ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

岩手県宮古市、山口第4地割「黒森神社」(市指定文化財)です!!

2024-11-16 12:36:35 | 文化財・寺社
 山口第4地割地区は、宮古市役所の北役3kmのところ

 宮古市役所南側の国道106号線を東へ、約1.1kmの「築地」信号を斜め右(東南東)の久慈方面へ、国道45号線です

 道成りに国道45号線を約2.9kmで「三陸道⇒」の標識に従って、宮古病院前の信号を右(東)へ

 右にカーブして国道45号線の上を越えて、約1.3kmで「左折先 幅員狭小 大型車通行不能」の看板を左(東へ)に入ります

 すぐ先約100mの交差点を左(北)へ、先ほど通った道路の下をくぐって道成りに坂道をのぼって行きます

 
 約500mで説明版です
   黒森山案内図
 解説(1)
 黒森山は神奈備系神体山(低山・優美・分水嶺)で、二千年前から、閉伊全域の信仰の対象とされて来た山である。
 平安~鎌倉期に神仏習合の影響をうけ、本地仏聖観音として定着し、人の世の苦難救済の本願所となった。
 室町期にその権現として獅子頭が奉納され、農閑期には毎年豊作を祈念して村々を巡業した。
 現在二十数頭の獅子頭が保存(大半が県指定有形文化財)されていることは全国的にも珍しい。
 元文4年(1739年)迄は、文字通り黒森で、直径1m~4mの巨杉巨松等が百数十本あった。
 義経・弁慶主従が黒森の滝で三年三月の行をした伝承もこのあたりから生まれたものであろう。
 真言密教の祈願社として南部藩主から篤く崇敬されてきた。
   岩手県指定有形文化財  獅子頭(権現さま)16頭 昭和58年12月13日指定
   岩手県文化財指定    黒森神楽         昭和62年 3月   指定
   宮古市指定文化財    黒森神社本殿       平成 2年 7月19日指定
 解説(2)
 黒森山内図は、資料に基き(一部伝承)作製したものである。
 黒森山は、旧参道を登り、いたこ石から「古黒森」に至る道中が素晴らしい。
 「古黒森」は、黒森祭神の始まりの場で、古墳と推定される。後年御本殿旧殿跡、現社殿へと移転した。
 現社殿は、嘉永3年(1850年)の建立。
 記号1、坂井戸で口を漱ぎ、2、いたこ石(結界石)より先が神域(女人禁制となる)
 (イ)観音堂(ロ)御本社跡(古黒森より移転)(ハ)鐘楼(二)本殿(移転三度目)(ホ)コリュウシンノウ堂(へ)稲荷堂(ト)不動明王堂(チ)薬師堂(薬師水)(リ)千年杉跡(ヌ)護摩堂(ル)白山堂(ヲ)祖母杉(ワ)藩公腰掛石(カ)蚊龍の滝跡(ヨ)祖父杉(タ)一本杉跡
     平成3年6月吉日

 左の道を進みます

 約300m「黒森神社前」の広い駐車場にはいりました

 黒森神社入口です

 説明版です
   三陸ジオパーク
     黒森神社  漁業・交易の守り神
 黒森神社のある黒森山は、宮古湾を航行する漁業者などの目印ともなったことから、陸中沿岸の漁業・交易を守護する山として漁業者や地域の人々の信仰を集めてきました。
 ここに伝わる黒森神楽は、正月になると巡業し、祈禱の舞を演じます。
 社殿は、平成2年(1990)に市の有形文化財、神楽は、平成18年(2006)に国の重要無形民俗文化財に指定されました。

 祠の中に「いたこ石」です

 祠の右脇に説明版です
   イタコ石
 当時、黒森神社は女人禁制のお山であった。
 何処よりか行脚の巫女来り、女人禁制の当山に登ろうとす。
 麓より銭橋をかけて登りしが、村人その下山の遅きを怪みて尋ねしに、このいたこ石の所にて銭橋絶え、草履を残して行方不明となりしかば、村人憐みてこ処に石碑を建立せしものなりと。
 ●慶安3年(1651年)造立。
 ●1尺8寸の石碑、文字などは流れて見えず。
 ●銭橋、道に銭をしきて渡ること。
 ●旧道峠より昭和50年移す。
 ●平成6年5月吉日、祠を建てる。

