ひょっとしたら名著なのかな、とまで思いました。体育会系の女性編集者が、仕事や私生活で出会った謎を(商売柄、文学がらみであることが多い)、高校の国語教師であるお父さんに相談するシリーズの第3作。
今回は、古今亭志ん生、そしてその息子の古今亭志ん朝、小津安二郎、菊池寛などをめぐるお話。博覧強記で膨大な蔵書にかこまれたお父さんでなければ解けない謎の数々。
たとえば志ん生のエピソード。磊落な彼のイメージをくつがえし、自らをそう見えるように演出していたのではないか……ある古書の記述からお父さんは推理する。
うーん面白い。
確かに、いい加減な噺家が、あれほどの数のネタ(志ん生は演ずるネタが多いことで有名)を駆使していたとは考えづらい。努力家で、しかもクレバーな人間であることを必死で隠していたのかもしれない。
デビュー作「空飛ぶ馬」に登場する静かで怜悧な噺家、円紫さんをわたしは桂文楽の若いころでイメージしていたけれど、志ん生の含羞という側面も付け加えたくなる。志ん生は若いころは全然売れなかったんですが。
一般にはなじみがないのかもしれない瀬戸川猛資がとり上げられているのもうれしい。ミステリ評論家であり、映画評論家でもあった彼は、早稲田のミステリクラブで北村の一年先輩。
その関係からか、ガリ版刷りの文書をお父さんが見つけて……のちにトパーズプレスという出版社を立ち上げ、あの双葉十三郎さんが「スクリーン」誌に連載した「ぼくの採点表」を全5巻で刊行した(わたしの宝物です)彼への鎮魂の意味もあったろう。瀬戸川は50才という若さで亡くなってしまったのである。
落語、ミステリ、映画と、わたしのツボなジャンルをあつかった本なので、多少は割り引いて聞いてもらってもかまわない。でもこれ、やっぱり名著じゃないでしょうか。