ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

岩手県北上市、和賀町岩崎25地割「正雲寺跡のイチョウ」(市指定)です!!

2024-10-05 18:33:23 | 巨樹・大木
 ここからは2014年9月12日取材分です

 和賀町岩崎25地割地区は、北上市役所の西約6km、北上市役所 江釣子庁舎の南西約3kmのところです

 北上市役所 江釣子庁舎南側道路を西へ、約200mで一時停止の丁字路を左(南)へ、県道122号線です

 約800mで和賀川を広表橋で渡り、約1kmで「湯田温泉・秋田道北上西IC⇒」の標識に従って右(西)へ

 約2.4kmで左手奥に大きなイチョウが見えて来ます

 先の交差点を左(南)に入ると、墓地の中に目的のイチョウです

 手前の道路脇に車を止めさせて頂きました

 西側から

 説明版です
   北上市指定天然記念物
     正雲寺跡のイチョウ
 根元周り   約 7.50m
 樹高     約31.50m
 推定樹齢   約600年
   平成13年5月31日  北上市教育委員会

 北西側墓地内から

 北側から、寺は無くなってしまっています

 東側から

 太い幹です、目通り幹囲も6m以上ありそうです

 南側から見上げました

 南西側の幹です

 南西側に離れて見ました

 では、次へ行きましょう



 2024・9・12・5・40

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岩手県北上市、諏訪町1丁目「諏訪神社のサワラ」です!!

2024-10-05 13:13:24 | 巨樹・大木
 諏訪町1丁目は、北上市役所の東約500mのところ

 北上市役所南東側の信号機から東南東へ進みます

 約400mで信号機を左(北北東)へ、約200mの信号機を鋭角に右(南東)へ曲がると

 すぐ左手に諏訪神社の社務所が有り、社務所前の駐車場に車を止めることが出来ました


 境内入口は駐車場の南東側に南南西向きにあります

 諏訪神社社號標です

 説明版です
    諏訪神社
 江戸時代から今日まで、本地方で広く信仰を集めている代表的神社で、近代の社格は郷社。
 祭っている神は、開発の守護神である建御名方神で、坂上田村麻呂将軍によって勧請されてと伝えられている。
 享保19年(1734)、本宮の地(市内幸町3番地内)から現在地に移り、南部藩から領地を与えられ近郷の総鎮守となった。
 川岸剣舞(かしけんばい・廃絶)は諏訪大明神のお告げによって、前九年の役で滅んだ黒沢尻五郎正任の亡魂を鎮めるために踊ったのを始まりとする悪魔退散の民俗芸能で、この神社の神事芸能であった。
 境内に芭蕉の句風を受継ぐ黒沢尻の俳人たちが天明元年(1781)に建てた芭蕉の句碑がある。
 境内は、昭和30年都市計画道路の貫通によって3分の1が失われた。
      平成元年3月    北上市教育委員会

 「絆・ありがとう そして明日に向かって」の書道コンクールモニュメントです
 *平成23(2011)年3月11日の東日本大震災後の「第26回障がい者による書道・写真全国コンクール 書道部門銀賞入賞」(書)石川夏緒さんの作品です。

 手水舎です

 神門です

 神門を入ると左手に目的のサワラです
 
 南東側から

 説明版です
   保存樹木指定標識
 指定番号   樹木 第7号
 指定年月日  昭和48年10月19日
 所在地    北上市諏訪町1丁目217番 諏訪神社境内
 樹種     サワラ
 樹齢     500年
 本数     1本
 由来伝説
 根元空洞で諏訪神社境内で代表する樹木であり神木の貫禄十分である。
 所有者 住所 北上市諏訪町1丁目3番9号
     氏名 宗教法人 諏訪神社 代表役員
       H16年11月看板制作    北上市

        


 南側から見上げると、根元の空洞には御幣が祀られ、大きな傷が幹の上まで続いています


 北側から見ました

 拝殿です

 本殿の屋根を見る事が出来ます

 境内東側に境内社が並んでいます、南側から「秋葉神社」です

 説明版です


 八坂神社と金刀比羅神社が祀られているようです


 説明版二枚です


 金勢社です

 説明版です

 稲荷神社は南向きに鎮座します

 説明版です

 では、陽も傾いてビルの影に隠れましたので、北上インターチェンジ近くの温泉施設へ行って、一日の汗を流すことにしましょう





 2024・9・11・17・00
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岩手県北上市、鬼柳町荒堰「鬼柳八幡神社のイチョウ」(市指定)です!!

