子ども時代の懐かしい味・・・・・・『ヘギ餅』を作りました。子供時代には、座敷からずっと囲むようにつながるお縁(廊下)にぐるりと並べたものですが、今の私では応接間のテーブルに並べるだけ・・・・・
それでも、孫達が来たら、火鉢に炭を入れて網をかけ、焼いて食べようと思います。
子ども時代の懐かしい味・・・・・・『ヘギ餅』を作りました。子供時代には、座敷からずっと囲むようにつながるお縁(廊下)にぐるりと並べたものですが、今の私では応接間のテーブルに並べるだけ・・・・・
それでも、孫達が来たら、火鉢に炭を入れて網をかけ、焼いて食べようと思います。
NPO法人平戸文旦園の文旦オーナー制度については以前ご紹介したことがあります。今年は文旦が不作だそうですが、大きくて見事な文旦の収穫が始まっていました。今回はその文旦ではなくて、同法人が行っている休耕地の再生活動の収穫・・・・・サツマイモやジャガイモ、玉ねぎにニンニク・・・・・色々いつもいただくのですが、そのうちのジャガイモ・・・・・三種類あって、皮が赤いのを二種類、白い普通の男爵系を一種類・・・・・と思っていましたら、その普通の男爵系のお芋を煮ると、なんと黄金色の、それはきれいな黄色なんです。きれいだなあ~~~~~って、つい眺めてしまうほどきれいです。サツマイモのような色のジャガイモです!!!!!
とれたてなので、皮つきのまま煮ると皮がはじけて、それはきれいです。(もちろん美味しいです!!!!!)平戸文旦園は多分今でも、オーナーを受け付けていると思います(もちろん今年はもう収穫を終えているので、来年度の分ですが)。お問い合わせください。(0950-57-3616)
海の幸豊富な平戸に戻って作った魚料理の中で、一番回数が多かったのが『おごぜの刺身』・・・・・夫の一番の好物(の一つ)らしいのです。もっとも、今時はお魚屋さんが便利になりまして、『三枚おろし』までしてくれます。だけど『おごぜ』は中骨がとりにくいので、お刺身にするのは結構手間です。まあ、一人分くらいですから・・・・・ね。そして荒のお味噌汁は、私もお相伴します。今日は菜の花もたっぷり茹でました・・・・・『おごぜ』が無くなった後のお汁で温かいお浸しにして食べるのが私の楽しみなんです。そういうわけで、今夜も『おごぜ』です。
そういえば吉祥寺で暮らした3年余の間で、たった一度吉祥寺の東急のお魚屋さんで『おごぜ』を見つけました。平戸人の感覚ではちょっとお刺身にはできなかったので、空揚げとお汁にしたのを思い出しました。平戸の『おごぜ』は、新しくて安いです!!!!!
先日テレビを偶然見ていたら、聖路加の日野原先生のことを報道していました。先生の最後のインタビューだとか・・・・・そこで、先生が死について「・・・怖いですよ。そういった話は聞きたくない・・・・・」といったようなことを答えておられるのを見ました。まあ、正直といえばそれまでなのですが、がっかりしました。医療の最前線を歩んでこられて、死に直面した患者さんを励まし語り続けてこられて、104歳まで元気に生きてこられた・・・・・それなのにですよ、『怖い』とおっしゃるんですから。何を励ましてこられたんだろう・・・・・と、思います。
否応なく、人生のゴールに『死』があるんです。『死』が何なのか考えずに、その答えを見つけ出さずに、私たち人類はそれでよいのでしょうか。自分も大事な人もみんな死ぬし、死んできました。土壇場に来て、『怖い・・・』なんて、言いたくありません。これでは、死んでいる人たちに向かい合えません。歴史と伝統・・・・・なんて、とても言えません。『若い今』だけで良い?????・・・・・だから、みんな年をとりたくない・・・・・?????テレビをつければ、そんな話ばかり・・・・・。でも、
人生のゴールは『死』なのですから、
それを明白にしなければ明るい『ゴール』は無い!!!!!
生まれた人みんなの宿題だと思います。どう思われますか。
先日から大根の早煮法(?)は大根の切り方がコツだという記事を書きましたが、蕪はそんな心配は無用・・・・・反対に煮えすぎて崩れてしまうくらい、すぐに煮えます。そして今の蕪は本当においしい!!!!!このところ一人だけのメニューによく利用します。
私は単純派なので、蕪なら蕪の味を楽しみたい・・・・・それで、蕪の煮物なら『蕪と薄揚げ』、加えてもまあ人参くらいのものです。それを塩味にするか、おしょうゆ味にするかで、もう一つ入れるものを変えます。今日のテーマは『塩味』の場合・・・・・もちろん出汁は美味しく取ります。お塩も『イキな塩』で、隠し味に薄口しょうゆを使います。薄めの塩味をつけて煮上がり際に、和みさんの『剣山カット イキな茎わかめ』を加えます。(塩気があります。ドロドロがお好きな方は、早く入れても構いません。)美味しいです!!!!!