 説明版です
   黒森山環境緑地保全地域
 「地形・地質」 この地域は、山口川の一・・水系に属し、やや樹枝状の水系パターンを示し、地形的にはやや急峻で、壮年期に属する小起伏山地を示す。
 地質的には、宮古花崗岩体に属しする閃雲花崗閃緑岩より成るが、全般に著しく風化が進んでいる。
 「植生」 この地域は、スギ・モミ・カヤの大木からなる神社林と11年生から33年生までのスギを主体としたアカマツ・カラマツの人工造林に覆われ、所々にモミの群生がある。
 特にモミが自生化し、わが国の太平洋側における北限となている。
 「野生動物」この地域には、哺乳類では、特別天然記念物のニホンカモシカをはじめ、ホンドキツネ・ホンドタヌキ・ホンドテン等。
 鳥類では、ヒガラ・コゲラ・キジバト・ホオジロ・ウグイス・ホトトギス等。
 昆虫類では、ダビドサナエ等数多くの種類がせいそくしている。(ダビドサナエとは、小型のトンボで、日本特産種であり,本州・四国・九州に分布する)
 「歴史的遺構」 黒森山は、古くは深山幽谷の観を呈しており、閉伊一円の人々から親しまれ崇敬されてきた霊場であった。
 現在、黒森神社にある金石文には建武元年の鉄鉢、貞治元年の梵鐘、文明17年の獅子頭等があり、この神社が古く由緒ある社寺であることを物語っている。
 「保全」 この地域で、一定規模以上の行為(建物その他の工作物の建築、宅地造成その他の土地の形質変更、鉱物土石の採取、水面の埋立干拓、木材の伐採)を行う場合は、その旨をあらかじめ(30日前までに)市役所を経由し、岩手県知事に届け出なけらばなりません。
       昭和60年1月18日指定   岩手県

 参道を進みます

 鳥居です、三ノ鳥居でしょうか

  手水鉢です

 境内東側に神楽殿です

 拝殿前です

 前の本殿跡です

 拝殿です

 本殿です

 有形文化財標柱です

 説明版です
   宮古市指定有形文化財(建造物) 平成2年7月19日 指定
     黒森神社本殿
       年代 江戸時代 嘉永3(1850)年
 黒森神社を擁する黒森山(標高310m)は、かつて一山が巨木に覆われ、鬱蒼として昼なお暗い山であったと言われています。
 黒森山は宮古湾で漁をしたり、航海する際の「当て山」(目当て)となったことから、旧盛岡藩閉伊郡の中でも代表的な神社として信仰を集めました。
 黒森神社は、「黒森山大権現社」「黒森観音」などと呼ばれ、地元の修験者(山伏)が修行する神仏習合の霊山でもありました。
 黒森神社の権現様(獅子頭)を奉持して巡行を行う、黒森神楽(国指定重要無形民俗文化財)は、この本殿前で神おろしの権現舞を舞って旅立ちます。
 現在の本殿は、嘉永3年に再興されたもので、「黒森山御普請始終之留」(市指定文化財)によると、本殿の造営は、宮古代官所が主体となり、江戸の廻船問屋や宮古・鍬ヶ崎の漁業関係者、管内の村々から金品が寄進されたことがわかります。
 精巧で堂々とした造りに美麗な彫刻を施し、当地方でも随一の歴史的建築物と言えます。
          平成21年9月1日    宮古市教育委員会

 山神社です

 本殿西側の白山堂です

 稲荷神社(稲荷堂)です

 境内社が並びます

 お不動さま(不動明王堂)です

 薬師堂です

 薬師堂の前には薬師水です、
 薬師の水は、祖父杉・祖母杉を源としている。往古山伏の禊の滝(蚊竜の滝)があったと伝えられ、現在に至るまで、薬師水(アルカリ性)として愛されています。

 長く成ってしまいましたので続きとさせて頂きます、次は「黒森神社のカヤとモミ」です



 2024・10・18・08・10


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