『江戸の坂・東京の坂』その14。赤坂見附・平河町あたりの坂道の第二回。貝坂を登り、つぎを左にいくと2車線のやや広い道に出る。この辺りを頂上にしているのが清水谷坂。
緩くカーブする坂道で途中文藝春秋社別館の前で開ける。この先辺り(ホテルニューオータニガーデンコートの前の道)が清水谷と呼ばれたので坂の名前になった。元禄時代の地図では真っ直ぐな道であったが、それ以降は今のような円弧を描いた坂になっている。別名がシダニ坂、シタン坂というが、いずれも清水谷が変化したものとらしい。
坂を降りきると道が二股になり、左は弁慶橋に続く道、真っ直ぐ行くと紀尾井坂となる。
紀尾井坂はそこそこ勾配のきつい坂で坂の上にはホテルニューオータニ本館がそびえる。
『紀尾井』とは紀伊家・尾張家・井伊家の3つの邸が鼎立していることからついた名前である。さらに紀尾井坂の上には食違見附跡がある。因みに明治の元勲・大久保利通が明治11年に暗殺されたのはこの辺りで『紀尾井坂の変』と呼ばれた。
お堀を左に見ながら行くと紀之国坂の交差点に出る。右に行くと四谷駅。左にダラダラと長い交通量の多い坂が紀之国坂で紀伊家邸宅(現在の東宮御所)に沿って赤坂見附まで左にカーブしながら降りていく。道の反対側は港区で区界となっている。
前回と合わせてぐるりするだけで45分、いい運動である。