お醤油味の場合は、私は半日くらい干した分厚いシイタケを入れるのが好みです。これもまた格別だと思います。平戸地方では、『なば』と呼び市場でよく見ます。
例年にたがわず、我が家ではもうすでにお雑煮がお昼のメニューに登場しました。毎年ご紹介していますが、これは姑譲りで、慌ただしい開業医の師走の内部事情による・・・・・そういう環境に育った夫は、お餅があればお餅を食べる。至極もっとも(?)な感覚です。
そういうわけで、お雑煮が登場するのですが、平戸のお雑煮といえば『あご』!!!!!昨年は大手企業があごを買い占めたとかで、平戸のあごの値段も急騰しました。それが今年は、漁師さんも当てが外れたらしく、あごの値段は落ち着いています。どうしてなのかと考えてみましたが、これは『あごだし』の特性の所為ではないかと思います。頂いたあご入りとかのだしパックを試してみました。それで煮物を作ってみたのですが、一緒に煮てみました。つまりだしを取って引き上げずに煮てみました。すると、あの『えぐみ』が・・・・・・なんとも、残念な味でした。これが不人気の理由ではと思います。
『あご』は煮立たせたらすぐに引き上げなければなりません!!!!!
私の知る限りですが、平戸のお正月用のあご出しは、前夜からの『焼きあご』と『昆布』の水出しです。時間がない場合は、昆布を引き上げた後ほんのしばらくで引き上げます。『あご出し』は本当に素晴らしいと思います。でも煮すぎると、急転直下、最悪の味になります。この手間を楽しんでいただきたいと思います。これこそが料理人の醍醐味だと、楽しんでいただきたいと思います。
平戸のあごは、小さいあごです。鹿児島近海で取れるあごは『ウバあご』と平戸では呼んでいる種類の違った大きなあごです。五島近海のあごは多分同じ種類ですが、回遊期による成長の違いだと思います。それで昔より『平戸のあご』が最上とされていました・・・・・と、聞いています。小さすぎると味が無く、大きくなると大味になってうまみが無くなるのです。
昨年平戸の漁師さんたちによると『あご御殿』が建つ・・・・・という夢だったそうですが、儚く消えてしまったそうです。でも『あご出し』は長く続いてほしいと思います。
野見宿祢(のみのすくね)が、角力の元祖?と言われています。もう一人・・・・・當麻蹴速(たいまのけはや)。この二人の故事は古事記や日本書紀を見ていただくことにして、前記事を書きながら『相撲・角力』という字を改めて眺めました。
どうして『すもう』なのでしょうね。つくづく眺めて、『相撲』はやはり川崎真治先生によるヒントに落ち着きました。『そうぼく』だったんですよ、きっと!!!!!つまり、『撲り合い』。もしくは、『つかみ合い』。回しをつかんで投げ合うという意味では、『つかみ合い』の方がしっくりきますね。『撲り合い』では『ボクシング』ですもの。その『そうぼく』が、どういう変遷を経て『すもう』になったのか・・・・・それが川崎先生というか、比較言語学というか・・・・・発音の変化でsou → su, bokuの bo → mo(これについては、いまでもさびしいとさみしいなど、変遷中のままのもあります。) , ku →khu→ hu →uで、『すもう』と読ませた、というか『すもう』という日本語に当てたんだと思います。ですから『相撲』はある程度『相撲』の形ができてから作られた言葉だと思います。
では『角力』は?????・・・・・どう見ても、『角突き合わせ』ですよね。『牛頭天王の力比べ』としか言いようがありません。日本の宇迦(うか)の大王であるスサノオノミコトに起源があると、私は思います。それで、野見宿祢も当麻蹴速も出雲にかかわりのある人物なんだと思います。要するに、スサノオノミコトは何も持たずに(すまって)力比べをなさっていた・・・・・宇迦のシンボル角突き合わせ・・・・・それでこちらの方は、遡って『角力』を『すもう』と読みつけたのではないかと思います。
何か有力な説をご存知でしたら、教えてください。
相撲界が主客が入り混じった(どっちがどっち?)騒動で揺れています。暴行事件としての日馬富士と貴ノ岩。相撲道対決としての相撲協会と貴乃花。横綱と白鵬。・・・・・訳が分かりません。そしてますます分からなくしているのが、マスコミの報道・・・・・法律論から様々な人生論・美学・感情論まで。大体相撲というものの日本における位置づけがうやむやであることが一番の原因なのではないかと思います。
日本人にとって相撲とは何か?????大体『ちょん髷』を結っているんですよ!!!!!外国人でも皆『ちょん髷』を結い『回し』を締める・・・・・普通ではありませんよ。それを一般社会になじませるために、相撲協会を財団法人にした・・・・・そこのところで、なにがしかの相撲に対する認識を明確にすべきだったと思います。『相撲は神事だ!』という側面と『相撲は興行だ!』という側面の折り合いをどうつけるのか・・・・・これが日本の日本たるゆえんで、旧来の日本人同士だったら問題ないことだったのかもしれません。でも相撲が国際的になり、日本人が変わってきている現代社会では考慮すべきだと思います。
貴乃花・・・・・大好きでした。相撲がとても面白くなりました。だけど横綱昇進の時の、あのわざとらしい言葉で大好きではなくなりました。日馬富士や稀勢の里の素直な口上が好きです。白鵬・・・・・精進しているんだなと感心しました。あの足運びには本当に頑張って日本を理解したんだなと嬉しくなりました。だけど、大鵬に対する黙祷を仕切った時点で、白鵬の勘違いを見ました。相撲も荒くなり、足も浮いてきました。今では好きとは言えません。
相撲界は特別で良いと思います。『ちょん髷』社会なのですから。だけど現代社会に存続していくには、折り合うことが必要だと思います。国技なのですから一度様々な問題点を洗い出して全員の認識に上げることが必要だと思います。そのうえで、相撲協会の規則を作ったほうが良いと思います。