『関東三十六不動尊巡り』⑮、今回は第7番札所川崎大師不動堂を訪問した。川崎大師の正式名称は『金剛山金乗院平間寺』という。
縁起は1128年に平間兼乗(ひらまかねのり)という元武士が生まれた尾張国を追われて川崎で漁師をしていた。兼乗は仏法に帰依し、弘法大師を崇拝していた。42歳の厄年の時に夢枕に唐の高僧が立ち、我が像を海に放ったと告げた。兼乗は言葉に従い、網を入れると厄除弘法大師の木像が海の中から引き上げられた、というもの。古くから川崎大師は厄除に霊験新たかと言われ、皇室や11代将軍家斉などの厄除祈願によりその名が全国に知れ渡った。
現在の京浜急行もその起源は川崎〜川崎大師に開通した路面電車であり、参拝客を運ぶニーズが高かったことを表している。
川崎大師駅を降りると左側に参道が続き、仏具屋・達磨などお土産を扱う店・名物の咳止め飴や葛餅を扱う店などが並ぶ。参道は右に曲がり、さらに右に回り込んで山門の前にようやく到着する。参道が栄えるように工夫がされた門前町である。
実は孫の七五三など川崎大師には何回もお参りしているが、正直言ってここに不動尊が祀られていることは知らなかった。
まずは本堂に行き、弘法大師に手を合わせ(もちろん秘仏のため、厨子の外から)、新たに作られた五重塔などをみて回る。
そのお隣に位置するのが不動堂。実は他のお堂と比べて新しく(戦災で燃えた建物を除く)、1890年に造られたもので、今の建物は1964年に改築されたもの。また、ご本尊の不動明王像は成田山新勝寺のご本尊をご分躰して勧請したものである。
本堂に比べて参詣の人も少なく、私もゆっくりとご本尊の前で手を合わせた。さらにお寺の人に由来などを聴きながら、御朱印を頂くことができた。
帰りは京浜急行大師線東門前駅まで歩き、帰路についた。