2012.1.22(日)曇
大栗峠の地名は動詞「刳る」に由来する崩壊地形もしくは大きな石を意味する地名と考え、十倉志茂町、忠町にある小字大栗を調べてみた。これ等の地が崩壊地形であったり、大きな岩石があったとしたら大栗峠の大栗の意味もはっきりする。
まず市役所で両小字の位置を確認する。ただ閲覧のみで複写等は出来ないので、持参の地形図やメモ用紙に記入する。このとき橋や神社などの建造物、山頂や谷筋などの地形的特徴を記入しておくのがコツ。
十倉志茂町の大栗は志古田大栗と同様山地の字で上林川左岸の広い地域である。逆に忠町の大栗は上林川沿いの細長い地域で、車道から見渡せる地域である。
十倉志茂町の大栗は府道一号線が境の峠を越え十倉志茂町の家々が現れた頃、南方にその片鱗を望むことができる。かなり山深いところで山稜を越えると釜輪町(かまのわちょう)に出る。大栗はかなり広い地域で、その地形や特徴を知ることは歩いてみないと解らない。
十倉志茂町府道から、右手前の尾根の向こうが上林川をはさんだ大栗。
忠町の大栗は市道が佃から忠に入ってすぐの橋、須呂橋(すろばし)の上流、左岸の細長い地域である。この地域は車道から見渡せるのだが、崩壊地形でもなく大きな岩が目に付くところでもない。せめて川が岸を大きくえぐり、大岩がごろごろと転がっていて欲しいのだが、流れは素直でいとも穏やかな景色なのである。林の中に大岩が存在するかもしれないが、目にする限りでは何の変哲もないところである。
左岸に流れ込む支流はフノリ川といい、橋の下流、上林川との出合いにフノリという地名がある。須呂橋のいわれは右岸上流少しのところの小字スロだろう。どちらも難解な地名である。いづれにしても大栗が意味する地形とはかけ離れているようで、内心がっかりして帰路につく。
忠町大栗。左:須呂橋から、右手の川沿いが大栗、川筋は穏やか。
右:少し念道よりに進んで大栗を望む。尾根の下部、上林川沿い。
地名の持つ意味について、現地を見たときいつもいつも思惑通りの結果は得られない。より詳しい調査、より多くの対象を調査しないといけない。両大栗の現地を歩いてみること、与保呂の大栗についても調べてみることが必要と思われる。
ただ、後ほど地形図等を見直していると、地滑り地形分布図にフノリ川上流域に大きな地滑り地形を発見する。上林地域では最大級の大きさだ。航空写真でもこの地域にいくつかの崖のような地形が見える。少なくともフノリ川の上流は栗地形であったことは確かだ。今は穏やかな風景を見せる大栗も地名が出来る頃には大きな岩がごろごろと押し出していた地域かも知れないなと思いを巡らせている。つづく
(大栗峠考30は2012.1.20)
【作業日誌 1/22】
薪割り昨年切り出し分終了。
今日のじょん:雪が解けてしまって春みたいな陽気、じょんはチト物足りないような様子。北の各地では大雪が報道されていて、来週からは強烈寒波も到来するとか。
写真は18日の様子、同じ場所昨年1月20日の様子、え~ん。