2024-10-05 06:34:48 | 巨樹・大木
 鬼柳町荒堰地区は、北上市役所の南約1.5kmのところ

 北上市役所東側の県道254号線を南南西へ進みます

 約800mで九年橋で和賀川を渡ります

 九年橋を渡り切って約400mで「⇐江崎・金ヶ崎左・県道225・254号線」の標識に従って信号機を左(東)へ

 間も無く左手奥に「八幡神社参道入口」看板と鳥居が見えました

 北へ入って神社西側の道路脇に車を止めさせて頂きました

 南南西向きに参道です

 手水鉢です

 説明版です
   八幡神社
 八幡神社は、鎌倉時代から豊臣氏の天下統一までの約400年間に亘り、北上和賀地方を治めていた和賀氏の時代から和賀八所八幡宮の一つとして信仰され、ご本尊は応仁天皇で、ご祭神を誉田和気命(誉田別命)と称した。
 本社本山は九州の宇佐八幡宮といわれ、武士の守り神としても全国的に数多い神社である。
 和賀氏が八幡信仰を強めた時期は14世紀末頃からと言われている。
 和賀氏は源氏であり頼朝の子孫であるので、八幡大神を信じ八旒の白旗になぞらえて自分の領内の八カ所に八幡宮を建立して、源氏の守護神とした。
 和賀八所八幡宮は、全て北上川の西域にあり、山口八幡、長沼八幡、岡田八幡、江釣子八幡、笹間八幡、成田八幡、二子八幡、鬼柳八幡はその一つである。(二子飛勢の八幡宮は和賀城の鎮守)
 南部藩家老席日誌によると、延宝8年(1680)8月17日の条に「如例年鬼柳八幡御祭礼信楽寺相勤託宣番付上之」とあり、また元禄4年(1691)8月19日の条に「鬼柳八幡宮首尾好相済御湯立御託宣之番付花巻御役人を以差上之」とあり、藩が重視していたことがわかる。
 昭和54年3月31日の大烈風で銀杏の主枝が折損落下し社殿を押しつぶし、修理不能となったので、新築再建された(記念碑)。
 社殿の屋根上部にある二羽の鶴の紋は、もともと盛岡南部藩の家紋で双鶴、あるいは向鶴ともいわれ、特に鬼柳八幡宮に使用を許可されたものである。
 鬼柳八幡宮の境内には「イチョウ」樹齢600年余、樹周7.3m、樹高20m(北上市指定保存木)がある。
      平成20年7月   鬼柳町自治振興協議会

 参道左手に目的にイチョウです

 説明版です
   北上市指定天然記念物
     鬼柳八幡神社のイチョウ
 樹周    約 7.30m
 樹高    約20.00m
 推定樹齢  約600年
    平成15年3月3日指定
        北上市教育委員会

 「きたかみの景観資産・北上市認定No.65・イチョウ古木のある憩いの地 鬼柳八幡神社」の案内板です

 南側から

 西側から、幹に西陽が当たり始めてしまいました

 北側から、雄株ですのでギンナンは実りません

 東側から

 社殿です

 説明版です
   北上市指定文化財
     船絵馬・板札型絵馬
       所在地   北上市鬼柳町荒堰
       管理者   八幡神社
       指定年月日 昭和55(1980)年4月21日
 船絵馬とは、水上交通の安全を祈願して船首や船頭が社寺に奉納した絵馬のことである。
 江戸時代、黒沢尻河岸は南部藩における北上川南端の港として重要な地で、藩有の艜船(ひらたぶね)が石巻へ運航した。
 船絵馬は市内には数えるほどしか現存していないが、3枚が鬼柳の八幡神社に伝わっており、全て市指定有形民俗文化財に指定されている。
 そのうち、文政9(1826)年銘の船絵馬には、菱垣廻船(ひしがきかいせん・海運で使われた千石船の一種)のパターン化された図柄が用いられたと考えられ、帆旗には「永徳丸」の船名と、南部藩の御用船あることを示す九曜星が見られる。
 八幡神社には船絵馬の他に、元禄8(1695)年9月に奉納されて板札型絵馬が伝わっている。
 この絵馬は八幡神社の建て替えに伴って奉納されたもので、ケヤキの板材に弓と矢が描かれている。
 八幡神は武神とされ、弓と矢の図柄が描かれた絵馬が奉納されるのは似つかわしく、奉納者の性格を示すものと考えられる。縦長の絵馬というのも珍しく貴重な資料である。
     平成30(2018)年3月     北上市教育委員会
 
 境内社です

 石碑が並んでいます

 では、次へ行きましょう



 2024・9・11・16・50
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