そんな天上のことなど知るわけもない藤吉郎、
無頼は面白い、近在の百姓を脅して食い物を巻き上げ、小商人を襲って銭を巻き上げる、
百姓家の娘をかどわかす、小悪事の限りをつくす日々であった。
仲間の連中はどれも戦でみなしごになったものとか、藤吉郎と同じように継父や継母に虐められて家出した者、無頼にあこがれたものなどばかりである。
世の中のはぐれ者の集団だ、農民を苦しめているこいつらも、農民の出身者ばかりなのに、農民を虐める
自分たちは百姓じゃない、侍の端くれだとごまかす「百姓はうじうじして、虐められて地べたを這っていやがる、俺たちは違う」と心で叫びながら狼藉する
藤吉郎だって百姓に見切りをつけて田舎を飛び出した、だから奴らと同じ思いだ、寺でも働いたし、鍛冶屋でも働いた、(貧乏でも百姓よりましだ)
だが心の中には引っかかるものがある、狼藉を働く相手が中村の母や弟妹に重なる、おれは母を殴り、弟を殺し、妹を犯している、気が狂いそうになる。
なまじ学があり、頭の回転が速く感受性も強いから、三蔵なんかよりはるかに苦しんでいるのだ、だが今はこれしか生きる道はない。
しかし住職が言った通り、こんな連中にも心の奥には仏が住んでいる
世間では強がり、拗ねて悪の限りを尽くしても、仲間といるときは無邪気な少年、青年ばかりである
出世の夢を持っている奴もいるし、穏やかで楽しい家庭を築きたい奴もいる
10数人の小グループだが、藤吉郎はめきめきと頭角を現した、
数々の学びのほかに、発想力がほかのやつらと全く違うのだ
猛勉強と天性で天才的な能力を身に着けつつある
三蔵から、藤吉郎の実の父親というのはサムライだったとも足軽だったとも聞いた
いずれにしても織田家の兵として働き、戦場の傷がもとで死んだのだと
おそらく、の~天気な母の血よりも、出世を企てた父の血の方が強かったのであろうとこの頃になって思うようになってきた。
あるときこやつらの棲み処に野武士が数名やってきた、三蔵に聞いたら
「川上の、蜂須賀村の小六の手下じゃ」
戦が始まるのでこのあぶれ者たちを雇いに来たという
もともと命知らずの連中だから話に乗った、というより小六のもとで何度か戦には参加している。
藤吉郎は未だ戦の経験はない、武器だって扱ったことがない、命のやり取りはまっぴらだと常々思っているが、
いまや親分格に祭り上げられていて逃げられない
度胸とはったりだけは人に負けないから、なんのかんのと話のつじつまを合わせて蜂須賀村までやってきた。
もはやまな板の鯉だ、なるようになるさ。
蜂須賀村の川俣に小六正勝の屋敷と砦がある、屈強な野武士や小物が30人ほど、それに女たちもいる、
周辺の村には同様な野武士の村がいくつもあってネットワークを構成しているらしい。
その小六が、今でいうヤンキー集団、藤吉郎達を出迎えた
小六は藤吉郎がこのヤンキーのリーダーであることを知った
「おぬしが親分であるか、どこから見ても強そうではないが?」
「大概の仲間は俺より強い」と、藤吉郎が言った
「はてなぁ、ではなぜ主が親分なのじゃ?」
「一番喧嘩が弱いからではないか、俺が弱いと皆おれを守ってくれる」
「戯言を申すな、それはおかしな話ではないか」
「おかしいことなどあるものか、一人一人は強いがまとまらないから時々、ほかのやつらと喧嘩して負ける、じゃが俺が作戦を考えて、そのとおりに動いてからは負けたことがない」
「ふーむ、こやつの言うのはまことか?」と子分たちに聞くと
「天文から易、商いに鍛冶、読み書きそろばん、平家物語、なんでもござれの御大将じゃ」皆が声をそろえた言った
小六は、その夜、藤吉郎らと輪になって火を囲み語り合った
話してみると粗雑だが利発な藤吉郎になにかの魅力を感じるのであった
この度の戦は稲葉山の斎藤道三の与力として美濃統一の仕上げの戦に参戦して敵対するいくつかの小豪族を駆逐するのだ。
今まで敵対してきた織田と婚姻を通じて同盟したことで容易になったのである
15歳の藤吉郎にとって初陣である、戦としては小さな戦であるから、初陣にふさわしい、それでも武者震いする。
小六は、ざんばら髪の藤吉郎に「ぬしの初陣じゃ、足軽とはいっても元服はせにゃならぬ、わしがおまえの親として元服させよう」
男としての下の元服はすでに鍛冶屋のおかみさんにしてもらったが、成人武士としての元服はこうして小六にしてもらった。
戦は、あっけなく斎藤方の勝利で終わって、藤吉郎たちは戦利品や捕虜奴隷を稲葉山の城下で売り払い懐が温かくなっている
それから蜂須賀村に戻ってきた、藤吉郎たち15人は足軽組下となって槍働きをしてきた、
小六が見たところ、やはり藤吉郎の才覚は非凡である、すっかり気に入った。
藤吉郎は小六に聞いてみた
「小六様は多くの戦をしてきたそうだが、美濃一国を切り取った斎藤家に仕えぬのか
小六様ならもっと出世できて野武士なぞせんでもいいのではないか、なぜ仕えませぬ?」
「ははは、もっともよのう。 わしの親父殿はかって斎藤様の前の領主、守護の土岐様に仕えて200貫ほどの縁をいただいておったのじゃ
わしは主持ちなどまっぴらとおぬし同様に家をおん出たがな」
「ほほう」
「200貫といえば土岐家では武士として普通より少しだけ良い身分じゃ、
戦になれば家之子郎党10名ほど率いて参戦じゃった、
だが今のわしは自分の家来20人ほどにおぬしらを加えて40人近く引き連れていく、
これは1000貫の家老職に匹敵する軍勢じゃ、野武士といえども御屋形からは一目置かれるのじゃ」
「ほほう」
「戦に行っても直臣ならあれこれ制約されてうるさいばかりじゃ、
此度の戦でもお前たちも戦利品の恩恵にあずかったが、これも外様だから自由にできたのだ、
われら野武士のやることにはたいがい斎藤家では目をつぶることにしているからな、
家臣であれば給金を御屋形様からもらっているから足軽でも大それたことはできない、われらのように雇われ者だからできるのだ。
野武士であれば自由だ、村に帰ってくればこれでも一国一城の主じゃ
お主は若い、これから励んでわしくらいの野武士になってみろ」
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