著者インタビューによれば、伊坂幸太郎はスパイダーマンの物語を書きたかったらしい。しかしそこは伊坂のことゆえ、ひねりまくっている。スパイダーマンに限らず、ヒーローたちが心のどこかで気に病んでいることにこだわってみせるのだ。それは
・自分はどの範囲まで救えばいいのか
だ。世界中に理不尽が存在し、困った人たちが無限にいるなかで、ヒーローはどんな取捨選択をするべきなのか。みんなを救えないのに、ヒロイックなことを行うのは偽善ではないのか?と。
ピーター・パーカーはニューヨークから外に出れば気弱な若者にすぎないし、MJを守りたいと願っても、それはかなわないことだった。スーパーマンにしてもそうだ。クラーク・ケントは、ロイス・レーンに恋するがゆえに優先順位に悩む。地球を逆回転までさせるのはやりすぎでしょでも。
この作品に登場するスーパーヒーロー(実は全然スーパーじゃないんだけど)も徹底して悩む。全員は救えない。ならば、自分の知り合いだけでも……あ、このヒーローが何者なのかが大きな謎になっているので、今のくだりは忘れて(笑)
ありえないヒーローがいるのは、ありえそうな理不尽な世界。“平和”警察によって魔女狩りが行われ、公開処刑(火あぶりではなく、ハイテクなギロチンによって)に市民は熱狂し、次第に慣れていく。心のどこかで間違いではないのかと思いつつも、熱狂がその不安を押し流していく。中世もやはり、そんな状態だったのだろうか。その平和警察に、絵にかいたような名探偵が登場。ヒーローを追いつめていく……
背景描写がリアルなので、最初は読み続けるのがしんどいかもしれない。いつものユーモアたっぷりな筆致で、しかし描かれるのは残酷で不毛な“捜査活動”だから。
でも、ネタバレになるので明かせないが、そこから豪快なエンディングに突っ走るのが例によって伊坂の芸じゃないですか。実はわたし、途中である程度は予想していたんだけど、最後の最後に出てきたどんでん返しにはやられてしまいました。
タイトルはデビッド・ボウイLife On Marsからとられている。もっとも、あの曲の意味は「火星の生命」だったので伊坂は落胆したそうだが(笑)。
逃げ場が火星(つまり非現実的な場所)しかない世界。いまの日本が、そうでないと言い切れますか。