保守派の一部にも悪口雑言を吐く者はいるが、どことなく人の良さがある。サヨクのような辛辣な表現にはならない。人間を憎めないのが保守派の特長なのである。これに対して、サヨクは酷すぎる。中野区議を辞職した共産党の金子洋は、ネットで論争になった際に、相手に向かって「おまえ こそ人間の屑だ。死ね!」と暴言を吐いたのだった。また、民主党の参議院議員の有田芳生は、自らに批判的なツイートをするユーザーをゴキブリ扱いにした。いかに自分とは立場が違っても、そこまで言うのは人間性に問題がある。団塊の世代の最後の方に属する身としては、革マルの機関紙「解放」での他派攻撃の異常さを思い出してしまう。革マルは中核を「ウジ虫」と呼び、黒ヘルを「ゴキブリ」と書いていた。「ウジ虫」はせん滅の対象となり、「ゴキブリ」は排除されてあたりまえであった。その延長線上で、サヨクは物を言っているのである。民主主義を口にし、言論の自由を声高に叫ぶ者たちの方が、容赦なく反対派を敵として攻撃するのである。民主主義とは忍耐強い討論と説得によってのみ成立する。自分を絶対視し、それ以外の者たちを認めないのがサヨクなのである。それこそ、サヨクが謳歌していた時代の大学は、今とは違って暴力が横行し殺伐としていた。それを知っている者からすれば、被害者ぶっているのが滑稽でならない。人を人とも思わない内ゲバで100人以上の命が奪われたのである。死にはしなくても、社会復帰できなくなった者たちの数も、千人近いのではないだろうか。その末裔の者たちがいかに正義を主張しようとしても、場違いなのはいうまでもない。「敵は殺せ」を実践したのは、保守派ではなくサヨクであったのだ。それらの連中にとっては「死ね!」と口走るのは、何の抵抗もないのである。
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