ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

岩手県花巻市、石鳥谷町大興寺第23地割「大興寺のカツラ」です!!

2024-10-17 18:32:53 | 巨樹・大木
 石鳥谷町大興寺第23地割地区は、花巻市役所の北北西約11km、花巻市役所石鳥谷総合支所の西約4kmのところ

 花巻市役所石鳥谷総合支所を東へ出て、県道265号線を南へ進みます、約600mで右(西)へ

 約300mでJR東北本線の踏切を渡て、約300m坂道を上ると国道4号線石鳥谷バイパスの「中寺林」信号です

 そのまま西へ道成りに坂道を緩く上って、約2.6kmで東北自動車道を潜ります

 約500mで左(南西)へ、県道13号線です

 約1.3kmで「曹洞宗 萬畳山 大興禅寺」の寺号標が建っていますのでここを(右)西へ入ります(写真は南側から撮りました)

 道成りに約900mで大興禅寺の駐車場に入りました

 東向きに参道入口です

 大きな石碑は「曹洞宗 大興禅寺」の寺号標です

 参道を進みます

 石段を上ると山門です

 鐘楼です

 本堂です
*陸中八十八カ所霊場第1番札所、本尊は釈迦牟尼仏です。
*大興寺の創建は、永徳元年(1381)梅山聞本大和尚禅師が大興寺村の山中に草庵を結んだのが始まりと伝えられています。
 その後、領主である沢田佐五兵衛忠貞が境内地を寄進し、寺院として整備されました。
 室町時代の充照和尚の代には、霊夢で御告げがあり土中から赤ん坊を拾い育て上げたとされ、成長すると如玄大和尚として大興寺10世となり、明応3年(1494)又は永正元年(1504)に普門寺 (岩手県陸前高田市)中興開山し、永禄3年(1560)には洞雲寺(岩手県大船渡市)を開山する名僧となっています。
 中世には、約400年稗貫地方を支配した稗貫氏から庇護され、寛正3年(1462)には14代当主稗貫出羽守広信が戦死すると大興寺に葬られ、稗貫武重の代には菩提寺として天文23年(1554)に寺領70石が安堵され、江戸時代に入ると盛岡藩南部氏から庇護され15石が安堵されています。
 境内に建立されている土仏観世音堂には大興寺を開山した梅山聞本禅師を大難から救ったとされる聖観音像(土造、像高約14cm、別称:首継観音、身代わり観世音)が安置され御堂建築としても貴重な事から昭和54年(1979)に花巻市指定文化財に指定されています。
 *早春には本堂脇にはミズバショウが多数咲き誇るそうです。

 本堂南側の建物の前から目的のカツラが見えました

 北側から、中央部には第一世代の幹が残っています

 北東側から、目通り幹囲8.4mの巨木です

 東側から見上げました

 東側に下って見ました

 では、次は少し戻った所の長谷寺と斗米行きましょう


 2024・9・13・6・40
 
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岩手県花巻市、北湯口第12地割「北湯口八坂神社境内の樹木」(市指定)です!!

2024-10-17 06:35:30 | 巨樹・大木
 北湯口第12地割地区は、花巻市役所の北北西約8kmのところ

 花巻市役所南西側の「花巻市役所前」信号を西へ、約150m次の信号を右(北)へ進み、坂本町信号からは県道297号線です

 約1.4kmの「四日町三丁目」信号を右(東)へ、約300mで左(北北東)へ、県道298号線です

 約1.6kmで「⇐盛岡・国道4号線」の標識に従って左(北)へ、右手には「いわて花巻空港」です

 約4km(逆ヒバの手前約800m)で左(西)へ、道成りに約5kmで右(北北東)へ、県道109号線です

 約300mで左(西)へ入ります、間も無く消防屯所がありますので前の道路脇に車を止めさせて頂きました


 すぐ南側に「北湯口八坂神社」参道が東向きに開いています

 北湯口八坂神社社號標です

 ニノ鳥居は両部鳥居の形ですが補助の脚が有りません

 参道両側に門杉状に杉の木が立ちます

 右側のスギが太い方のスギですが、3本の合体木です、目通り幹囲は8.2mの巨木です

 左側のスギを北東側から見上げました

 三ノ鳥居です

 赤い橋を渡ります

 下を水路が流れています、右側(北側)が上流側です

 左側が下流側です

 参道右手の手水舎と井戸(龍神様)です

 左側にも手水舎です

 拝殿ですが、拝殿前にも門杉状に杉の大木です

 本殿です

 説明版です
    八坂神社由緒
  所在地 花巻市北湯口第12地割131番地
  御祭神 素戔嗚命
  祭儀  9月15日
  由緒  神社所蔵の由緒に次のように記されている。
 第50代桓武天皇の御代(紀元2400年代中頃)坂上田村麻呂征夷大将軍に任ぜられ奥羽に下向し、夷賊高丸を討伐せし時、 庭に屯営し克揵を此の社に祈願したり。
 慶長17年(第107代後陽成天皇の御代1606年中期)に至り藩主南部利直公が社殿を造営せられ、玄米1石を供進し代々崇敬せられたり。
 本尊は牛頭天王であり、本殿の中に享保7年(紀元2282年)の絵馬、安政2年(紀元2515年)、同4年に京都祇園天王社からの布達書があることから次のように考えられる。
 此の神社は且つては正一位牛頭天王社であり、広い地域に且つて信仰があった。安政2年に京都天王社と関係を深めて一層信徳を高めた。
 明治初年廃仏毀釈の際、天王社では存続成り難く八坂神社と改称し素戔嗚命を祭神として今日に至っている。
 境内は老杉鬱蒼として神域を鎖し・・厳然として建ち人をして自ら敬・の念を起こしむ。
 疫病消除に御霊験あらたかな御神として尊崇があり、旧稗貫郡湯本村、好地村、八幡村を区域とした郷社で、大正年代初期には、各地に講中が組織され、旧3月及び7月25日は御詠歌を答誦者が多く、講中の数2千余名に及ぶ。
 昔時は例祭が旧7月15日であり、胡瓜・天王さんに供えて後でないと食べないと謂った、それは且つて傷寒が流行し胡瓜で祓ったのだという。
 昭和57年岩手県神社庁認定共進社に指定され、八坂神社を崇敬するもの斉しく魔賀・・ないところである。
      今上天皇御在位60年を祝し参り、此の由緒版を設置誌す。    宮司

 拝殿前左(南)側の築山状の場所にも杉の大木です

 説明版です
    花巻市指定天然記念物(植物)
      北湯口八坂神社境内の樹木
        指定年月日  平成12年4月18日
        所在地    花巻市北湯口 八坂神社境内
        所有者    八坂神社
 北湯口八坂神社の境内に、杉をはじめブナ・キタゴヨウ・ケヤキなどの樹木が植え込まれています。
 いずれも良好な樹勢を保ちながら、幹周りの直径が40~50cmほどもある大きな樹木となって生育しています。
        花巻市教育委員会

 では、次へ行きましょう




 2024・9・13・6・20
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