危機の時代にはどのような人材が必要なのだろうか。永井陽之助は『現代と戦略』において、旅順攻防戦での伊地知幸助と児玉源太郎の違いを指摘している。伊地知は砲兵科出身の生え抜きで、士官学校卒業後、最初から参謀将校として軍官僚機構の中で純粋培養されたキャリアであった。中尉のときにはドイツに留学し、軍部切ってのヨーロッパ通であった。これに対して、児玉は伍長からスタートし、下士官を4年間もやらされた。それだけに伊地知のように固定観念に捉われることがなかった▼永井は児玉の優れた点として、28センチ榴弾砲の陣地変換を命じた際に、プロの専門家から1カ月か二カ月かかるといわれたのを20数時間でやりとげさせたことや、児玉は歩兵の突撃にあたっても、30人ずつに区分けして、攻撃隊計上、山に登間隔を置かせたことを挙げている▼永井は児玉について「ながくヨーロッパ留学などしなかったことが、どれほど有益であったか、はかりしれない」と書いたのである。目の前の現実を直視して、一列にきちんと整列して、直立不動にゆっくり前進するといった戦術を取らなかったことなどが、結果的に功を奏したのである。日露戦争当時は軍人のプロを養成している暇がなかったことで、フレッシュな感覚をもった指導者が先頭に立ったのである▼あらゆる状況に対応できる柔軟な思考がなければ、危機は突破できない。想定外のことが起きるわけで、予測しがたいミスと失敗をどう乗り切るかが重要であり、エリートのプライドと固定観念では対処できないのである。
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