中国が台湾に武力侵攻するかどうかが大きな話題になっているが、一つの手がかりを私たちに与えてくれるのは、永井陽之助の『歴史と戦略』における朝鮮戦争の分析である。
朝鮮戦争は1950年に始まったが、永井によれば、米国のインテリジェンスの分析では、中国の攻撃の可能性があるのは、あくまでも台湾であった。北朝鮮はモスクワの支配下にあった。モスクワが侵攻を指示することはまず考えられなかった。永井は「要するに、朝鮮半島は一つの盲点になっていた」と指摘する。
米国に警戒心がないというのは、北朝鮮指導部には「好機が訪れたと映じたに違いない」というのだ。しかも、長期的には北朝鮮に不利になるということが予想された。日本が西側陣営の一員となり、韓国も米政府の後押しで軍事力を強化することが予想されたからだ。
しかし、短期的には、李承晩政権は5月の総選挙で敗れ、政局が不安定になっているばかりか、インフレも深刻な事態になっていた。北朝鮮軍が攻め込めば、韓国の地下共産主義者もそれに呼応するとみたのだ。決定打となったのが、アチソン国務長官のナショナル・プレスクラブでの発言であった。極東におけるミニマムな防衛線から、台湾と韓国がのぞかれていたのである。
永井は「ここに突如として、時間・空間の双方にまたがって大きな大きな力の真空が生じた。それは一種のエア・ポケットのようなものであった」と書いている。北朝鮮には、それなりの考え方があったのである。
その観点からしても、いくら中国の脅しがあっても、米国のペロシ下院議長が台湾を訪問した意義は大きい。米国は中国の台湾侵略を許さないとのメッセージを発したからである。
これに対して、日本の対応はあまりにもお粗末である。先島諸島に弾道ミサイルが撃ち込まれても、岸田内閣は、これまで同様に「懸念」を表明しただけである。
台湾侵攻には大きな犠牲がともなう。それと比べると、台湾の外堀を埋めるためにも、尖閣諸島と先島諸島を占領した方が、中国軍のリスクは少なくてすむのである。しかも、日本国内は一丸となって外敵に身構えるどころか、分断が進んでいるのが実情だ。中国が誘惑に駆られても不思議ではないのである。