草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

大東亜戦争は祖国と東洋の独立と解放を目指していた!

2014年06月17日 | 思想家

 日本人は大東亜戦争において東亜の解放をスローガンにした。それは表向きであったとサヨクは批判するが、実際はどうだったのだろう。日本の影響力が及んだインド、ビルマ、インドネシア、ベトナム、フイリピンなどでは、日本が戦争に敗れた後になっても、それらの国の民族から、欧米の帝国主義国家は独立を奪い取ることができなかったのである。葦津珍彦は「日本軍の意識の中には、征服者的なものも秘められてもゐたであらうし、その行動には、専横で圧迫的なものもあつた。しかしそれと同時に、解放者としての使命感と解放者としての行動もあつた。その二つの潮流が相合流してゐた。そこに歴史の真相がある」(『明治維新と東洋の解放』)と書いている。征服者としての側面ばかりが強調されて、もう一つの解放者として日本が果たした役割が、正当に評価されていないのが問題なのである。葦津はインドのネール首相が戦後の日本を訪問したときに、大川周明を招待し、感謝と敬意を表したことに注目する。大川はインドの独立党党員ビハリ・ボースを保護した。ビハリ・ボースはチャンドラ・ボースとともに、日本軍と共に戦った。このために二人のボースとも、欧米からは侵略者に協力したとのレッテルが貼られた。だが、インドでは独立の英雄であり、それは今でも変わらない。日本が目指した大東亜共栄圏は無謀であったとしても、葦津が指摘するごとく「祖国と東洋の独立と解放を志して、男々しくその生命を捧げた忠列の勇士」がいたのであり、そうした心情を否定することはできないのである。

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野田聖子自民党総務会長の地元県連の暴走は断じて許し難い!

2014年06月17日 | 政局

 自民党は本来は保守党であるのに、政権を長く担っていたせいか、利権をばらまく政党になってしまっている。今のように国家の重大事にあたっても、わけのわからないことを口にする政治家が出てくるのは、そのせいである。自民党の野田聖子総務会長は、集団的自衛権の行使に関しても「思うに、これまでの経験から、拙速に決めたことは、すぐに破たんする。だから、ていねいな議論が不可欠。だけど、必ず結論は出さなくてはならない。今月は、そういう意味で、重い」とブログで発言している。マスコミ受けを狙った自分の一言で、岐阜県連の自民党は暴走してしまい、世間の笑いものである。こともあろうに県内の全42市町村議会に対して、集団的自衛権の行使容認について、慎重な検討を求める意見書の可決を要請していたことが明らかになったからだ。国家存亡の危機に直面しているのに、後ろから石を投げるような行為が許されるわけがない。安倍首相は批判を恐れず、勇敢に決断したのである。そうでなければ、アメリカは東アジアからの軍事的なコミットメントを拒否する可能性すらある。日本が応分の負担をすることは、同盟国として当然のことなのである。しかも、今侵略の脅威にさらされているのは日本なのである。特定アジアに与したマスコミの主張に、どうして耳を傾ける必要があるのだろう。野田総務会長自体はトーンを落としてきている。しかし、足もとで混乱が生じてしまった責任は重大である。自民党から日本で初めての女性総理大臣が出ることになると思うが、残念ながら野田総務会長にはその芽はなくなった。国家の根本たる安全保障に関して、揺るがぬ決意が国家の最高指導者には求められるからだ。

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