その116「政治的に正しい警察小説」はこちら。
佐々木譲といえば、いまではすっかり警察小説の専門家扱いだが(彼は少なからずそのことが不満らしい)、わたしにとってはまず「ベルリン飛行指令」「エトロフ発緊急電」「ストックホルムの密使」の、いわゆる新潮ミステリー倶楽部の人。広義の冒険小説の書き手としてすばらしかった。
以降、出身の北海道を舞台にした歴史もの、道警ものでキャリアを積み上げ、到達点は(わたしにとっては)「代官山コールドケース」ではないかと思う。
この「抵抗都市」は、その「代官山コールドケース」に肌合いがとてもよく似ている。冷静な若手と手練れのベテランがコンビを組んで静かに事実を探って行く。
でもおおいに違っているのは、これは大正時代であり、それどころか
“日露戦争に日本が負けていた”
世界における警察小説なのだ。無理にジャンル分けをすれば、歴史改変SF警察小説だろうか。
冒頭はあの有名な大津事件。明治24年、訪日中のロシア皇太子をあろうことか警備中の巡査がサーベルで切りかかって負傷させるという、当時の日本を震え上がらせた一大事。
話は一気に大正に飛ぶ。その間に日露戦争があり、ポーツマス条約によって二帝同盟が日露で結ばれるが、その内容はロシアへの属国化だった。第一次世界大戦で苦戦するロシアのために日本からも派兵されることになるが、世論は割れている……
そんなときに、ある人物が殺される。刑事事件なのにロシアの将校や高等警察まで出てくる。刑事たちは考える。被害者はロシアとつながっていた人物なのではと。
旅順の戦闘で身体と心に深く傷を負った主人公が、ロシアへの苦い思いを抱きながら、しかし警察官として真相究明にひた走る熱意が泣かせる。
ロシアの圧倒的な影響を受けた東京の描写が細かい。ひょっとしたらこうであったかもしれない東京であると同時に、アメリカの属国として生きながらえる現実の東京ももちろん二重写しになる。
佐々木譲の文句なく代表作だと思います。年末のミステリランキングが楽しみです。続編切望!
その118「風間教場」につづく。