遷し、先祖代々の祖霊社とした。これが瑞山神社である。
 領主は宗利で、水沢留守氏の初代である。社号「瑞山」は家景を瑞山公と称したことにちなむ。
 宗利は近世城下町、水沢のまちの基礎を築いた人として高く評価されているが、寛永15年(1638)8月15日に逝去、同社に納められた。
 同月28日、家臣8人が主君に従って殉死した。8人は死に先立つこと数日、決別の宴を催し、辞世の句を詠んで所感を述べたという。8人も同社に合祀されている。また宗利の勘気にふれ、他国にいた浪人3人も12月3日追殉死した。
 いま、同社の北、西、南にある五輪塔がこの墓である。
 瑞山神社は間口1間(1.21m)×奥行き1間(1.16m)、高さ2.5mの木造家形厨子で、同じく勾欄付き木造壇上に載る。屋根は入母屋造り、こけら葺き。全面に彩色を施し、黒漆と金泥を主としている。垂木の木口は装飾金具を付け。総体的に江戸時代初期の手法が見られ、昭和47年10月27日に岩手県指定有形文化財に指定されている。
 同社の南には2代宗直の墓がある。
        水沢市

 北側の五輪塔です

 西側の五輪塔です

 南側の五輪塔で、社殿の周りを囲んでいます

 太刀洗川戦場跡の石碑です

 氏子宮です

 筆塚と祠は稲荷社でしょうか

 では、次へ行きましょう




 2024・9・11・12・40
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岩手県奥州市、水沢日高小路「日高神社の姥スギと大杉」(市指定)です!!

2024-10-01 06:35:01 | 巨樹・大木
 水沢日高小路地区は、奥州市役所の南西約500mのところです

 奥州市役所東側の大手通りを南へ進みます、約300mの「武家屋敷駐車場」の直ぐ先を右(西)へ

 約500mで日高神社境内です

 北側に広い駐車場が有ります

 日高神社社號標です

 由緒書きです
   御由緒
 當社は未の妙見宮と尊崇之国土鎮護の神とす祭神は、天御中主大神を主神として7神を合祀す。
 人皇第52代 嵯峨帝 弘仁元年(810)奥州三所の一つとして勧請せらる。
 第70代 後冷泉帝 天喜年中(1053~1058)源頼義、義家親子、勅令を奉じて安倍貞任、同宗任を當地にて討つ決戦するや、俄かに浦然たる豪雨の為に陽光覆はれ、雌雄を決せんとするも日没の如くにして相見ゆること能はず、両公當社に至り神殿に弊を奉じて天候の快復せられしことを祈念す。
 時余にして豪雨も去り霧天散じて陽光燦として輝く、両公再び戈を交え斯にして大勝を得たり。時に未の刻なりこしより、未の妙見宮と云う。
 後、嘉應年間(1169~1171)に至り藤原秀衡公社殿を再建し、降って寛永元年(1624)伊達政宗公及び水澤城主留守宗利公共々に信仰篤く、社殿を改築す。
 明治4年(1871)膽澤(胆沢)総社として郷社に列せられ地方の崇敬殊・他篤く、偉人才子輩出の因なしたり。
 境内に瑞山神社在り、祭神は、奥州総奉行従4位左近将監伊澤四郎家景公並びに水澤城主宗利公及び代々の祖霊を祀る。
     祭日   日高火防祭  陰暦正月22日
          例祭     陽暦4月22日

 鳥居です

 ふるさと名所50景「日高神社と杜」です

 参道を進むと目的の姥杉です

 南東側から

 天然記念物標柱です

 南側から、目通り幹囲5.8mの巨木です

 南西側から、昭和32年(1957)に市の天然記念物に指定されています

 参道を西へ、右手に池があります

 さらに参道を進みます

 手水舎です

 参道は右に曲がり神門です

 拝殿前にもスギの大木です

 東側から、っ目通り幹囲5.5mの巨木です

 北側から、こちらも昭和47年(1972)に市指定天然記念物となっています

 長く成りましたので続きにさせて頂きます、次は「日高神社」境内を見て行きます


 
 2024・9・11・12・35
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