Fight Cancer 癌と闘う・・・ノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑京都大特別教授は、「免疫力は癌と闘うカギになる」と強調し、癌の免疫療法の道を開いた。そんな報道を見ながら、私は前立腺全摘手術(前立腺全摘除術とも言う)を受けた。
前立腺癌は、中高年の男性において注意すべき前立腺の病気の一つで、全世界で男性の癌関連死因の5位を占める疾病と言われている。初期では自覚症状は表れないが、進行して尿道や膀胱を圧迫するようになると、排尿時の症状や血尿などが表れる。他の臓器の癌とは異なり、ゆっくりと進行するため、早期に発見できれば、手術等を行うことで10年生存率80%以上が期待できるが、発見が遅れて進行すると最終的には骨や他臓器にまで転移し、5年生存率が45%になる癌である。
まさか自分が癌になるとは思ってもいなかったが、勤め先にて年に一回実施される健康診断での血液検査において、PSA(腫瘍マーカー)の値で分かった。早期ならば他の癌に比べて治る癌であると言われても、やはり精神的ダメージは大きい。
今回、入院して前立腺全摘手術を受け、一応退院をしたので、自分自身の記録として、また同じ癌で悩む方々の参考になればと思い、これまでの経緯や入院・手術等を体験記としてまとめてみた。
尚、退院後から仕事の復帰に関する記事はこちら「前立腺全摘除術~復帰まで」をご覧いただきたい。
問い合わがあれば匿名でコメント欄に書いて頂きたい。個人的な意見・見解になるが、お応えしたいと思う。
画像:骨シンチグラム検査の結果画像(本人のもの)
平成28年2月/会社の健康診断における血液検査の結果、PSA値が5。要再検査を無視。
平成29年2月/会社の健康診断における血液検査の結果、PSA値が7。要再検査を無視。
平成30年2月/会社の健康診断における血液検査の結果、PSA値が9。要再検査。数値が上昇したため渋々病院へ行くことに。
平成30年3月/初診。自宅からほど近い泌尿器科専門病院「長久保病院」東京都国立市谷保(以後通う)。
平成30年4月9日/血液検査と心エコー検査。
平成30年4月16日/MRI検査。”Vantage Titan”という最新式の機器とは言え、長時間、閉所で騒音に耐えるのはキツイ。
平成30年5月7日/診察。前立腺癌の疑いがあると診断され針生検を勧められる。
平成30年6月20日~21日/針生検入院。
- 一泊の検査入院だが、生まれて初めての入院。
- 10時に病院へ行き13時半頃から針生検。腰に局部麻酔。これが死ぬほど痛い!
- 肛門から器具を入れて前立腺の組織を7か所採取。麻酔が効いて痛くはないが耐えがたい。
- 検査は30分くらいで終了。
- 病室のベッドへ戻り、麻酔が切れると尿道カテーテルが痛い!ナースコールで座薬。
- 6人の大部屋は、他人のいびきが気になって寝られない。
- 翌日午前9時に退院。
- 血尿が出るが、一日で平常に戻る。
平成30年7月9日/前立腺悪性腫瘍(前立腺癌)と診断される。保険請求のための診断書をもらう。
平成30年7月17日/造影剤投与にてCT撮影。(癌が他臓器へ転移しているかどうかを検査)
平成30年7月23日/骨シンチグラム検査。(癌が骨へ転移しているかどうかを検査)
平成30年8月7日/診察。癌の転移はないが、前立腺の全摘手術が必要と言われ、家内同伴で説明を受ける。
平成30年11月/仕事柄、朝5時に家を出て帰宅は21時のため、身体的疲労が蓄積し、また「癌」という精神的ダメージから体調を崩し、休職。
平成30年11月12日/診察。休職のための診断書を書いてもらう。術後の尿漏れ改善のために、毎日、骨盤底筋体操を始める。
平成30年11月22日/入院前の検査。血液検査とレントゲン検査、心エコー検査。
平成30年12月4日~11日/前立腺全摘手術のため入院。
12月4日/入院
- 数日前からマイナス思考気味。当日は朝から気持ちが落ち着かない。10時半、覚悟を決めてタクシーで病院へ向かう。
- 6人の大部屋の角。優しい看護師さんから手術と日々の予定等の説明を受ける。
- 右腕の静脈から採血。右足の付け根の動脈からも採血。これが、激痛!
- MRIで骨盤底筋の様子を検査。閉所で騒音に耐えながら、筋肉を動かす。尿瓶を付けられ排尿もしろと言われるが出やしない。
- 全身麻酔に耐え得るかどうかを判断するために、かなり念入りな心エコー検査。
- 食事は「お粥」のみ。太り気味だったのでダイエットに最適。
- この夜は静かで、それなりに熟睡。
12月5日/手術前日
- 定期的に体温と血圧測定。
- 食事は「お粥」のみ。昼に下剤を飲み、21時以降は絶食。
- 腹部~陰部の毛を全部剃る。看護師さんが「へそのごま」を綺麗にしてくれる。かなり恥ずかしい。
- 本を読んだり、テレビを見たりして、ベッドの上でゴロゴロ。
- 他人のいびきが気になって寝られない。
12月6日/手術
- 朝から「個室」へ移動。この日から差額ベッド代が発生。
- 7時から点滴開始。
- 11時に家内と娘が来る。手術は12時半頃からの予定。ドキドキが止まらない。
- 看護師さんが迎えに来て、いざ、手術室へ。
- 手術台に仰向けで寝て、酸素マスクを付ける。「点滴から麻酔薬を入れますね」と言われて数秒で意識なし。
- 手術は、腹腔鏡下前立腺悪性腫瘍手術(ロボット補助下前立腺全摘術)通称"ダビンチ"
- 名前を呼ばれて「起きてください」と言われた時には、すでに手術は終わっていた。
- 意識がもうろうとしたまま病室へ。2時間半ほどの手術だったらしい。
- 酸素マスクと心電図、尿道カテーテルと点滴、身動きできない。
- 意識がハッキリしてくると激痛。ナースコールで座薬。
- 飲食無し。口の中はカラカラ状態。舌もザラザラで、かなり辛い。
- 血圧測定で一時間おきに自動的に腕が締め付けられるため、寝られない。
- 病室の天井を見ながら、「今回最大の峠は越えた。後は帰る日を待つだけだ。」そう自分に言い聞かせた。
12月7日/手術翌日
- 朝6時に酸素マスクと心電図、血圧パッドが外される。
- 看護師さんの介助で立ち上がり、点滴と尿道カテーテルを付けたまま3階フロアーを歩いて一周。
- その後も、胃腸を動かすために適度に歩く。
- 手術の時、腹部に六ケ所、穴を空けたが、傷口の傷みはない。それよりも腹筋が激痛。咳払い1つに相当な覚悟が必要。
- 食事は「水」のみ。
- 個室は快適ではあるが、病室の窓の外は隣接するマンションの廊下。夜はずっと蛍光灯がブラインド越しに差してくる。
- 個室の壁はすべて真っ白であるため、漏れるあかりが反射して、まるで白夜状態。全然寝られない。
12月8日/入院5日目
- 腹筋も傷みは少し和らぐが、相変わらず咳払い1つに覚悟が必要。
- 腹部の傷は、何か所も医療用ホチキスで止められていて腫れ上がっている。二か月近くビールを飲んでいないのに、まるでカエルの腹。
- 体温が37.8度まで上がるが、心配ないと言われる。
- 尿は、尿道カテーテルから自分の意志とは関係なく袋に溜まる。意外と快適。
- 食事は午後から通常の病院食。かなり美味しい!
- 点滴は夕方抜ける。
- 尿道カテーテル付けたままシャワーを浴びる。鏡に映る無様な恰好が悲しい。
- 夜は、アイマスクをして寝てみたが、看護師さんが定期的に来ることもあり2時間毎に目が覚める。
12月9日/入院6日目
- 朝6時からフロアーを歩き回る。
- 午後から下痢。朝食の時に普段は食べないヨーグルトを食べたことが原因?
- 出し切って下痢は収まる。夕食は、食べないことにした。
- 家内は、毎日通ってくれているが、この日は、小学校の時からの親友がお見舞いに来てくれた。感謝、感謝。
12月10日/入院7日目
- 下痢もなく、熱もない。
- 14時にレントゲンを撮られながら尿道カテーテルを抜く。痛いかと思ったが、意外とすんなり抜けた。生き返った!
- 退院予定は13日であったが、術後が良好で自宅が病院から近いこともあり、明日、退院しても良いと言われる。
- 腹部の抜鉤は、15日に通院して行うことに。
- これからが、尿漏れとの闘いである。
- これまでは、トイレに行かずとも意識しなくとも排尿ができていたので、それに慣れてしまい、尿意の感覚が分からなくなっている。
- 53年ぶりの紙おむつ。
- 自然に漏れる!漏れる!漏れる!
- 夜は、相変わらず2時間毎に目が覚める。
12月11日/退院
- 夜中に尿漏れはなかった。
- 自力で排尿できないと、また尿道カテーテルを入れると言われたが、朝、何とか自力で排尿。
- 無事、朝9時に手続きを済ませて退院!
- バスと徒歩で、9時半に帰宅。
- 7日間の禁酒禁煙から解放!!
- 家族は全員勤めに出ていて、愛犬と愛猫4匹が出迎えてくれた。
- 腹筋は、鼻をかんだだけでも痛い。
- かなりの尿漏れ。椅子から立ち上がっただけで漏れる。咳払いで漏れる。正常な日常生活を送るには支障をきたす。
- とにかく安静で過ごす。
- 今後は、静養とリハビリである。
今回、癌の告知から入院手術に至っては保険に助けられた。がん保険に加入していたため、癌と診断された時点で100万円の保険金を受け取ることができた。一泊二日の針生検入院では約35,000円払ったが、後にそれ以上の額が戻ってきた。また、ダビンチ手術は、健康保険が適用(保険適用)されていても45万円掛かると言われていたため、健康保険の高額療養費制度を利用し、事前に申請した限度額適用認定証を退院時に提出したことで、差額ベッド代を含めてもおよそ15万円の支払いで済んだ。生命保険からは入院費等42万円が払われた。これまでに何十年と毎月、健康保険約15,000円、生命保険13,000円ほどを払ってきているから当然の権利ではあるが、いざ病気となった時には有難いものである。
さて、15日の抜鉤後は、しばらく静養し、リハビリを行いながら体力の回復とともに社会復帰したいと思っている。ただし、今から三か月後の血液検査の結果で、PSA値が0ならば問題ないが、もし値が0.2~0.4以上の場合は癌細胞が残っているということになり、癌の増殖を抑えるために定期的に放射線治療とホルモン治療を行っていかなければならないと言う。それは、今後の結果次第。まずは、前立腺全摘手術を終え、退院できたことを喜んでおきたい。
最後に、適切な処置をして下さった長久保病院の渡辺医師と看護師の方々に心より御礼申し上げたい。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
東京ゲンジボタル研究所 古河義仁/Copyright (C) 2018 Yoshihito Furukawa All Rights Reserved.
術後は無理をなさらずお身体ご自愛ください。
しばらくは、大人しくしていようと思います。